身内が読んでいたのを借りました。東京創元社は主に創元SF文庫を中心に読んでいるのですが、近藤史恵の著作を読むことはほとんどありません。女流作家が嫌いな分けじゃないんですけど、私と身内では作家に対する趣味や好み、感性に大きなズレがあるので、身内が好きな作家と言うことは、私が読んで面白いものではないだろうと避ける傾向にありました。だから、薦められたところで読む本が多いことを理由に断っていたと思うんですが、身内が一言、「物凄く、料理と食事が美味しそうに書かれていた」と教えてくれた瞬間、一転して読むことを決意。短編連作集だったので一日で読み終わりました。

下町の小さなフレンチ・レストラン、ビストロ・パ・マル。風変わりなシェフのつくる料理は、気取らない、本当にフランス料理が好きな客の心と舌をつかむものばかり。そんな名シェフは実は名探偵でもありました。常連の西田さんはなぜ体調をくずしたのか? 甲子園をめざしていた高校野球部の不祥事の真相は? フランス人の恋人はなぜ最低のカスレをつくったのか? ……絶品料理の数々と極上のミステリ7編をどうぞご堪能ください。

創元社による紹介文はこんな感じ。私なりにあらすじを書こうと思ったんですけど、やっぱり編集が書いているあらすじほど判りやすいものはないですね。
この話は要するに、下町にあるフランス料理屋を舞台にした、そこを訪れる客たちの抱える悩みや問題、過去などを料理人兼探偵役である三舟シェフが鮮やかに紐解き、解決させていく様を、ギャルソン、日本風に言えば給仕である語り部の高築の視点で読んでいくと言ったものです。ミステリー小説において舞台を固定しているものは結構多く、短編なら尚更なんですけど、ここまでそれを徹底している作品を読んだのも久しぶりで、フランス料理と人間ドラマを巧く絡めているところは、さすが近藤史恵だと思います。
作中、フランス料理と言うことでお高いイメージがあり、敬遠してしまうといった一般人が出てきますけど、この本それ自体にもそんなところがあり、フランス料理屋が舞台で、テーマもフランス料理ともなれば、一般的な読者は少し気後れしてしまうのではないかと。しかし、本書の探偵役である三舟シェフが作る料理は、気取らないフランス料理であり、使う食材がどれほど高級であっても、庶民の口を満足させることが出来ます。それと同じで、フランス料理屋という庶民が一般的に行きそうにない場所を、如何に判りやすく、気軽に書いているか、フランス料理なんて判らないし、食材なんてみたことも食べたこともない、そんな読者でも気楽に読める一冊に本書は仕上がって、調理されています。

作中に粕屋という客が登場して、この人はフランス料理屋の常連のくせに大の偏食家という変わり種なんですけど、実は私も凄い、いや、酷い偏食もちです。野菜は全く食べられないし、魚介類は貝類をはじめイカやタコは一切ダメ、肉も臭みの強いのは苦手だし、よくもまあ今日まで生きてこれたもんだというぐらい偏った食生活を送っています。
トンカツ屋に行ってキャベツに一切手を付けずに食事を終えるような男が、フランス料理屋などに行ったことがあるわけもなく、親の職業上、かろうじて知識があるといった程度です。それでも、このタルト・タタンの夢を夢を読んでみると、「あぁ、フランス料理って美味しそうだなぁ」なんて思えるから不思議。上にも書きましたけど、あからさまな高級感とか気取ったところが一切なくて、フレンチを如何に庶民的に調理しているか、という感じなんですよね。作中には女流のエッセイストが出てくるんですけど、例えばあの人のような切り口や感性でこの作品を書いたら、読了後は胃もたれをしそうな気がします。まあ、エッセイストと小説家を対等に考えてはいけませんけど、あ、中村のうさぎおばちゃんはともかくですよ? この作品は小説として判りやすく、丁寧にフランス料理というものを書いていったから、読了後の後味がとても美味しいものにとなったのではないかと。

創作技術の話になりますけど、小説において飯を食う描写って凄い難しいんですよ。調理描写もそうですけど、出来た料理を食べるのってかなり視覚的な表現を要求されるので、私は文章表現においてそれが出来る人間を尊敬しますし、それが出来ている作品はほとんど無条件で素晴らしいと思っています。例えばライトノベル作家では、大正野球娘の神楽坂淳が上げられますね。原作を読めば分かりますけど、あの人の食べ物の書き方と、それを食べるシーンというのは良くできていて、凄く美味そうに書いてくれるんですよ。私、あの作品で重要なのは野球ではなくて食事のシーンだと考えていますから。

このタルト・タタンの夢は、美味しい小説というものを久しぶりに食べさせてくれた、そんな一冊です。映像は元より、漫画にも劣るであろう小説における料理や食事というものを、ミステリーに絡めて巧く、美味しく書き上げている。あぁ、洋食が食べたくなってきた。

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