コンプエース版ヨスガノソラ 第13話「いつも二人で」
2010年10月26日 ヨスガノソラ
コミカライズも13話ということで、当然の話ながら1年以上連載してるんですよね。話数通りに数えれば1年と1ヵ月だけど、何回か休載もあったから実際はもう少し長い。始まった当初はこれといって注目されていたわけでも、大きな期待が寄せられていたわけでもないけど、水風天の線の細い作画と、丁寧に纏め上げられたストーリーは話数を重ねるごとに好評となり、アニメが始まった今となっては、その影響も合ってか高い評価を受けていると思います。完売となっていたコミックスも重版が開始され、書店やショップにもう並んでるのかな? 2巻の発売日も12月24日に確定したし、この機会にお手元へどうぞですね。
深夜の山中を駆け上るハル。転んで懐中電灯を落とそうと、爪で地面を掻き上げながら、歯を食いしばって山頂の湖を目指す。都会育ちのハルが、ただでさえ足場の良くない山道を全力疾走で登っているのだ。息は荒くなり、視界だって歪んでくる。それでもハルは走らなければいけない。穹の元へ辿り着かなくてはいけないのだ。
どれだけの時間が過ぎたのか、星空の下で足を踏みしめるハルの視界が開けた。
月夜に浮かぶその姿は、美しく、そして儚い――
穹は、湖の中にいた。ハルに背を向け、夜空に浮かぶ月や星を、見上げているようにも思える。
「帰ろう? 穹…」
ハルは穹の無事に安堵し、一緒に帰ろうと呼びかける。けれど、穹の心は既に湖よりも冷たくなっており、その言葉には生気がなかった。
「帰って…どうするの? 居場所なんてないのに」
突き放すかのような穹の態度。また私のことを愛してくれるのか、私だけを見てくれるのか? そうした言葉に、ハルは答えることが出来ない。
「もう無理だよ…耐えられない」
人形みたいにハルの傍にいるだけなんて、もうイヤだ。穹はハルが、自分のことを人形のように思っていることを知っていた。それが例え褒める意味合いであったのだとしても、穹にとってそれは苦痛でしかなかった。穹は、可愛らしい人形のような妹としてハルの傍にいたかったわけではないのだから。
言葉と態度で突き放されようと、ハルが穹を助けたいと思う気持ちに変わりはなかった。でも、水という名の存在が2人の間を阻んでいた。
「ここまで来られないでしょ? そのままそこいにて」
ハルは水に入ることが出来ない。根の深いトラウマは、人にとって命の源ですらある水も拒んでしまう。ハルは水が怖い。水に怯えている。その事実を、穹は知っている。知っているからこそ、平然と拒絶することが出来る。
私にはもうなにもないと、穹は呟く。ハルには大切なものが沢山あるけど、自分にあるのはハルだけだった。それが、自分たちとの差だと言うかのように、穹の瞳がハルを射抜く。
「もう…ハルに私は必要ないんだよ」
「そんな事ない!! だったら、ここまで来るわけないだろ!?」
叫び声は、しかし、自身の震えを吹き飛ばすことは出来ない。分かり切っているからこそ、穹は悠然と話し続けることが出来る。
「瑛が言ってた。ここはね、始まりの場所なんだって」
月夜に佇む瑛。星々に囲まれた月を眺めながら、その表情はどこまで穏やかで、落ち着いていた。山頂でなにが起こっているのか、すべてを知っているかのように、彼女は静けさを保っている。
死ぬ前に戻ればもう一度生まれ変わって、人生をやり直せる。そういう伝説のある湖。瑛もまた、その伝説に救いを求めたことがあったという。けどハルが手を差し伸べたとき、彼女は大切なことに気付くことが出来た。
「ねぇ、ハル君。大切なものがあるなら手を離しちゃダメだよ?」
――もう気付いているでしょう?
瑛が呟いたとき、それは、ハルが穹の腕をつかんだ瞬間だった。水への恐怖を振り切り、大切なものを守るため、最愛の人を取り戻すべく、ハルは覚悟を決めた。
「穹!! 戻ろう!?」
「ハル!?」
「お前がいなくなったら、僕は…」
命がけで求めるものの手を、それでも拒絶し続ける穹。ハルは自分を守るためにずっと無理をしてきた。これ以上ハルを苦しめることは出来ない。
「ハルは、自由だよ」
「穹!!」
自らを消失させようとする穹を、ハルの手がつかむ。しかし、地に足が付かない。湖の深みはハルの身体を飲み込み、緊張で強ばった身体は思うように動かすことすら出来ない。穹を探すが、その視界に求める姿は映らない。湖は必死なハルの想いすらも沈ませるかのか、遂にハルは力尽きた。
死ぬかも知れない、けれどハルには抗う力が存在しなかった。暗い湖の中で、心は諦めに支配されていく。死ぬのは別に構わない、そこに穹がいるなら、穹と二人なら。
やっとわかった。
ねぇ、穹――
僕はやっぱり君のこと――
最期の最期に、ハルは自分の中にある本当の気持ちをつかみかけていた。いや、実際にはずっと前から、昔から分かっていたことなのだ。でも、それを言葉として出すことは出来なかった。ハルの目は、閉じられていた。
朦朧とする意識の中、ハルは穹の泣き声を聴いた。あの日と同じ、既視感ではない確かな事実。
「生きてる…のか?」
ハルの顔は濡れていた。それは湖の水だけじゃない、穹が流す涙が、頬をつたってハルへと流れ落ちていたのだ。自分が生きている事実に、穹が自分のために泣いてくれているという光景に、ハルは戸惑いを隠せなかった。何故泣いているのか、何故助けたのか? あのまま二人で死ぬという選択肢も、あったはずなのに。
「だって…だって」
「助けてって…言ったのも」
穹の言葉に、ハルはハッとしたように我を取り戻した。そんな言葉を穹に言ったことが信じられないかのように、ハルは驚きが隠せなかった。頷く穹の表情は、僅かであるが笑っていた。今まで一人でなんとかしようとしてきたハルが、全部一人で背負い込もうとしていたハルが、はじめて自分を頼ってくれたと、穹は笑顔を見せることが出来た。
「初めて…必要としてくれたね」
生気が戻りつつある穹の表情に、ハルもまた笑いかけた。こうしてまた笑い会えることが出来るなんて、いや、そのためにハルはここまで来たのだ。そして、自分の中にある本当の気持ちを、穹に伝えるために。
「僕は、穹が好きなんだ」
「世界中の誰よりも」
こんな簡単なことを、どうして今まで言えなかったのか? 言葉にすればたった一言、付け足したとしても二言で済むことを……ハルはずっと言えないでいた。随分遠回りをして、擦れ違い、離れ、それでもやっと二人は寄り添うことが出来た。決してここが終わりじゃない。今また、二人は始まりに立っているのだ。一つの終わりは、新たな始まりの一歩でしかないのだから。
山の谷間から、朝陽が昇り始めていた。
「解決したみたいだね、師匠」
猫と共に朝陽を見上げながら、瑛はどこかサッパリとしたような、清々しい笑みを浮かべていた。山頂でなにが起こり、どうなったのか、彼女にはすべて見えていたのだろうか? 巫女の神通力などではないだろうが、瑛はなにもかもを見通しているかのようだった。
神社に、友人たちが現れる。瑛が夜通し空を見上げていたように、彼等もまた町中を探し回っていたのかも知れない。雰囲気からして、おそらく瑛が渚さんにでも連絡を入れたのだろう。穹が見つかり、ハルがそれを迎えに言ったことを。だからこそ、彼女には断言することが出来た。
「もうすぐ帰ってくるよ、二人で!」
陽光に照らされながら、しっかりと手を握り合うハルと穹。忘れてはいけない、二人は互いに必要であることを――
二人は未来に光を見つけられるのか、というところで次回に続く。
私は本を読むときは無音を好みます。本に限らず、なにかに集中したときは一切の音を排除する。けれど、今回に限っては違いました。読み終えた瞬間にCDへと手を伸ばし、夜明けのプリズムを再生してしまった。もう、なんていうかさ、本当に水風天は素晴らしいね。コミカライズを毎月読んでてさ、良い作品だなって思うことはこれまでに何回もあったのよ。時には微妙に感じたり、構成に首を捻ったりすることもあったけど、基本的にコミカライズは好きだったし、評価も高かったから。
でも、私はまだ知らなかった。上には上がいることを、力には底力というものがあるってことを、理解していなかった。これだよ、私が求めていたのは。この物語こそ本当のヨスガノソラじゃないのか。
原作にあったハル最大の問題行動をカットし、尚かつ穹がハルを包み込むかのように助けるあの瞬間……前々から話を纏め上げるのが上手いと思っていたけど、今回は本当に格別だね。これで最終回といわれても、違和感がないほどに素晴らしかった。実際には来月も続くようだし、最終回の告知もなかったから、コミカライズもハルカナソラまでやるってことで良いんだと思う。だとすれば、3巻完結ぐらいかな。
長々と書いてきたけど、言いたいことは一言だけなのかも知れない。今すぐ買って読んでくださいの、ただ一言だ。ハルと穹が好きな人なら、決して損にはならないし、アニメ版に違和感を憶えているとしたら、このコミカライズを読むべきだ。当たり外れの多い漫画化の中で、少なくともヨスガノソラは素晴らしい出来に仕上がっていると、私は断言することが出来る。コンプエースの発売時期と重なってホントに良かった。おかげで、心が救われたから。
深夜の山中を駆け上るハル。転んで懐中電灯を落とそうと、爪で地面を掻き上げながら、歯を食いしばって山頂の湖を目指す。都会育ちのハルが、ただでさえ足場の良くない山道を全力疾走で登っているのだ。息は荒くなり、視界だって歪んでくる。それでもハルは走らなければいけない。穹の元へ辿り着かなくてはいけないのだ。
どれだけの時間が過ぎたのか、星空の下で足を踏みしめるハルの視界が開けた。
月夜に浮かぶその姿は、美しく、そして儚い――
穹は、湖の中にいた。ハルに背を向け、夜空に浮かぶ月や星を、見上げているようにも思える。
「帰ろう? 穹…」
ハルは穹の無事に安堵し、一緒に帰ろうと呼びかける。けれど、穹の心は既に湖よりも冷たくなっており、その言葉には生気がなかった。
「帰って…どうするの? 居場所なんてないのに」
突き放すかのような穹の態度。また私のことを愛してくれるのか、私だけを見てくれるのか? そうした言葉に、ハルは答えることが出来ない。
「もう無理だよ…耐えられない」
人形みたいにハルの傍にいるだけなんて、もうイヤだ。穹はハルが、自分のことを人形のように思っていることを知っていた。それが例え褒める意味合いであったのだとしても、穹にとってそれは苦痛でしかなかった。穹は、可愛らしい人形のような妹としてハルの傍にいたかったわけではないのだから。
言葉と態度で突き放されようと、ハルが穹を助けたいと思う気持ちに変わりはなかった。でも、水という名の存在が2人の間を阻んでいた。
「ここまで来られないでしょ? そのままそこいにて」
ハルは水に入ることが出来ない。根の深いトラウマは、人にとって命の源ですらある水も拒んでしまう。ハルは水が怖い。水に怯えている。その事実を、穹は知っている。知っているからこそ、平然と拒絶することが出来る。
私にはもうなにもないと、穹は呟く。ハルには大切なものが沢山あるけど、自分にあるのはハルだけだった。それが、自分たちとの差だと言うかのように、穹の瞳がハルを射抜く。
「もう…ハルに私は必要ないんだよ」
「そんな事ない!! だったら、ここまで来るわけないだろ!?」
叫び声は、しかし、自身の震えを吹き飛ばすことは出来ない。分かり切っているからこそ、穹は悠然と話し続けることが出来る。
「瑛が言ってた。ここはね、始まりの場所なんだって」
月夜に佇む瑛。星々に囲まれた月を眺めながら、その表情はどこまで穏やかで、落ち着いていた。山頂でなにが起こっているのか、すべてを知っているかのように、彼女は静けさを保っている。
死ぬ前に戻ればもう一度生まれ変わって、人生をやり直せる。そういう伝説のある湖。瑛もまた、その伝説に救いを求めたことがあったという。けどハルが手を差し伸べたとき、彼女は大切なことに気付くことが出来た。
「ねぇ、ハル君。大切なものがあるなら手を離しちゃダメだよ?」
――もう気付いているでしょう?
瑛が呟いたとき、それは、ハルが穹の腕をつかんだ瞬間だった。水への恐怖を振り切り、大切なものを守るため、最愛の人を取り戻すべく、ハルは覚悟を決めた。
「穹!! 戻ろう!?」
「ハル!?」
「お前がいなくなったら、僕は…」
命がけで求めるものの手を、それでも拒絶し続ける穹。ハルは自分を守るためにずっと無理をしてきた。これ以上ハルを苦しめることは出来ない。
「ハルは、自由だよ」
「穹!!」
自らを消失させようとする穹を、ハルの手がつかむ。しかし、地に足が付かない。湖の深みはハルの身体を飲み込み、緊張で強ばった身体は思うように動かすことすら出来ない。穹を探すが、その視界に求める姿は映らない。湖は必死なハルの想いすらも沈ませるかのか、遂にハルは力尽きた。
死ぬかも知れない、けれどハルには抗う力が存在しなかった。暗い湖の中で、心は諦めに支配されていく。死ぬのは別に構わない、そこに穹がいるなら、穹と二人なら。
やっとわかった。
ねぇ、穹――
僕はやっぱり君のこと――
最期の最期に、ハルは自分の中にある本当の気持ちをつかみかけていた。いや、実際にはずっと前から、昔から分かっていたことなのだ。でも、それを言葉として出すことは出来なかった。ハルの目は、閉じられていた。
朦朧とする意識の中、ハルは穹の泣き声を聴いた。あの日と同じ、既視感ではない確かな事実。
「生きてる…のか?」
ハルの顔は濡れていた。それは湖の水だけじゃない、穹が流す涙が、頬をつたってハルへと流れ落ちていたのだ。自分が生きている事実に、穹が自分のために泣いてくれているという光景に、ハルは戸惑いを隠せなかった。何故泣いているのか、何故助けたのか? あのまま二人で死ぬという選択肢も、あったはずなのに。
「だって…だって」
「助けてって…言ったのも」
穹の言葉に、ハルはハッとしたように我を取り戻した。そんな言葉を穹に言ったことが信じられないかのように、ハルは驚きが隠せなかった。頷く穹の表情は、僅かであるが笑っていた。今まで一人でなんとかしようとしてきたハルが、全部一人で背負い込もうとしていたハルが、はじめて自分を頼ってくれたと、穹は笑顔を見せることが出来た。
「初めて…必要としてくれたね」
生気が戻りつつある穹の表情に、ハルもまた笑いかけた。こうしてまた笑い会えることが出来るなんて、いや、そのためにハルはここまで来たのだ。そして、自分の中にある本当の気持ちを、穹に伝えるために。
「僕は、穹が好きなんだ」
「世界中の誰よりも」
こんな簡単なことを、どうして今まで言えなかったのか? 言葉にすればたった一言、付け足したとしても二言で済むことを……ハルはずっと言えないでいた。随分遠回りをして、擦れ違い、離れ、それでもやっと二人は寄り添うことが出来た。決してここが終わりじゃない。今また、二人は始まりに立っているのだ。一つの終わりは、新たな始まりの一歩でしかないのだから。
山の谷間から、朝陽が昇り始めていた。
「解決したみたいだね、師匠」
猫と共に朝陽を見上げながら、瑛はどこかサッパリとしたような、清々しい笑みを浮かべていた。山頂でなにが起こり、どうなったのか、彼女にはすべて見えていたのだろうか? 巫女の神通力などではないだろうが、瑛はなにもかもを見通しているかのようだった。
神社に、友人たちが現れる。瑛が夜通し空を見上げていたように、彼等もまた町中を探し回っていたのかも知れない。雰囲気からして、おそらく瑛が渚さんにでも連絡を入れたのだろう。穹が見つかり、ハルがそれを迎えに言ったことを。だからこそ、彼女には断言することが出来た。
「もうすぐ帰ってくるよ、二人で!」
陽光に照らされながら、しっかりと手を握り合うハルと穹。忘れてはいけない、二人は互いに必要であることを――
二人は未来に光を見つけられるのか、というところで次回に続く。
私は本を読むときは無音を好みます。本に限らず、なにかに集中したときは一切の音を排除する。けれど、今回に限っては違いました。読み終えた瞬間にCDへと手を伸ばし、夜明けのプリズムを再生してしまった。もう、なんていうかさ、本当に水風天は素晴らしいね。コミカライズを毎月読んでてさ、良い作品だなって思うことはこれまでに何回もあったのよ。時には微妙に感じたり、構成に首を捻ったりすることもあったけど、基本的にコミカライズは好きだったし、評価も高かったから。
でも、私はまだ知らなかった。上には上がいることを、力には底力というものがあるってことを、理解していなかった。これだよ、私が求めていたのは。この物語こそ本当のヨスガノソラじゃないのか。
原作にあったハル最大の問題行動をカットし、尚かつ穹がハルを包み込むかのように助けるあの瞬間……前々から話を纏め上げるのが上手いと思っていたけど、今回は本当に格別だね。これで最終回といわれても、違和感がないほどに素晴らしかった。実際には来月も続くようだし、最終回の告知もなかったから、コミカライズもハルカナソラまでやるってことで良いんだと思う。だとすれば、3巻完結ぐらいかな。
長々と書いてきたけど、言いたいことは一言だけなのかも知れない。今すぐ買って読んでくださいの、ただ一言だ。ハルと穹が好きな人なら、決して損にはならないし、アニメ版に違和感を憶えているとしたら、このコミカライズを読むべきだ。当たり外れの多い漫画化の中で、少なくともヨスガノソラは素晴らしい出来に仕上がっていると、私は断言することが出来る。コンプエースの発売時期と重なってホントに良かった。おかげで、心が救われたから。
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