ファフナーブームの影響で、ついつい買ってしまいました。なんか、見た目はSFマガジンの増刊みたいですけど、一応角川書店の本になっています。冲方丁といえば早川書房というイメージが強いですけど、アニメ関係をメインに扱うと、どうしても角川書店になっちゃうんですかね? それにしたってこの装丁はどうなんだと思うけど、中身がそれなりに良かったので気にしないことにしましょう。ファフナーの描き下ろし短編があったので買ったとはいえ、それなりに読み物として面白かったです。そういや、最近はこの手のムック本を読んでなかったな。

Preface of 蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTHと題された120枚にも及ぶ描きおろし短編ですが、36字×24行二段組みだから、ページ数としてはかなり圧縮されていますね。詰め込み過ぎじゃないかとも思うけど、SFマガジンとか読み慣れているせいか、この判型でも普通に読めてしまう自分がいる。やっぱ、小説誌はこういうサイズがいいよね。SF畑の感覚かもしれませんが。
具体的な内容としては映画本編より前の、蒼穹作戦後の2年間における話なんですけど、意外なほど立上芹の出番があって嬉しかった。というか、ほとんど一騎とならぶ物語のメインキャラだったのではないだろうか。ヒロインが真矢であることは当然としても、なんていうか、映画における芹の重要性をここでも書いてるというか、後輩組の主人公格ってやっぱり芹だよね。皆城乙姫の親友であるという点もそうですけど、なにかと一騎に近い部分があるといいますか。話自体は一騎メインで、彼の視点から色々なことが語られていくわけだけど、ほぼ失明状態という身体的ハンデを、文章で上手く表現しているような気はします。真矢やカノンとの微妙な関係や、精神的に成長している剣司など、映画版に続くかなれがしっかりと書かれていた。私は一騎と芹の会話というTV本編ではまずなかった交流が描かれていることを知って買う気になったんだけど、本編と映画の補間という意味でも十分によく出来ていたと思う。

一騎は夢の中で、生命に満ちる海という心象を目撃しました。それは自分がそれまで観てきたどの海とも違い、思わず乙姫ものかと勘違いをしてしまうほどの圧倒感があった。けれど、それは乙姫を表すにはまだ狭く、似ているようで規模の小さいものだった。でも、一騎はそんな海に対して戦慄を覚えてしまう。何故なら、乙姫でない者がこれだけの心象を持っているのだ。驚くのも無理はない。
そして、夢から冷めた一騎が陶芸用の土掘りに山を訪れていると、誰かが山の中にやってくる気配を感じ取る。時刻はまだ明け方であり、普通は人なんていない時間帯。何故か、一騎はそのとき夢で観た生命の海を思い出した。その心象の持ち主が自分のところへ来ると、確信めいたものを実感してしまう。一度は否定したのに、期待なんてしていないはずなのに、それでも一騎は呟いてしまった。
「――総士?」
「乙姫ちゃん?」
そこに現れたの芹だった。虫かごを複数持って、朝の虫取りにやってきたのである。本編では特に絡みがなかった2人だけど、ここでは先輩後輩の間柄ということもあって普通に会話をしていた。芹は相手を苗字ではなく名前で呼ぶ傾向があり、一騎のことは「一騎先輩」と呼び、逆に一騎は芹のことを「立上」と呼び捨てにします。まあ、さして広くもない島で、直接の後輩であるから、それなりに交流はあったんでしょうけど、まさかこの2人がこういう形で会話をするとは思わなかった。しかも、一騎曰く思考回路が似ているとかで、会話は正面衝突してばかり。それでも押しの強い方である芹が主導権を握るけど、行動面においては先輩である一騎のほうが主導する。なかなか良く出来た組み合わせというか、本当に色々な意味で似ていると思った。
芹が一騎のことを乙姫だと思った理由は、その山で初めて乙姫と出会ったからというけど、一騎のほうは特に理由がない、というよりは言葉にして説明できないらしい。まあ、どちらも同じようなものだけど、結局のところ芹も乙姫がいるのではないかという期待を抱いてたんでしょうね。乙姫目撃情報的な噂がこの時期にもう流れていたのかは知りませんけど、そういうの関係なしに、それこそ一騎が総士のことを考えているほどには、芹も乙姫のことを求めているんじゃないかなと。芹と一騎は性格こそ違いますけど、思考や精神的な部分で共通点が多くて、共に皆城兄妹を想っているんですよね。多分、程度の差なんてないぐらい、どちらも強く激しく。芹は島の新しいコアを乙姫とは別の存在であることをハッキリと理解して、その上で島全体が乙姫であると考えています。だから、島にいる限りいつだって乙姫に会えると。そうした芹の想いに一騎は納得しますけど、一騎を乙姫と間違えたことからも、彼女の実体に会いたいという気持ちは捨てきれないんだろうね。芹は明るく振舞っていたし、実際に裏表のない明るさではあったけど、乙姫に対する想いは、一騎が総士に対して向けるものと同じ、巨大なものなんだろうな。

芹と一騎の会話という珍しいものも読めたし、買って損はしない一冊だと思いました。重要視されるのはこの2人の会話だけど、それ以外のキャラが見劣りするわけでもなくて、特にラストの真矢は凄く良かった。一騎だっていい加減気付いているはずだけど、映画で総士は帰ってきちゃったし、これからどうなるんでしょうね? 確か、総士は真矢のことが好きだったはずだし。甲洋もそうですけど、想い人は大抵一騎を好きという。てか、咲良以外の先輩組は全員一騎が好きなのか。なんだ、モテモテじゃないか。
ある意味、乙姫の完全消滅と入れ替わるように総士が帰還したわけで、それに対する芹の想いなんかも気になるよね。この島すべてが乙姫であると定義していた芹だけど、それも完全に消えてしまったわけで、どんな風に心の中を整理するのか、気持ちに決着を付けることは出来るのか、手放しに総士の帰還を喜ぶ余裕はないんじゃないかな。そうした芹の気持ちを理解できるのは、今回このような会話をしたことがある一騎だけだろうけど、彼は大切な親友を取り戻すことの出来た側だから、そういった対比みたいを描いても面白いかも知れない。要するに、後日談がほしいってことなんだけど。

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