イモウトノカタチ感想レビュー、神志那真幸編も3回目になりました。まさか、ハルカナソラのレビューよりも膨大なものになるとは思いませんでしたが、あっちはファンディスクであり、こっちはフルプライスの作品ですからね。そもそものボリュームが違うわけで、長くなるのは当然なんだけど……充実感においては圧倒的な差があるような気がしますね。私はこのレビューを書くに当たってイモウトノカタチを2周したわけですが、それ自体が、自分の中でキツい作業になっていた。普通、面白い、楽しかった作品なら、即座に2周目を回するものだけど、この作品にはそれがありませんでした。
真結希に全てを引き継ぎ、機能停止したミータ……律佳によって完全分解されたはずの彼女が、生きていた。ロボットには生死など存在しないけど、それ以外には表現しようのない光景が、雪人たちの前に広がっていた。
「どうもこうもあるないのです。お兄ちゃんに会うために、地獄から舞い戻るしたのです」
高らかに宣言するミータは、以前と同じ、まるで変わりのない姿でした。彼女と別れてから、僅か2週間程度。想いが風化するには、あまりに短い時間。雪人の口からは自然と嗚咽が漏れ、彼はなにも考えられなくなってしまう。だって彼は、未だにミータのことが好きだったから。つい先日、真結希のことを抱いたばかりだというのに、いざミータが目の前に現れると、彼女のことしか考えられなくなってしまう。果たしてそれは、不誠実なのか? 雪人の感覚で言えば、死んだと思っていた彼女が、ひょっこり戻ってきたも同じことです。混乱するのは無理もないし、心動かされても仕方ないでしょう。真結希の処女を奪った後でなければね。
「主役メカはやられても、必ず復活するです。それが王道というものです!」
アニメの設定にも似た抽象的な表現を使うミータ。確かに、そういうこともあるでしょう。死んだはずのヒロインが、奇跡や何かで最終的に生き返る、主人公の元に戻ってくる。そんなシナリオは探せばごまんとあるだろうし、私とて彼女の寿命が近いと聞いたときには、そんなこと言ったところでどうせ……と思わないではありませんでした。けれど、真結希が出てきたことで事情は変わります。
真結希は本来であれば、ミータの意思と記憶引き継ぎ、雪人にとって最後のヒロインとなるべく登場した少女です。実妹ではありますが、そこはまあ無視するとしても、彼女の存在はミータが居なくなって初めて意味を成すものでした。何故ならミータと真結希の抱いている気持ちは同質の物ではないにせよ、ほぼ同一の物であり、真結希の雪人に対する気持ちの出発点は、ミータを起源としているのです。
私はミータから真結希へとヒロインが移り変わったとき、このシナリオは真結希ルートとして完結を迎えるのだと思いました。彼女の中にミータを想い止め続ける雪人と、自分自身を見て貰いたい真結希。そんな感じに話を展開させつつも、どこかしら落としどころをつけて終わるのだろうと。ましてや、この状況でミータが復活するなど、あり得るはがない。だって、同質の気持ちというものは幾らでも存在して良いけど、同一の気持ちというのは一つしか存在できないんです。最終的にどちらかを、選択しなくちゃいけませんからね。真結希がすべてを継承した時点で、ミータは役目を終えなければならなかった。
でも、ミータは戻ってきた。以前の記憶と、想いと、真結希に上げたはずのものを全部残したまま、彼女は雪人のもとへ帰ってきたのです。それも彼が真結希を抱いた翌日、ミータから真結希へと心が移行しかけていた直後に。この時点で、それまで存在していた真結希ルートは横道に逸れるか、強引に引き戻された形になります。真結希は彼女なり、様々な計算と行動、言動などを多用して雪人の心を得ようとしました。そしてそれは、自らの処女と引き替えに果たすことが出来た。代償は大きく、しかし、真結希にとってはそれも望むところだった。だけど、それは雪人の想いの原点であるミータの再登場によって、完全に狂ってしまったのです。これによって、一つのシナリオに二人のヒロインが登場する事態となりました。それがなにを意味しているのかは、すぐに分かります。
復活したミータは何者かに追われている最中でした。黒服の集団……といえば、あやかルートを思い出しますが、あれは無頼漢でも誘拐犯でもなく、あやかの家の使用人かSPの類いです。同じ連中なはずはありませんが、また黒服の集団だなんて芸がないというか、なんというか。それに式典に乱入してまでミータのことを追い掛けてくると言うのも、奇妙な話です。彼女の言葉を信じるなら、彼女は雪人を探していたと言います。黒服たちが正当な理由なくミータを追い掛ける、所謂悪の手先であるなら、慰霊祭という人も多く、かなりの確実で撮影ないし生中継をして居るであろう場所に、乗り込んでくるものでしょうか? 理事長を始め、街の有力者たちが軒並み出席しているのです。警備だって、相応の人員が配置されていたはずであり、ミータはともかく、得体の知れない黒服共がどやどやと押し寄せてくれば、すぐに対処をしなければ行けません。つまり、彼らが悪人で、何らかの目的があって行動していたのなら、慰霊祭などと言う目立つ場所に乱入できるわけがないのです。
目立つ場所ならあやかが追いかけ回されていた街中も同じですが、あれにはまだしも人々を納得させる理由があります。黒服たちはあやかの家に雇われている人間であり、対外的には家で娘であるあやかを、兄である順也の言いつけで保護ないし、連れ戻そうとしているだけです。やり方の荒っぽさはともかくとしても、一応の理由にはなるでしょう。
だけど、ミータの場合は違います。これは後に分かることですが、ミータはメディカルセンターから盗まれ、行方不明になっていたんだそうです。彼女の所有者が律佳なのか、それともセンターそのものにあるのかは知りませんが、少なくとも彼女は何者かが違法に連れ去った、ロボットですから持ち出した、というべきでしょうか? これは立派な犯罪だし、ミータの能力を考えれば、何らかの悪事に利用しようとしたと考えられなくもない。それが再起動後に逃げ出したのなら連れ戻そうとするだろうし、躍起になるのも分かります。けど、ミータが慰霊祭という会場に逃げ込んだ時点で、その追求の手は一時ストップしないとおかしいんです。だって黒服たちはミータを盗んだ犯罪者か、少なくとも犯罪者の手先ではあるわけで、必要以上に目立つ行動など出来ようはずもない。会場が撮影されているとなれば、尚更のことです。
さて、黒服に追われていたミータは雪人を連れて逃げ出します。学園に身を隠し、一体どうして、何故再起動したのかを問いかける雪人ですが、あくまで以前の記憶のままに、自分は雪人の恋人であるという認識を崩さないミータに、彼の心は痛む。真結希を抱いてから、まだ1日しか経ってないのです。ミータから真結希へ、気持ちの切り替えをしようとしていたまさにそのとき、死んだはずの恋人が戻ってきたのだから、動揺もするでしょう。
けれど、雪人が抱いていた気持ちは少し異なります。彼は真結希を抱いたとき、それがミータへの裏切り行為だと思っていました。死んだ女、機能停止したロボットに操を立てたわけですが、それでも彼は結局真結希に流されて、流されたいと想っている自分の欲望に逆らわなかった。どうせミータはもう居ないんだし、目の前にいる真結希を選んだって問題はない。打算的な考えですが、それ自体は正しかったと思います。
けど、ミータが戻ってきたことで、雪人は本来なら発生するはずのない罪悪感を募らせることになります。現実から消えたはずの恋人が、現実の存在として帰ってきて、しかも自身は未だに恋人なのだと自分を認識している。ミータが時間の経過を意識していたのかは知りませんが、それにしたところで僅か2週間しか過ぎていないのです。まさか彼女とて、たった半月の間に雪人が別の女に乗り換えたなどとは思わないでしょう。生別ならまだしも、死別といって差し支えない状況で、雪人は自分の寂しさを埋めたいが為だけに、他の女を抱いた。如何に真結希が自分から迫ったとは言え、最終的に判断したのは雪人なのだから。
ここで問題となるのは生別でない以上、つまり関係が悪化して恋人関係を解消したのではないのだから、雪人は未だにミータのことが好きだと言うことです。私は二人の関係が恋人のそれだったとは思えないのだけど、肉体関係があったのは事実だし、雪人のミータに対する想いも本当でしょう。しかし、彼はミータが居なくなってから僅か2週間の間に別の少女と、真結希と恋仲になってしまった。ミータに向けられていた感情や気持ちを、既に真結希へと移してしまったのです。いや、正確には移そうとしていたと言うべきか。
学園にも追っ手が迫りつつあったことから、ミータは再度雪人を連れて逃げ出しますが、街中で美優樹と合流します。路地に潜んでいた彼女が、二人を安全な場所に引き込もうとしたのですが、突然であったからか、ミータの反応は過激なものでした。
「誰ですっ!?」
鋭い詰問と共に、自分たちを路地に引きずり込もうとした相手、即ち美優樹の首筋に手を伸ばします。まるで喉を握りつぶそうとするかのような勢い、ミータは少女ですが、その正体はロボットです。本人も言っていたように、何百キロもある握力を有しており、その気になれば喉どころか体を引き裂くほどの力を持っています。もし、ミータが美優樹に気付くのが遅れていれば、確実に美優樹は首そのものを砕かれていたことでしょう。
追っ手は街中に配置されており、どこに逃げても必ず現れ、雪人たちは段々と追い詰められていきます。鵠見市はそれなりに広い街であり、その全域をカバーするとなれば、100や200で待ちに合うわけもありません。一体どれだけの組織が、どれほど大がかりな規模でミータ捕獲に動いているのか?ミータは確かに最新鋭のロボットですが、同タイプのロボットが存在しない訳ではありません。単にミータという機種が一つだけしかないと言うことで、そこに希少価値を見出すというのは無理があります。あるいは盗まれた後に何か、必死になって捕獲しなければ行けないほど重要なものを埋め込まれたとかなら分かりますが、少なくも彼女の見た目は変わっていませんし、美優樹を殺し掛けたことを除けば、雰囲気や性格も以前のままと言える。後、ミータに特徴があるとすれば、それは精々真結希の神経網を持っていたことぐらいですが……真結希が病院で秘匿された患者、外部に漏らせない存在であったことを考えれば、そちらを狙ったという可能性もなくはない。真結希本人は無理でも、ミータを分析することである種の情報を得ようとしたりね。つまり、ミータという機体そのものよりも、中身を欲しての犯行というわけです。誰が、一体何のためにと言う疑問は残ってしまいますが、真結希の事情が依然として不明な以上、その目的までは分かりません。
敵はミータの通信機能から位置を特定しているのだと知り、ひとまずその機能を日以上する3人。美優樹の携帯電話からも察知される可能性があるとして、その電源も切ってしまいます。これによって追っ手を振り切り、白鳥寮へと逃げ込みました。皆、慰霊祭に出ていることから寮はもぬけの殻だったわけですが、自身も親善大使として参加していたにも関わらず、雪人はどうして皆がいないのか分かりませんでした。そこまで頭が回らなくなったのかと思いますが、美優樹の説明ではミータが雪人を連れ去った後、黒服たちが乱入してきたりと現場は大変だったらしい。会場は凄い騒ぎになったそうだけど、なんと理事長や先生たちが生徒を落ち着かせて、形だけでも式典を終わらせたのだと言います。
形だけでも終わらせたって……ちょっと待って下さい。来賓だって多いだろう式典に、不審者が大量に流れ込んできたんですよ? 式典など即座に中止して、生徒たちのみの安全を図るのが理事長や教師の努めでしょう。なのにどうして、あろうことか式典を再開させたのか。とりあえず終わらせたにしても、それでは美優樹は何故ここにいるのだろうか? スピーチの途中で兄妹を連れ去られ、少なくとも黒服たちと接触しそうになった立場には違いありません。すぐに保護して、安全を確保するのが普通でしょう。生徒たちが寮に戻ってないのは、学校に移動したか、それとも会場で待機しているかのどちらかでしょうけど、何故そんな中、美優樹だけ抜け出すことが出来たのか。式典を終わらせたという経過を知っている以上、二人を追って自分もさっさと抜け出してきた、というわけではないはずです。
まあ、それはこの際置いておくとしても、ミータはやっと落ち着いたことから自分の身になにが起こったのかを話し始めます。
「お兄ちゃんとセックスしたあと、私は昨日を止めたです」
それも、かなり自身が機能を停止する以前まで遡って。ギャグシーンのつもりなんでしょうし、ミータは真結希の存在を知りませんから、美優樹の前で自分が改めて恋人宣言をするのは以上に意味があることです。けど、美優樹は雪人が真結希に劣情を抱いていることを知っている。彼が妹に、妹以上に感情を持っていて、一方でそれを自分に感じていないことを理解していた。
「お兄さん、どういうことなの?」
「どう、ってそれは……俺がミータを好きだってことで……」
「私もお兄ちゃんが好きです。二人は結ばれてるです」
正確に言えば、結ばれていたと言うべきでしょうし、雪人も好きだったと表現するのが本当のところです。真結希を知らないミータは仕方ないにしても、真結希とキスしたその口で、真結希を抱いたその体で、雪人はミータが好きだと言い切ってしまう。ロボットがどうとか、種族の壁なんて問題じゃないんです。勿論、それも将来的には問題になるでしょうけど、ここで重要視すべきは真結希の存在でしかない。
「それにミータさんが好きなら、どうしてお兄さんは真幸に……」
美優樹の疑問はもっともであり、雪人自身、痛いところを突かれた思いました。実妹の処女まで奪っておいて、痛いところで済んでしまうのが雪人らしいですが、彼はこの期に及んでも真結希とのことを深刻には考えてはいないのです。しかも酷いことに、彼は自分が真結希に惹かれた理由は分からないと思っていました。キスをした理由も、抱いた理由も自分では分からないというのです。雪人は馬鹿だから仕方ない? いいえ、違います。雪人はこのとき明確に嘘を吐いています。何故なら彼は真結希と行為をしているときも、その前も後も、常にミータの影をちらつかせ、ミータと真結希を重ね合わせておいた。理由なんて、考えるまでもなく明白じゃないですか。雪人は真結希をミータの代わりにしたんですよ。それ以外の何物でもないし、行為の最中にハッキリと彼が考えていることではないか。
けれど、雪人はそんな自分の気持ちを隠した。本当に愛していた人であるミータの前で、そんなこと言えるはずもないのです。ミータに浮気を指摘され、動揺を隠せなかった雪人です。彼にとって、真結希との関係はこの時点で浮気であり、本気ではなかったのです。だからこそ彼は未だ深刻になれないでいたし、おそらく取り返しも付くと思っていたのでしょう。どこまでも最低な奴だから出来る思考回路というわけですね。
真結希もミータも大切な人だと言い張る雪人に対して、あくまで浮気をしたかが重要であるというミータ。しかし、美優樹はそんなことよりも不潔なことをしたという事実が問題なのだと言います。まあ、この場合は美優樹が正しいような気もしますが、ミータは愛する者同士なら当然の結果だと言って取り合いません。そしてよりにもよって、美優樹だってそういう相手がいればセックスしたいと思うのではないか、と尋ねます。
「わ、私は……そ、そんな人……いない、から……」
雪人に対して失恋をした美優樹にとって、その問いかけは何よりも辛いものだったでしょう。それに倫理や道徳的なことを置いといて、仮に美優樹が雪人に対して性的なことを望んだのだとしても、美優樹には何も感じないと雪人に断言されてしまったわけですからね。美優樹の口が自然と重くなるのも、無理はありません。
「ならば、子供が大人の話に口を出すないです」
雪人とセックスをした、その事実だけで美優樹を子供扱いするミータ。幼い頃から女子校通いで、ファーストキスもまだなお子様は困ったものだと馬鹿にするミータは、一体何様のつもりなんでしょうか? 自分だって稼働歴1年半のロボットのくせして、たった一度男とセックスしただけで、それまで友人だった美優樹の性格や、人生そのものを否定するかのような言動を吐くだなんて……なんというか、毒舌にも程があると思います。雪人の悪い菌でも移ってしまったのか、ミータも他人の感情を読み取ることが出来なくなってしまったんだろうか。あやかルートでは彼女の気持ちを察して、色々と思いやりのある行動を取っていたというのに、男を知ると女は変わるものなのかな。少なくとも、ミータという存在に好印象ばかり抱けないのも確かです。まあ、ルートに入った時点で、彼女の暴走は目に余るものがあったけど。
良いから早く事情を説明してくれと、話の軌道修正を行う雪人ですが、どこかの研究室らしいところで目覚めたミータは、何を考えるまでもなく雪人のことを思い出し、彼のことを探しに外へ出たのだと言います。追っ手にしたところで、実は悪人であるとは限らず、ミータを修理していた善良な研究者という可能性もあるらしい。目覚めた理由も、何故追い掛けられているのかも分からなくて、悪人かも知れないからと次善策を取って逃げ出したミータ。それでも彼女の主目的は雪人との再会があり、それに関しては雪人も満足しています。この時点で彼の頭からは、真結希の存在など完全に抜け落ちていました。
白鳥寮でミータを匿うことにした雪人ですが、彼の選択は間違ってます。普通なら、まずはミータの制作者である、彼の表現で言えば母親に当たる律佳へと連絡を取るべきでした。真結希のこともありますし、ミータをどうするかは、彼女に判断を仰ぐのが当然のことです。けど、雪人はそもそもミータをロボットとしてみていないから、あくまで彼女の自主性を尊重しようとしているんですね。そこが、あやかと雪人の違いでもあって、雪人にとってミータは恋人であっても、ロボットや機械ではないんですよ。静夏が了承したから美優樹の部屋に泊まれることになりましたが、静夏だって事情は知らないわけじゃないのに、どうしてメディカルセンターに連絡を取った方が良いとか、そういった助言をしてあげないのか?
翌日になって仲間を集め、これからミータをどうすれば良いのか相談する雪人ですが、匿うにしても限界があるし、他の寮生だっているんです。黒服が何者か分からない以上、身の安全を考える必要だってあるでしょう。雪人は馬鹿なので後先考えずに、というか、ミータのことだけを考えていますけど、それに他の人が巻き込まれるいわれはないし、何故ロボットのためにそこまで? という気持ちだってあるでしょう。ミータに入れ込んでるのは、結局のところ雪人だけなんだから。
病院に相談したらどうかと言ったのは、意外なことに千毬でした。よりにもよってバカキャラの千毬に指摘され、今まで気付かなかったのが不思議なぐらいだったと、雪人は今更のように律佳へ相談することを思いつくのです。
ミータを寮に残して、美優樹と二人でメディカルセンターに向かった雪人。しかし、律佳は仕事中で会うことが出来ず、時間つぶしに真結希の見舞いへ向かおうとする雪人を、当の律佳が阻みました。彼女にとって、最も重要な仕事をしていた最中だと言います。眠っている真結希に会わせることは出来ないと、律佳は場所を自室へと移します。
「昨日の慰霊祭でね、神志那幸人くんが途中で……いなくなってしまっただろう? それで真幸くんは酷く取り乱してしまってね。半狂乱と言えるかも知れないほどに」
雪人たちに連絡を取ろうにも、二人は黒服から逃れるために携帯を切っていたから捕まえることが出来ず、真結希は自分で探しに行こうと、あの体でベッドから抜け出そうとしたと言います。何を言っても納得せず、仕方ないので薬を使った。それは雪人にとって、恐ろしさすら感じられる現状でした。真結希は、なにもかも振り捨てるほど、雪人を失いたくないと思っているという事実に、雪人は今になって気付いたのです。そして、自分が彼女に気持ちに応え、抱いてしまったからこうなったのだと。雪人は自分がとんでもない泥沼に嵌まりつつあることを悟ったようですが、彼がそこから脚を引き抜くことは出来ません。既に真結希を抱いてしまった彼に、そんなこと出来るはずもないのです。
「昨日の……君を連れて行った『あれ』は……ミータ、だったのか?」
律佳の問いは、彼女がミータの再稼働に関わっていないことを示すものです。彼女はミータが、一週間前から行方不明になっていたことを明かします。データ分析のために回収中だったものが、データごと機体を奪われてしまった。そう、いつか真結希の見舞いに来たとき、美優樹が廊下の騒動を気にして席を外したことがありました。あのときの騒ぎこそが、ミータを奪われた瞬間だったのです。何故教えてくれなかったのかと憤る雪人ですが、彼が怒るのは筋違いです。彼はミータの恋人かもしれませんが、そんなものはミータが勝手に言っていて、雪人がそう思い込んでいるだけのことであり、彼はミータに関してなんの権利を持っているわけでもないのだから。それに、事件性を帯びているころから打ち明けるわけにはいかなかったという律佳の言葉も、十分に説得力があります。
やはりミータは犯罪者によってさらわれた可能性が高かったわけですが、それにしては連中の行動はお粗末すぎる。律佳は痕跡の少なさから内部犯の可能性を指摘します。彼女には、ミータが再稼働した理由も、奪取した人物が誰かも分かりませんでした。しかも、起動しているにしてはテレメトリに信号は来ませんし、本来のミータであれば、それはあり得ないことです。だからこそ、律佳にはあれが本当にミータだったのか、という確認を取る必要があった。なにせミータはロボットですから、外見を似せるだけなら幾らでも可能なんです。
「ミータは、私たちが知っているミータではない可能性がある、ということだ」
機体に手を加えられた可能性もあるため、律佳はミータの回収するつもりでした。パーソナリティプログラムに手を加えられていないとはいえ、改造を施されたミータが雪人たちを襲うとも限らないし、なによりそれによって真結希に与える影響を考えれば、それ以外に方法などありません。律佳はミータの制作者であり、その所有権は彼女か、あるいはメディカルセンターにあります。律佳の言葉の正しさは、雪人だって理解しました。しかし、雪人はミータがセンター内で攫われたことを確認すると、信じられなことを口にします。
「だったら、俺はミータの側にいます」
ミータを犠牲にして、自分だけ助かるような真似は出来ない。格好いいことを口にしているようですが、実際はミータと離れたくないだけという、酷く個人的な都合です。ここまできて、こんな状況になっても雪人は自分の都合を優先したんです。学生寮に匿うとなれば、雪人だけの問題じゃない。人が大勢いる式典にまで乱入してくるような奴らです。他の寮生を気にせず、乗り込んでくる可能性だって十分にある。でも、雪人は自分の我が儘を押し通した。ミータと離れたくないという自分だけの都合に、皆を巻き込んだんです。もはや雪人の思考は、独善的ですらなくなっていました。間違っていると分かっているのに、我が儘だと理解しているのに、改める気がないのですから。
強情な雪人の説得は難しいと判断したのか、律佳は逆にミータを二人の手元に置き、敵の接触を誘い出す方向に考えをシフトしました。どうせ雪人や美優樹や親善大使として素性が割れているのだし、ミータを渡す気がないなら囮に使ってしまえと、そういうことにしたんですね。けど、そうした判断に納得出来ない者が、一人だけいました。
「ミータちゃんが行くなら、私も行く」
それまで薬で眠っていたはずの真結希が、その場に現れたのです。
「話は聞きました。私もお兄ちゃんと一緒に住みます」
突然の宣言に、一応の冷静さを保っていた律佳が動揺し始めます。薬で眠っていた真結希が、一人で起きて、車椅子を動かして律佳の部屋まで来た。それだけでも信じられないことなのに、あろことか病院を出て、雪人のところに行くと言いだしたのです。そんなこと、認められるわけもありません。
「ミータちゃんが寮に居るのは、ミータちゃんがお兄ちゃんに会いたいからだよね? だったら、私がお兄ちゃんに会いたいから寮に行くのも、立派な理由だよね?」
真結希の手足は擦り傷や、打撲の痕が多く見られ、傷だらけと言っていい状態でした。特別病棟から律佳の部屋まで、一体どれだけの距離があるのかは知りませんが、薬で動きが鈍っていたであろう体を無理矢理動かし、真結希はなんとかここまで辿り着いたのです。
「こんなかすり傷はどうでもいいの。私もお兄ちゃんと一緒に暮らす。ミータちゃんだけなんて認めない」
許可など出せるはずもない律佳に、許可などいらないという真結希。なのに雪人は、どうして真結希がそんなことを言うのか、その理由が見えてこない。彼は、彼は本当に馬鹿なんです。他人の気持ちが分からない、相手の心がくみ取れない、人を理解することが出来ない奴だった。
「……お兄ちゃん、本当にわからないの?」
だからこそ、真結希が直接告げるまで、彼は気付くことが出来なかった。自分の都合だけを優先してきた彼に、相手の心情や感情など、分かるわけはないのです。彼は真結希の感情が、ミータに対する嫉妬であることにやっと気付きます。ミータと分かち合っていた、いえ、ミータから引き継いだはずの想いが、復活したミータによって、今まさに取り返されようとしている。そんなこと、真結希に認められるわけはないんです。真結希が半狂乱になって取り乱したのも、結局のところ雪人を攫ったのが、他でもないミータだったから。真結希は、雪人がミータを愛していたことを知っているから……
文字数制限はまだなんですが、3回目で収まりきらなかったので、急遽分割して残りは明日に回すこととしました。まさか、6万文字で書き上げることが出来ないとは思いませんでしたが、それだけ私の中で、書きたいことが山のようにあった、ということでしょう。決して、好きな作品というわけじゃないのだけど、まあ、好きになりたかった作品だったこともあってか、自分の中で納得が言ってないのかも。まあ、とにかく明日に続きます。
真結希に全てを引き継ぎ、機能停止したミータ……律佳によって完全分解されたはずの彼女が、生きていた。ロボットには生死など存在しないけど、それ以外には表現しようのない光景が、雪人たちの前に広がっていた。
「どうもこうもあるないのです。お兄ちゃんに会うために、地獄から舞い戻るしたのです」
高らかに宣言するミータは、以前と同じ、まるで変わりのない姿でした。彼女と別れてから、僅か2週間程度。想いが風化するには、あまりに短い時間。雪人の口からは自然と嗚咽が漏れ、彼はなにも考えられなくなってしまう。だって彼は、未だにミータのことが好きだったから。つい先日、真結希のことを抱いたばかりだというのに、いざミータが目の前に現れると、彼女のことしか考えられなくなってしまう。果たしてそれは、不誠実なのか? 雪人の感覚で言えば、死んだと思っていた彼女が、ひょっこり戻ってきたも同じことです。混乱するのは無理もないし、心動かされても仕方ないでしょう。真結希の処女を奪った後でなければね。
「主役メカはやられても、必ず復活するです。それが王道というものです!」
アニメの設定にも似た抽象的な表現を使うミータ。確かに、そういうこともあるでしょう。死んだはずのヒロインが、奇跡や何かで最終的に生き返る、主人公の元に戻ってくる。そんなシナリオは探せばごまんとあるだろうし、私とて彼女の寿命が近いと聞いたときには、そんなこと言ったところでどうせ……と思わないではありませんでした。けれど、真結希が出てきたことで事情は変わります。
真結希は本来であれば、ミータの意思と記憶引き継ぎ、雪人にとって最後のヒロインとなるべく登場した少女です。実妹ではありますが、そこはまあ無視するとしても、彼女の存在はミータが居なくなって初めて意味を成すものでした。何故ならミータと真結希の抱いている気持ちは同質の物ではないにせよ、ほぼ同一の物であり、真結希の雪人に対する気持ちの出発点は、ミータを起源としているのです。
私はミータから真結希へとヒロインが移り変わったとき、このシナリオは真結希ルートとして完結を迎えるのだと思いました。彼女の中にミータを想い止め続ける雪人と、自分自身を見て貰いたい真結希。そんな感じに話を展開させつつも、どこかしら落としどころをつけて終わるのだろうと。ましてや、この状況でミータが復活するなど、あり得るはがない。だって、同質の気持ちというものは幾らでも存在して良いけど、同一の気持ちというのは一つしか存在できないんです。最終的にどちらかを、選択しなくちゃいけませんからね。真結希がすべてを継承した時点で、ミータは役目を終えなければならなかった。
でも、ミータは戻ってきた。以前の記憶と、想いと、真結希に上げたはずのものを全部残したまま、彼女は雪人のもとへ帰ってきたのです。それも彼が真結希を抱いた翌日、ミータから真結希へと心が移行しかけていた直後に。この時点で、それまで存在していた真結希ルートは横道に逸れるか、強引に引き戻された形になります。真結希は彼女なり、様々な計算と行動、言動などを多用して雪人の心を得ようとしました。そしてそれは、自らの処女と引き替えに果たすことが出来た。代償は大きく、しかし、真結希にとってはそれも望むところだった。だけど、それは雪人の想いの原点であるミータの再登場によって、完全に狂ってしまったのです。これによって、一つのシナリオに二人のヒロインが登場する事態となりました。それがなにを意味しているのかは、すぐに分かります。
復活したミータは何者かに追われている最中でした。黒服の集団……といえば、あやかルートを思い出しますが、あれは無頼漢でも誘拐犯でもなく、あやかの家の使用人かSPの類いです。同じ連中なはずはありませんが、また黒服の集団だなんて芸がないというか、なんというか。それに式典に乱入してまでミータのことを追い掛けてくると言うのも、奇妙な話です。彼女の言葉を信じるなら、彼女は雪人を探していたと言います。黒服たちが正当な理由なくミータを追い掛ける、所謂悪の手先であるなら、慰霊祭という人も多く、かなりの確実で撮影ないし生中継をして居るであろう場所に、乗り込んでくるものでしょうか? 理事長を始め、街の有力者たちが軒並み出席しているのです。警備だって、相応の人員が配置されていたはずであり、ミータはともかく、得体の知れない黒服共がどやどやと押し寄せてくれば、すぐに対処をしなければ行けません。つまり、彼らが悪人で、何らかの目的があって行動していたのなら、慰霊祭などと言う目立つ場所に乱入できるわけがないのです。
目立つ場所ならあやかが追いかけ回されていた街中も同じですが、あれにはまだしも人々を納得させる理由があります。黒服たちはあやかの家に雇われている人間であり、対外的には家で娘であるあやかを、兄である順也の言いつけで保護ないし、連れ戻そうとしているだけです。やり方の荒っぽさはともかくとしても、一応の理由にはなるでしょう。
だけど、ミータの場合は違います。これは後に分かることですが、ミータはメディカルセンターから盗まれ、行方不明になっていたんだそうです。彼女の所有者が律佳なのか、それともセンターそのものにあるのかは知りませんが、少なくとも彼女は何者かが違法に連れ去った、ロボットですから持ち出した、というべきでしょうか? これは立派な犯罪だし、ミータの能力を考えれば、何らかの悪事に利用しようとしたと考えられなくもない。それが再起動後に逃げ出したのなら連れ戻そうとするだろうし、躍起になるのも分かります。けど、ミータが慰霊祭という会場に逃げ込んだ時点で、その追求の手は一時ストップしないとおかしいんです。だって黒服たちはミータを盗んだ犯罪者か、少なくとも犯罪者の手先ではあるわけで、必要以上に目立つ行動など出来ようはずもない。会場が撮影されているとなれば、尚更のことです。
さて、黒服に追われていたミータは雪人を連れて逃げ出します。学園に身を隠し、一体どうして、何故再起動したのかを問いかける雪人ですが、あくまで以前の記憶のままに、自分は雪人の恋人であるという認識を崩さないミータに、彼の心は痛む。真結希を抱いてから、まだ1日しか経ってないのです。ミータから真結希へ、気持ちの切り替えをしようとしていたまさにそのとき、死んだはずの恋人が戻ってきたのだから、動揺もするでしょう。
けれど、雪人が抱いていた気持ちは少し異なります。彼は真結希を抱いたとき、それがミータへの裏切り行為だと思っていました。死んだ女、機能停止したロボットに操を立てたわけですが、それでも彼は結局真結希に流されて、流されたいと想っている自分の欲望に逆らわなかった。どうせミータはもう居ないんだし、目の前にいる真結希を選んだって問題はない。打算的な考えですが、それ自体は正しかったと思います。
けど、ミータが戻ってきたことで、雪人は本来なら発生するはずのない罪悪感を募らせることになります。現実から消えたはずの恋人が、現実の存在として帰ってきて、しかも自身は未だに恋人なのだと自分を認識している。ミータが時間の経過を意識していたのかは知りませんが、それにしたところで僅か2週間しか過ぎていないのです。まさか彼女とて、たった半月の間に雪人が別の女に乗り換えたなどとは思わないでしょう。生別ならまだしも、死別といって差し支えない状況で、雪人は自分の寂しさを埋めたいが為だけに、他の女を抱いた。如何に真結希が自分から迫ったとは言え、最終的に判断したのは雪人なのだから。
ここで問題となるのは生別でない以上、つまり関係が悪化して恋人関係を解消したのではないのだから、雪人は未だにミータのことが好きだと言うことです。私は二人の関係が恋人のそれだったとは思えないのだけど、肉体関係があったのは事実だし、雪人のミータに対する想いも本当でしょう。しかし、彼はミータが居なくなってから僅か2週間の間に別の少女と、真結希と恋仲になってしまった。ミータに向けられていた感情や気持ちを、既に真結希へと移してしまったのです。いや、正確には移そうとしていたと言うべきか。
学園にも追っ手が迫りつつあったことから、ミータは再度雪人を連れて逃げ出しますが、街中で美優樹と合流します。路地に潜んでいた彼女が、二人を安全な場所に引き込もうとしたのですが、突然であったからか、ミータの反応は過激なものでした。
「誰ですっ!?」
鋭い詰問と共に、自分たちを路地に引きずり込もうとした相手、即ち美優樹の首筋に手を伸ばします。まるで喉を握りつぶそうとするかのような勢い、ミータは少女ですが、その正体はロボットです。本人も言っていたように、何百キロもある握力を有しており、その気になれば喉どころか体を引き裂くほどの力を持っています。もし、ミータが美優樹に気付くのが遅れていれば、確実に美優樹は首そのものを砕かれていたことでしょう。
追っ手は街中に配置されており、どこに逃げても必ず現れ、雪人たちは段々と追い詰められていきます。鵠見市はそれなりに広い街であり、その全域をカバーするとなれば、100や200で待ちに合うわけもありません。一体どれだけの組織が、どれほど大がかりな規模でミータ捕獲に動いているのか?ミータは確かに最新鋭のロボットですが、同タイプのロボットが存在しない訳ではありません。単にミータという機種が一つだけしかないと言うことで、そこに希少価値を見出すというのは無理があります。あるいは盗まれた後に何か、必死になって捕獲しなければ行けないほど重要なものを埋め込まれたとかなら分かりますが、少なくも彼女の見た目は変わっていませんし、美優樹を殺し掛けたことを除けば、雰囲気や性格も以前のままと言える。後、ミータに特徴があるとすれば、それは精々真結希の神経網を持っていたことぐらいですが……真結希が病院で秘匿された患者、外部に漏らせない存在であったことを考えれば、そちらを狙ったという可能性もなくはない。真結希本人は無理でも、ミータを分析することである種の情報を得ようとしたりね。つまり、ミータという機体そのものよりも、中身を欲しての犯行というわけです。誰が、一体何のためにと言う疑問は残ってしまいますが、真結希の事情が依然として不明な以上、その目的までは分かりません。
敵はミータの通信機能から位置を特定しているのだと知り、ひとまずその機能を日以上する3人。美優樹の携帯電話からも察知される可能性があるとして、その電源も切ってしまいます。これによって追っ手を振り切り、白鳥寮へと逃げ込みました。皆、慰霊祭に出ていることから寮はもぬけの殻だったわけですが、自身も親善大使として参加していたにも関わらず、雪人はどうして皆がいないのか分かりませんでした。そこまで頭が回らなくなったのかと思いますが、美優樹の説明ではミータが雪人を連れ去った後、黒服たちが乱入してきたりと現場は大変だったらしい。会場は凄い騒ぎになったそうだけど、なんと理事長や先生たちが生徒を落ち着かせて、形だけでも式典を終わらせたのだと言います。
形だけでも終わらせたって……ちょっと待って下さい。来賓だって多いだろう式典に、不審者が大量に流れ込んできたんですよ? 式典など即座に中止して、生徒たちのみの安全を図るのが理事長や教師の努めでしょう。なのにどうして、あろうことか式典を再開させたのか。とりあえず終わらせたにしても、それでは美優樹は何故ここにいるのだろうか? スピーチの途中で兄妹を連れ去られ、少なくとも黒服たちと接触しそうになった立場には違いありません。すぐに保護して、安全を確保するのが普通でしょう。生徒たちが寮に戻ってないのは、学校に移動したか、それとも会場で待機しているかのどちらかでしょうけど、何故そんな中、美優樹だけ抜け出すことが出来たのか。式典を終わらせたという経過を知っている以上、二人を追って自分もさっさと抜け出してきた、というわけではないはずです。
まあ、それはこの際置いておくとしても、ミータはやっと落ち着いたことから自分の身になにが起こったのかを話し始めます。
「お兄ちゃんとセックスしたあと、私は昨日を止めたです」
それも、かなり自身が機能を停止する以前まで遡って。ギャグシーンのつもりなんでしょうし、ミータは真結希の存在を知りませんから、美優樹の前で自分が改めて恋人宣言をするのは以上に意味があることです。けど、美優樹は雪人が真結希に劣情を抱いていることを知っている。彼が妹に、妹以上に感情を持っていて、一方でそれを自分に感じていないことを理解していた。
「お兄さん、どういうことなの?」
「どう、ってそれは……俺がミータを好きだってことで……」
「私もお兄ちゃんが好きです。二人は結ばれてるです」
正確に言えば、結ばれていたと言うべきでしょうし、雪人も好きだったと表現するのが本当のところです。真結希を知らないミータは仕方ないにしても、真結希とキスしたその口で、真結希を抱いたその体で、雪人はミータが好きだと言い切ってしまう。ロボットがどうとか、種族の壁なんて問題じゃないんです。勿論、それも将来的には問題になるでしょうけど、ここで重要視すべきは真結希の存在でしかない。
「それにミータさんが好きなら、どうしてお兄さんは真幸に……」
美優樹の疑問はもっともであり、雪人自身、痛いところを突かれた思いました。実妹の処女まで奪っておいて、痛いところで済んでしまうのが雪人らしいですが、彼はこの期に及んでも真結希とのことを深刻には考えてはいないのです。しかも酷いことに、彼は自分が真結希に惹かれた理由は分からないと思っていました。キスをした理由も、抱いた理由も自分では分からないというのです。雪人は馬鹿だから仕方ない? いいえ、違います。雪人はこのとき明確に嘘を吐いています。何故なら彼は真結希と行為をしているときも、その前も後も、常にミータの影をちらつかせ、ミータと真結希を重ね合わせておいた。理由なんて、考えるまでもなく明白じゃないですか。雪人は真結希をミータの代わりにしたんですよ。それ以外の何物でもないし、行為の最中にハッキリと彼が考えていることではないか。
けれど、雪人はそんな自分の気持ちを隠した。本当に愛していた人であるミータの前で、そんなこと言えるはずもないのです。ミータに浮気を指摘され、動揺を隠せなかった雪人です。彼にとって、真結希との関係はこの時点で浮気であり、本気ではなかったのです。だからこそ彼は未だ深刻になれないでいたし、おそらく取り返しも付くと思っていたのでしょう。どこまでも最低な奴だから出来る思考回路というわけですね。
真結希もミータも大切な人だと言い張る雪人に対して、あくまで浮気をしたかが重要であるというミータ。しかし、美優樹はそんなことよりも不潔なことをしたという事実が問題なのだと言います。まあ、この場合は美優樹が正しいような気もしますが、ミータは愛する者同士なら当然の結果だと言って取り合いません。そしてよりにもよって、美優樹だってそういう相手がいればセックスしたいと思うのではないか、と尋ねます。
「わ、私は……そ、そんな人……いない、から……」
雪人に対して失恋をした美優樹にとって、その問いかけは何よりも辛いものだったでしょう。それに倫理や道徳的なことを置いといて、仮に美優樹が雪人に対して性的なことを望んだのだとしても、美優樹には何も感じないと雪人に断言されてしまったわけですからね。美優樹の口が自然と重くなるのも、無理はありません。
「ならば、子供が大人の話に口を出すないです」
雪人とセックスをした、その事実だけで美優樹を子供扱いするミータ。幼い頃から女子校通いで、ファーストキスもまだなお子様は困ったものだと馬鹿にするミータは、一体何様のつもりなんでしょうか? 自分だって稼働歴1年半のロボットのくせして、たった一度男とセックスしただけで、それまで友人だった美優樹の性格や、人生そのものを否定するかのような言動を吐くだなんて……なんというか、毒舌にも程があると思います。雪人の悪い菌でも移ってしまったのか、ミータも他人の感情を読み取ることが出来なくなってしまったんだろうか。あやかルートでは彼女の気持ちを察して、色々と思いやりのある行動を取っていたというのに、男を知ると女は変わるものなのかな。少なくとも、ミータという存在に好印象ばかり抱けないのも確かです。まあ、ルートに入った時点で、彼女の暴走は目に余るものがあったけど。
良いから早く事情を説明してくれと、話の軌道修正を行う雪人ですが、どこかの研究室らしいところで目覚めたミータは、何を考えるまでもなく雪人のことを思い出し、彼のことを探しに外へ出たのだと言います。追っ手にしたところで、実は悪人であるとは限らず、ミータを修理していた善良な研究者という可能性もあるらしい。目覚めた理由も、何故追い掛けられているのかも分からなくて、悪人かも知れないからと次善策を取って逃げ出したミータ。それでも彼女の主目的は雪人との再会があり、それに関しては雪人も満足しています。この時点で彼の頭からは、真結希の存在など完全に抜け落ちていました。
白鳥寮でミータを匿うことにした雪人ですが、彼の選択は間違ってます。普通なら、まずはミータの制作者である、彼の表現で言えば母親に当たる律佳へと連絡を取るべきでした。真結希のこともありますし、ミータをどうするかは、彼女に判断を仰ぐのが当然のことです。けど、雪人はそもそもミータをロボットとしてみていないから、あくまで彼女の自主性を尊重しようとしているんですね。そこが、あやかと雪人の違いでもあって、雪人にとってミータは恋人であっても、ロボットや機械ではないんですよ。静夏が了承したから美優樹の部屋に泊まれることになりましたが、静夏だって事情は知らないわけじゃないのに、どうしてメディカルセンターに連絡を取った方が良いとか、そういった助言をしてあげないのか?
翌日になって仲間を集め、これからミータをどうすれば良いのか相談する雪人ですが、匿うにしても限界があるし、他の寮生だっているんです。黒服が何者か分からない以上、身の安全を考える必要だってあるでしょう。雪人は馬鹿なので後先考えずに、というか、ミータのことだけを考えていますけど、それに他の人が巻き込まれるいわれはないし、何故ロボットのためにそこまで? という気持ちだってあるでしょう。ミータに入れ込んでるのは、結局のところ雪人だけなんだから。
病院に相談したらどうかと言ったのは、意外なことに千毬でした。よりにもよってバカキャラの千毬に指摘され、今まで気付かなかったのが不思議なぐらいだったと、雪人は今更のように律佳へ相談することを思いつくのです。
ミータを寮に残して、美優樹と二人でメディカルセンターに向かった雪人。しかし、律佳は仕事中で会うことが出来ず、時間つぶしに真結希の見舞いへ向かおうとする雪人を、当の律佳が阻みました。彼女にとって、最も重要な仕事をしていた最中だと言います。眠っている真結希に会わせることは出来ないと、律佳は場所を自室へと移します。
「昨日の慰霊祭でね、神志那幸人くんが途中で……いなくなってしまっただろう? それで真幸くんは酷く取り乱してしまってね。半狂乱と言えるかも知れないほどに」
雪人たちに連絡を取ろうにも、二人は黒服から逃れるために携帯を切っていたから捕まえることが出来ず、真結希は自分で探しに行こうと、あの体でベッドから抜け出そうとしたと言います。何を言っても納得せず、仕方ないので薬を使った。それは雪人にとって、恐ろしさすら感じられる現状でした。真結希は、なにもかも振り捨てるほど、雪人を失いたくないと思っているという事実に、雪人は今になって気付いたのです。そして、自分が彼女に気持ちに応え、抱いてしまったからこうなったのだと。雪人は自分がとんでもない泥沼に嵌まりつつあることを悟ったようですが、彼がそこから脚を引き抜くことは出来ません。既に真結希を抱いてしまった彼に、そんなこと出来るはずもないのです。
「昨日の……君を連れて行った『あれ』は……ミータ、だったのか?」
律佳の問いは、彼女がミータの再稼働に関わっていないことを示すものです。彼女はミータが、一週間前から行方不明になっていたことを明かします。データ分析のために回収中だったものが、データごと機体を奪われてしまった。そう、いつか真結希の見舞いに来たとき、美優樹が廊下の騒動を気にして席を外したことがありました。あのときの騒ぎこそが、ミータを奪われた瞬間だったのです。何故教えてくれなかったのかと憤る雪人ですが、彼が怒るのは筋違いです。彼はミータの恋人かもしれませんが、そんなものはミータが勝手に言っていて、雪人がそう思い込んでいるだけのことであり、彼はミータに関してなんの権利を持っているわけでもないのだから。それに、事件性を帯びているころから打ち明けるわけにはいかなかったという律佳の言葉も、十分に説得力があります。
やはりミータは犯罪者によってさらわれた可能性が高かったわけですが、それにしては連中の行動はお粗末すぎる。律佳は痕跡の少なさから内部犯の可能性を指摘します。彼女には、ミータが再稼働した理由も、奪取した人物が誰かも分かりませんでした。しかも、起動しているにしてはテレメトリに信号は来ませんし、本来のミータであれば、それはあり得ないことです。だからこそ、律佳にはあれが本当にミータだったのか、という確認を取る必要があった。なにせミータはロボットですから、外見を似せるだけなら幾らでも可能なんです。
「ミータは、私たちが知っているミータではない可能性がある、ということだ」
機体に手を加えられた可能性もあるため、律佳はミータの回収するつもりでした。パーソナリティプログラムに手を加えられていないとはいえ、改造を施されたミータが雪人たちを襲うとも限らないし、なによりそれによって真結希に与える影響を考えれば、それ以外に方法などありません。律佳はミータの制作者であり、その所有権は彼女か、あるいはメディカルセンターにあります。律佳の言葉の正しさは、雪人だって理解しました。しかし、雪人はミータがセンター内で攫われたことを確認すると、信じられなことを口にします。
「だったら、俺はミータの側にいます」
ミータを犠牲にして、自分だけ助かるような真似は出来ない。格好いいことを口にしているようですが、実際はミータと離れたくないだけという、酷く個人的な都合です。ここまできて、こんな状況になっても雪人は自分の都合を優先したんです。学生寮に匿うとなれば、雪人だけの問題じゃない。人が大勢いる式典にまで乱入してくるような奴らです。他の寮生を気にせず、乗り込んでくる可能性だって十分にある。でも、雪人は自分の我が儘を押し通した。ミータと離れたくないという自分だけの都合に、皆を巻き込んだんです。もはや雪人の思考は、独善的ですらなくなっていました。間違っていると分かっているのに、我が儘だと理解しているのに、改める気がないのですから。
強情な雪人の説得は難しいと判断したのか、律佳は逆にミータを二人の手元に置き、敵の接触を誘い出す方向に考えをシフトしました。どうせ雪人や美優樹や親善大使として素性が割れているのだし、ミータを渡す気がないなら囮に使ってしまえと、そういうことにしたんですね。けど、そうした判断に納得出来ない者が、一人だけいました。
「ミータちゃんが行くなら、私も行く」
それまで薬で眠っていたはずの真結希が、その場に現れたのです。
「話は聞きました。私もお兄ちゃんと一緒に住みます」
突然の宣言に、一応の冷静さを保っていた律佳が動揺し始めます。薬で眠っていた真結希が、一人で起きて、車椅子を動かして律佳の部屋まで来た。それだけでも信じられないことなのに、あろことか病院を出て、雪人のところに行くと言いだしたのです。そんなこと、認められるわけもありません。
「ミータちゃんが寮に居るのは、ミータちゃんがお兄ちゃんに会いたいからだよね? だったら、私がお兄ちゃんに会いたいから寮に行くのも、立派な理由だよね?」
真結希の手足は擦り傷や、打撲の痕が多く見られ、傷だらけと言っていい状態でした。特別病棟から律佳の部屋まで、一体どれだけの距離があるのかは知りませんが、薬で動きが鈍っていたであろう体を無理矢理動かし、真結希はなんとかここまで辿り着いたのです。
「こんなかすり傷はどうでもいいの。私もお兄ちゃんと一緒に暮らす。ミータちゃんだけなんて認めない」
許可など出せるはずもない律佳に、許可などいらないという真結希。なのに雪人は、どうして真結希がそんなことを言うのか、その理由が見えてこない。彼は、彼は本当に馬鹿なんです。他人の気持ちが分からない、相手の心がくみ取れない、人を理解することが出来ない奴だった。
「……お兄ちゃん、本当にわからないの?」
だからこそ、真結希が直接告げるまで、彼は気付くことが出来なかった。自分の都合だけを優先してきた彼に、相手の心情や感情など、分かるわけはないのです。彼は真結希の感情が、ミータに対する嫉妬であることにやっと気付きます。ミータと分かち合っていた、いえ、ミータから引き継いだはずの想いが、復活したミータによって、今まさに取り返されようとしている。そんなこと、真結希に認められるわけはないんです。真結希が半狂乱になって取り乱したのも、結局のところ雪人を攫ったのが、他でもないミータだったから。真結希は、雪人がミータを愛していたことを知っているから……
文字数制限はまだなんですが、3回目で収まりきらなかったので、急遽分割して残りは明日に回すこととしました。まさか、6万文字で書き上げることが出来ないとは思いませんでしたが、それだけ私の中で、書きたいことが山のようにあった、ということでしょう。決して、好きな作品というわけじゃないのだけど、まあ、好きになりたかった作品だったこともあってか、自分の中で納得が言ってないのかも。まあ、とにかく明日に続きます。
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