氷菓こと古典部シリーズのアニメが始まってしばらく経ちますが、私はなんとなく観ています。枠としては未来日記の後番になりますけど、感覚としてはAnotherの後釜というイメージがありますよね。同じ角川文庫の作品ですし、漫画家などのメディア展開も似通った部分がある。まあ、内容的には日常ミステリーとホラーミステリーですから全然違うわけですが、アニメとしての出来はさてどうなのか。元々原作が好きなので見ることを決めたわけですが、今のところ、毎週の視聴が楽しみで仕方がないというほどでもありませんね。
古典部のアニメ化については、この日記でも幾度か取り上げていたことですけど、放送が始まってから書くのは初めてですかね? 京都アニメーションだから映像は綺麗なんですけど、じゃあ、それ以外の見所はあるのかと言われると、なんとも言えないと思う。原作は実に小説らしい文章で書かれていますから、映像で全てを再現することなんて出来るわけがありません。最初から分かっていたことですが、個人的に好きなエピソードやシーンが削られていることもあり、ちょっと微妙な気がしないでもない。
事前にPVやCMも流れていたことから、アニメの雰囲気はある程度つかめていたわけですが、内容的な意味では十分予想範囲内だったかな。こんな感じにだろうと思っていたものが、そのまま出てきたというか、まあ、こんなものですよ。何度も書いていることですが、元より映像にして楽しい話じゃないし、小説として面白い作品が、必ずしもアニメを始めとした映像媒体に適しているとは限りませんからね。アニメとして何か気分を高揚させるような展開があるわけじゃないですし、精々EDの映像があざとかったぐらいか。
あのED映像も色々言われているみたいですけど、まあ、難しい部分もあるんでしょうね。京アニ作品の購買層は基本的に男性だし、今のアニメには水着だの温泉だの、そういったサービス回がスポンサーレベルで要求されます。そう考えれば、多少のあざとさを持ってキャラ萌えも見せて行かないといけないのでしょう。私としては、そのあざとさが却って作品作りにおける徹底さを欠いてしまっているような気もするんだけど、果たしてヒロインが歌う必要って合ったのかねぇ。
過去の京アニ作品、特に角川原作のそれと比較すると、氷菓のアニメは非常に華がない、端的に言えば鮮やかさのない作品になっていると思います。なにせ、灰色の学園生活がテーマになってるわけですから、全力で世界を盛り上げようとしているどこぞのSOS団とは対局の位置にいるわけです。ハルヒは自分の生活、過ごしている日常、いつもの毎日を世界で一番面白いものにしたいと思い、それを全力で実行している人です。それに引き換え、奉太郎は「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」をモットーに掲げる省エネ主義ですから、まさに対極といっていい。
氷菓は今のところ、画面全体が暗めに表現されており、晴れ模様や日差しの下とか、そういったものが無縁のようになっています。梅雨時ということもあってか雨が降ることも多く、世界そのものが灰色になっているといってもいい。語り部である奉太郎の視線に沿っているから、というわけでもないのだろうけど、私の予想では奉太郎の心情が変化していくごとに画面もまた明るくなっていくのではないかと思ったり。作品の内容は変えられないにしろ、まさか、ずっと画面が暗いままでは観ている方も楽しくないじゃないですか。華やかさや鮮やかさがすべてだとは言わないけど、今のところ氷菓を30分見ても、気分がすっきりするとか、そういう事がないんだよね。
まあ、ホロ苦さを全面に押し出した青春群像劇ですし、うそ寒くなるような話ばかりですから、わかりやすい面白さを求めるような作品でないことはわかってるんですよ。原作の場合は、米澤穂信の文章を楽しむことで、ともすれば不快感の残る話も許容できたわけだけど、アニメはそこら辺をどうカバーしていくのか。正直、今のままだと2クール見続けられる人ってのはそんなにいないと思うんだよ。アニメとしては淡々としすぎているし、抑揚頓挫が存在しないから、これから盛り上がっていくぞ! ってのがないのは、毎週放送の映像作品としては致命的な気がする。日常ミステリーだから、緊迫感もないしね。今は作画クオリティが重視される時代だから、京アニ以外にも綺麗で丁寧なところは沢山あるし、そうした中でどこまでやれるのか……とりあえず、視聴継続の方向で行こうと思います。
古典部のアニメ化については、この日記でも幾度か取り上げていたことですけど、放送が始まってから書くのは初めてですかね? 京都アニメーションだから映像は綺麗なんですけど、じゃあ、それ以外の見所はあるのかと言われると、なんとも言えないと思う。原作は実に小説らしい文章で書かれていますから、映像で全てを再現することなんて出来るわけがありません。最初から分かっていたことですが、個人的に好きなエピソードやシーンが削られていることもあり、ちょっと微妙な気がしないでもない。
事前にPVやCMも流れていたことから、アニメの雰囲気はある程度つかめていたわけですが、内容的な意味では十分予想範囲内だったかな。こんな感じにだろうと思っていたものが、そのまま出てきたというか、まあ、こんなものですよ。何度も書いていることですが、元より映像にして楽しい話じゃないし、小説として面白い作品が、必ずしもアニメを始めとした映像媒体に適しているとは限りませんからね。アニメとして何か気分を高揚させるような展開があるわけじゃないですし、精々EDの映像があざとかったぐらいか。
あのED映像も色々言われているみたいですけど、まあ、難しい部分もあるんでしょうね。京アニ作品の購買層は基本的に男性だし、今のアニメには水着だの温泉だの、そういったサービス回がスポンサーレベルで要求されます。そう考えれば、多少のあざとさを持ってキャラ萌えも見せて行かないといけないのでしょう。私としては、そのあざとさが却って作品作りにおける徹底さを欠いてしまっているような気もするんだけど、果たしてヒロインが歌う必要って合ったのかねぇ。
過去の京アニ作品、特に角川原作のそれと比較すると、氷菓のアニメは非常に華がない、端的に言えば鮮やかさのない作品になっていると思います。なにせ、灰色の学園生活がテーマになってるわけですから、全力で世界を盛り上げようとしているどこぞのSOS団とは対局の位置にいるわけです。ハルヒは自分の生活、過ごしている日常、いつもの毎日を世界で一番面白いものにしたいと思い、それを全力で実行している人です。それに引き換え、奉太郎は「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」をモットーに掲げる省エネ主義ですから、まさに対極といっていい。
氷菓は今のところ、画面全体が暗めに表現されており、晴れ模様や日差しの下とか、そういったものが無縁のようになっています。梅雨時ということもあってか雨が降ることも多く、世界そのものが灰色になっているといってもいい。語り部である奉太郎の視線に沿っているから、というわけでもないのだろうけど、私の予想では奉太郎の心情が変化していくごとに画面もまた明るくなっていくのではないかと思ったり。作品の内容は変えられないにしろ、まさか、ずっと画面が暗いままでは観ている方も楽しくないじゃないですか。華やかさや鮮やかさがすべてだとは言わないけど、今のところ氷菓を30分見ても、気分がすっきりするとか、そういう事がないんだよね。
まあ、ホロ苦さを全面に押し出した青春群像劇ですし、うそ寒くなるような話ばかりですから、わかりやすい面白さを求めるような作品でないことはわかってるんですよ。原作の場合は、米澤穂信の文章を楽しむことで、ともすれば不快感の残る話も許容できたわけだけど、アニメはそこら辺をどうカバーしていくのか。正直、今のままだと2クール見続けられる人ってのはそんなにいないと思うんだよ。アニメとしては淡々としすぎているし、抑揚頓挫が存在しないから、これから盛り上がっていくぞ! ってのがないのは、毎週放送の映像作品としては致命的な気がする。日常ミステリーだから、緊迫感もないしね。今は作画クオリティが重視される時代だから、京アニ以外にも綺麗で丁寧なところは沢山あるし、そうした中でどこまでやれるのか……とりあえず、視聴継続の方向で行こうと思います。
コメント