水葬銀貨のイストリア体験版 感想
2017年1月15日 くすはらゆい
ウグイスカグラの新作「水葬銀貨のイストリア」の体験版をプレイしました。普段は体験版の感想どころか、製品版の感想を書くことも稀なんだけど、この作品はちょっと思うところあって、感想的なものを書いてみようかなと。ブランド的には2014年の12月に発売された処女作、「紙の上の魔法使い」から数えても、約2年半ぶりの2作目ということになりますが、これだけ間が空くと、このブランドはまだ合ったのかとか、そういう失礼なことを考えてしまうのだけど、まあ、それは美少女ゲーム業界あるあるじゃないかな。
紙の上の魔法使いがそうだったように、幻惑的な世界観を構築した上での雰囲気ゲー……という印象が強いけど、プレイしてみるとこれがなかなか面白かった。
まず、水葬銀貨のイストリアは3月新作で、公式サイトがオープンしたのは昨年12月の半ば頃。つまりは約1月前で、発売日までは2ヵ月半あります。そんな1月の半ばに体験版を公開するというのは、美少女ゲームユーザーの感覚としてはやや早い印象があるのだけど、少し早すぎたかな、と思う程度には体験版に粗が目立ちました。
それはバグだったり、テキスト上のミスだったり、単なる重箱の隅というよりは、プレイをする上で支障が出る範囲のものから、まあ、これぐらいは仕方ないかと思うよな些細なものまで色々だったけど、それは公式がそのうち直してくれると信じて、今回の感想ではキャラやストーリーと言った、作品のみについて触れようかと思います。ちなみにバグがあるからといって体験版をクリアすることが出来ないとか、起動することが出来ないみたいな、そういう致命的なエラーはありません。少し不便だな、と感じる程度だと考えてください。
私がそもそもこの作品に興味を持ったのは、キャストにくすはらゆいの名前があったからなんですが、公式サイトのオープンと同時にキャストも公開されるという、やや珍しい発表の仕方だったんですよね。普通は少し間を置くものだけど、水葬銀貨に関しては作品と同時にキャストも知った形になります。
ただ、たとえくすはらゆいが出演していなくても、私はこの作品に興味は持っていたと思う。3月は重いので購入まで踏み切れたかは分からないけど、それぐらい惹き付けられるものが水葬銀貨にはあったというか。
スタート画面は簡素で、コンフィグを開いても最低限の機能しかない。BGMにはミュート機能もないし、デフォルトの設定がやけに小さいのも気になったけど、操作性は悪くなかった。システムボイスぐらい合っても良いんじゃないかと思う反面、静かなBGMだけで表現するというのは、作品の雰囲気を上手く現しているのかも知れない。
ゲームを始めると、特に前置きもなく表示されるEpisode1とそのタイトルが、水葬銀貨が章区切りの作品であることを現している。体験版にはEpisode3まで収録されていたけど、細かい話数で稼いでいくような作品と違い、Episodeごとの長さはそれなりのもので、ボリュームは結構あったように思う。所謂共通ルートなのだと思うが、OPを挟まなかったのは完成していないからか、それともOPが流れる部分がまだ先なのか……おそらく前者だと思う。
カジノのシーンから始まる物語は、この世界観が和名を持ちながらも日本とはどことなく違う場所であることを印象づける。街並みは洋風で、部屋の調度品も所謂学園エロゲに出てくるような主人公の部屋とは一線を画し、そもそも主人公の部屋が存在しないのは珍しく感じた。同居している妹の私室はあるのだが、主人公は居間のソファで普段は寝起きしており、おそらくは1DK程度の広さしかないのだろう。
公式ページよりも先にげっちゅ屋でイベントCGが公開されているが、ヒロインと致しているシーンも明確にベッドの上と分かるものは1枚もなく、それどころか居間でやっちゃってる感じのものが2枚もある。主人公は自室にヒロインを連れ込むのが主流である従来の学園モノからすれば、斬新な設定かも知れない。ちなみに、この作品も一応は学園モノの要素を持っている。
主人公の茅ヶ崎英士は妹と二人暮らしをしている学生で、しかし、学校では孤立している存在だった。空気のように扱われ、認識されたとしてもドブネズミと呼ばれる。それは彼の親が犯罪者だからという、同年代が過敏に反応するだろう理由だったからだけど、理由以上に彼は擦れた人間性の持ち主であるように見えた。周囲の視線以上がなくても、彼は多分自虐的な性格なのだろう。
メインヒロインは全部で4人。煤ヶ谷小夜は主人公の幼馴染みで、かつて一緒に暮らしていた兄妹のような間柄。実際に昔は「兄さん」なんて呼んでいたらしいし、今も呼びたがっている。最初に登場するヒロインはこの子で、公式サイトや販売サイトのキャラ紹介でも、彼女が一番先に来ていることから、一見すると小夜がメインの中のメイン、センターヒロインであるかのような印象を受ける。主人公との因縁や、抱えている爆弾の大きさなど、如何にもといった感じだ。
しかし、コンフィグ画面でボイスを開いてみると、小夜よりも前に汐入玖々里が表示されており、あれ? っという気分にさせられてしまう。玖々里はくすはらゆいがCVを担当するヒロインだが、物語ヒロインとしては、むしろ彼女の方が重要なのではないかと思うほどには、体験版におけるキャラが立っていたのではないだろうか? というのも、全然登場しないのだ。
Episode1は主人公の日常と、小夜や実妹である夕桜との関係、それにゆるぎとの出会いなどを描いているが、玖々里の途上はかなり勿体付けられており、まだかな? と待ちくたびれるぐらいには、遅く描かれていた。現に、ゆるぎという初対面の少女との関係性が接近するEpisode1の時点では、玖々里は出てこない。これは単純に、玖々里という少女が、主人公・英士の日常外から現れた存在であり、彼の今現在の日常を紹介するパートには、どうしたって登場できないのだろう。
ただ、この作品は三人称でこそないが、視点を主人公に固定していない。小夜や夕桜の場合もあれば、ゆるぎや玖々里になることだってある。この何気なく行われる視点の変化を、水葬銀貨のイストリアは実に上手く使っていた。それについては追々書くが、レトリックにごまかされるとは、まさにこのことに違いない。
Episode2もまた、カジノのシーンから始まる。Aの貴公子であるC・Aが、その実力を遺憾なく発揮している。C・Aなどと言われると、何だかキャビンアテンダントの略称のように感じてしまうが、この場合はカジノに出入りする凄腕のカードプレイヤーのことだ。小夜の父親をギャンブルで負かして死に追いやり、小夜と主人公はその復讐をそれぞれ別の方向から目指しているように、この時点では見える。
水葬銀貨のイストリアはカジノも舞台の一つと言うだけあって、トランプとトランプゲームが一つのコンセプトになっている。体験版内でも神経衰弱や、ポーカーのテキサスホールデムなどをプレイするシーンはあるが、プレイヤーがミニゲーム感覚で楽しむ要素などはなく、眺めているだけだ。しかも、主人公は正統派の勝負師という訳ではなく、それなりのイカサマも使用するなど、証拠が出なければ何でもありというプレイスタイル。学校も舞台になってはいるが、主人公はあくまで夜の街に生きる人間なのだろう。
そして、小夜を送り届けた帰り道……というには少し語弊があるかも知れないが、夜の街中、いや、路地裏で――
茅ヶ崎英士と、汐入玖々里は出会った。
茅ヶ崎英士の日常から拒絶され、戻ることが出来ない煤ヶ谷小夜と、
茅ヶ崎英士の日常へと入り込み、彼に受け入れられた汐入玖々里。
幻想的で、幻惑的。物語は始まっているようで、まだ始まっていなかったのだ。
玖々里と英士が出会ったことで、それまでの日常は壊れた。望んだのは玖々里で、助けたのは英士。小夜は確かに英士にとって掛け替えのないヒロインなのかも知れないが、作品その物のヒロインは違うのかも知れない、そんな強い印象を受ける。
現に玖々里が登場してからの流れは、私自身が待ちわびていたということもあってか早く感じた。けど、この時点での彼女は主人公にとって日常に現れた遺物であり、いや、体験版を通して彼女は彼の核心には踏み込めないでいた。
つまり、英士の日常にいるようで、玖々里はまだ外にいるのだ。それは玖々里が小夜と出会い、自分には高い壁が存在することを実感することでも分かる。ましてや、英士は一度ならず玖々里を見捨てて、小夜を選んでいる。短いとは言えない体験版だが、製品版でもない段階で、かなり激しい心理と真意の応酬が行われていた。
玖々里は逃亡者で、端から見ても厄介ごとの塊だ。記憶喪失を主張し、美しくしなやかな身体で主人公を誘惑し、助けを求める。しかし、主人公は誘惑と別の感情から玖々里の手を取り、彼女を庇護してしまう。
体験版の時点で、汐入玖々里は主人公のパートナーという訳ではない。何でも本音を話したり、自分の裏事情を語って聞かせるような間柄ではなく、英士の玖々里に対する言葉は嘘ばかりだ。そう、この主人公は酷く嘘吐きで、優しい嘘すら吐けないような、可哀想な奴で。
英士は玖々里を助けて、受け入れて、だけど彼女を自分の核心には近づけない。近いようで、遠いのだ。それは彼が玖々里の境遇に対する同情があるようにも見えるし、あるいは彼女に知られることの恐怖を抱いているのかもと思った。彼は自分の真実、その一端をゆるぎに教えたが、それは彼女を信頼したからではなく、殆ど破滅的な行為だ。
にもかかわらず、彼は玖々里に対しては隠そうとした。薬の効果が切れていたということを差し引いても、英士は彼女に自分を見せようとしなかった。
彼女の信頼を裏切り続けた彼は、糾弾され、罵られ、しかし、抱き締められた。英士は小夜に固執していたが、玖々里は小夜に執着していた。短い共同生活の中で、いや、それとも最初に出会ったときから、玖々里は英士を見初めたのかも知れない。恋愛感情かは別にして、そう、古い言い回しをするなら「英士は玖々里を助けてくれる人」だと、理解したのではないだろうか。
話がやや飛んでしまったが、汐入玖々里が物語の核心的存在であることは間違いない。
街を支配する久末病院から逃げてきたという彼女は、そもそもが人ではない可能性がある。だって、公式ページにも書いてあるではないか。
私は一匹の人魚姫。目覚めてしまった人魚姫。
それが玖々里なのだ。そして人魚姫とは悲劇のヒロインだ。何故なら彼女の恋は、実らないのだから。
泡沫に消えるかも知れない少女を助けて、居候、あるいは同棲という形で、自らの家族に加えた英士。小夜が戻りたくて戻れない場所に、招き入れられた、あるいは自ら踏み込んだ少女の存在は、当然の如く小夜や、妹の夕桜に影響を与える。だが、夕桜は意外にも早く玖々里のことを受け入れてしまう。玖々里のページにも書かれているとおり、波長が同じ、つまりは似た者同士なのだろう。逆に小夜は、お互いにお互いを好きになれない相手だ。共に英士に執着する二人は、それ故に互いを敵視し、憧れる。
物理的な意味で玖々里は彼の隣にいるけど、彼の心はいつだって小夜に向いている。小夜がそれをどこまで意識しているのかは知らないが、彼女は物理的な距離感を求めて、玖々里に嫉妬してしまう。だから、相容れない。
Episode2において英士は玖々里と出会い、小夜のために一度は彼女を見捨ててしまう話だ。けれど、それでも二人は再会して、彼は彼女に許しを請うた。この二度目の出会いが、英士の中で玖々里の存在が一層強くなってしまったことが分かるだろう。
Episode3はお伽話から始まる。水葬銀貨というりんごにまつわる、人魚姫の物語だ。小夜が好み、玖々里が嫌いだと言ったりんごの果実。癒やしの涙を持つ人魚姫が、強欲な人間達によって絞り滓にされ、死して水葬に、海へと沈められた、そんな話だ。人魚姫は自分の涙を求めた人間達から、涙を奪った。自らの死を悲しまない人間達の、涙を枯らした。果たしてこれは空想か、伝説か。今も街に住み続ける人々は涙を流せないのだという……
さて、玖々里を正式に家族のような存在として加えた後、ストーリーは英士の正体について迫っていく。しかし、プレイヤー、あるいはユーザーはこの時点で英士の真実について誤解している。勘違いさせられている、というべきか。
前述のように、玖々里は意図的に英士の核心から外されているヒロインで、小夜もその点では同じだ。唯一事情の大部分を知っているのは夕桜だが、それ故に彼女は最愛の兄と、憎悪の対象である兄の間で揺れ動いている。
英士が何者で、夜の街で何をしているのか。彼がゆるぎに明かした真実などは、やはり実際に体験版をプレイして貰いたい。文章のレトリック、私はすっかり騙されてしまった。
茅ヶ崎英士は、ヒーローにはなれないのだ。
始まりは小夜で、終わりは玖々里で締められる体験版だが、ここまでが共通パートなのかは分からない。まだ続きがあるのかも知れないし、これ以降は個別ルートに入る可能性もある。ただ、あの性格の主人公が夕桜やゆるぎと一体どうやって結ばれるのかは、少し興味深い。場合によっては、シナリオ自体は一本道なんてこともあり得るが、それでも個別に何らかのイベントぐらいはあるだろう。
ゆるぎが受けた衝撃や、小夜に対して英士が抱える爆弾。夕桜に対する負い目と、玖々里に付いている嘘……そして、彼を縛り付ける紅葉の存在。単純な恋愛模様になるとは思えない。
長々と書きすぎて、久々の感想文ということもあってか、結局なにを書きたかったのか良く分からなくなってしまったが、一つ言えるのはこの作品が好きだと言うことか。バグも多いし、ミスも目立つが、余裕があれば複数買いさえ検討してしまうような、強い魅力を感じる。体験版をプレイして、更にそれを実感した。
もしかすれば、私がアンデルセンに憧憬を抱く者だからかも知れないが……今度の人魚姫の恋がどうなるのか、私はそれが大いに気になる。
そして水葬銀貨を欲する少女と、水葬銀貨を嫌う少女、その違いに意味があるのかも。ああ、これはお伽話。それとも童話? 違う、これは大人の物語だ。
紙の上の魔法使いがそうだったように、幻惑的な世界観を構築した上での雰囲気ゲー……という印象が強いけど、プレイしてみるとこれがなかなか面白かった。
まず、水葬銀貨のイストリアは3月新作で、公式サイトがオープンしたのは昨年12月の半ば頃。つまりは約1月前で、発売日までは2ヵ月半あります。そんな1月の半ばに体験版を公開するというのは、美少女ゲームユーザーの感覚としてはやや早い印象があるのだけど、少し早すぎたかな、と思う程度には体験版に粗が目立ちました。
それはバグだったり、テキスト上のミスだったり、単なる重箱の隅というよりは、プレイをする上で支障が出る範囲のものから、まあ、これぐらいは仕方ないかと思うよな些細なものまで色々だったけど、それは公式がそのうち直してくれると信じて、今回の感想ではキャラやストーリーと言った、作品のみについて触れようかと思います。ちなみにバグがあるからといって体験版をクリアすることが出来ないとか、起動することが出来ないみたいな、そういう致命的なエラーはありません。少し不便だな、と感じる程度だと考えてください。
私がそもそもこの作品に興味を持ったのは、キャストにくすはらゆいの名前があったからなんですが、公式サイトのオープンと同時にキャストも公開されるという、やや珍しい発表の仕方だったんですよね。普通は少し間を置くものだけど、水葬銀貨に関しては作品と同時にキャストも知った形になります。
ただ、たとえくすはらゆいが出演していなくても、私はこの作品に興味は持っていたと思う。3月は重いので購入まで踏み切れたかは分からないけど、それぐらい惹き付けられるものが水葬銀貨にはあったというか。
スタート画面は簡素で、コンフィグを開いても最低限の機能しかない。BGMにはミュート機能もないし、デフォルトの設定がやけに小さいのも気になったけど、操作性は悪くなかった。システムボイスぐらい合っても良いんじゃないかと思う反面、静かなBGMだけで表現するというのは、作品の雰囲気を上手く現しているのかも知れない。
ゲームを始めると、特に前置きもなく表示されるEpisode1とそのタイトルが、水葬銀貨が章区切りの作品であることを現している。体験版にはEpisode3まで収録されていたけど、細かい話数で稼いでいくような作品と違い、Episodeごとの長さはそれなりのもので、ボリュームは結構あったように思う。所謂共通ルートなのだと思うが、OPを挟まなかったのは完成していないからか、それともOPが流れる部分がまだ先なのか……おそらく前者だと思う。
カジノのシーンから始まる物語は、この世界観が和名を持ちながらも日本とはどことなく違う場所であることを印象づける。街並みは洋風で、部屋の調度品も所謂学園エロゲに出てくるような主人公の部屋とは一線を画し、そもそも主人公の部屋が存在しないのは珍しく感じた。同居している妹の私室はあるのだが、主人公は居間のソファで普段は寝起きしており、おそらくは1DK程度の広さしかないのだろう。
公式ページよりも先にげっちゅ屋でイベントCGが公開されているが、ヒロインと致しているシーンも明確にベッドの上と分かるものは1枚もなく、それどころか居間でやっちゃってる感じのものが2枚もある。主人公は自室にヒロインを連れ込むのが主流である従来の学園モノからすれば、斬新な設定かも知れない。ちなみに、この作品も一応は学園モノの要素を持っている。
主人公の茅ヶ崎英士は妹と二人暮らしをしている学生で、しかし、学校では孤立している存在だった。空気のように扱われ、認識されたとしてもドブネズミと呼ばれる。それは彼の親が犯罪者だからという、同年代が過敏に反応するだろう理由だったからだけど、理由以上に彼は擦れた人間性の持ち主であるように見えた。周囲の視線以上がなくても、彼は多分自虐的な性格なのだろう。
メインヒロインは全部で4人。煤ヶ谷小夜は主人公の幼馴染みで、かつて一緒に暮らしていた兄妹のような間柄。実際に昔は「兄さん」なんて呼んでいたらしいし、今も呼びたがっている。最初に登場するヒロインはこの子で、公式サイトや販売サイトのキャラ紹介でも、彼女が一番先に来ていることから、一見すると小夜がメインの中のメイン、センターヒロインであるかのような印象を受ける。主人公との因縁や、抱えている爆弾の大きさなど、如何にもといった感じだ。
しかし、コンフィグ画面でボイスを開いてみると、小夜よりも前に汐入玖々里が表示されており、あれ? っという気分にさせられてしまう。玖々里はくすはらゆいがCVを担当するヒロインだが、物語ヒロインとしては、むしろ彼女の方が重要なのではないかと思うほどには、体験版におけるキャラが立っていたのではないだろうか? というのも、全然登場しないのだ。
Episode1は主人公の日常と、小夜や実妹である夕桜との関係、それにゆるぎとの出会いなどを描いているが、玖々里の途上はかなり勿体付けられており、まだかな? と待ちくたびれるぐらいには、遅く描かれていた。現に、ゆるぎという初対面の少女との関係性が接近するEpisode1の時点では、玖々里は出てこない。これは単純に、玖々里という少女が、主人公・英士の日常外から現れた存在であり、彼の今現在の日常を紹介するパートには、どうしたって登場できないのだろう。
ただ、この作品は三人称でこそないが、視点を主人公に固定していない。小夜や夕桜の場合もあれば、ゆるぎや玖々里になることだってある。この何気なく行われる視点の変化を、水葬銀貨のイストリアは実に上手く使っていた。それについては追々書くが、レトリックにごまかされるとは、まさにこのことに違いない。
Episode2もまた、カジノのシーンから始まる。Aの貴公子であるC・Aが、その実力を遺憾なく発揮している。C・Aなどと言われると、何だかキャビンアテンダントの略称のように感じてしまうが、この場合はカジノに出入りする凄腕のカードプレイヤーのことだ。小夜の父親をギャンブルで負かして死に追いやり、小夜と主人公はその復讐をそれぞれ別の方向から目指しているように、この時点では見える。
水葬銀貨のイストリアはカジノも舞台の一つと言うだけあって、トランプとトランプゲームが一つのコンセプトになっている。体験版内でも神経衰弱や、ポーカーのテキサスホールデムなどをプレイするシーンはあるが、プレイヤーがミニゲーム感覚で楽しむ要素などはなく、眺めているだけだ。しかも、主人公は正統派の勝負師という訳ではなく、それなりのイカサマも使用するなど、証拠が出なければ何でもありというプレイスタイル。学校も舞台になってはいるが、主人公はあくまで夜の街に生きる人間なのだろう。
そして、小夜を送り届けた帰り道……というには少し語弊があるかも知れないが、夜の街中、いや、路地裏で――
茅ヶ崎英士と、汐入玖々里は出会った。
茅ヶ崎英士の日常から拒絶され、戻ることが出来ない煤ヶ谷小夜と、
茅ヶ崎英士の日常へと入り込み、彼に受け入れられた汐入玖々里。
幻想的で、幻惑的。物語は始まっているようで、まだ始まっていなかったのだ。
玖々里と英士が出会ったことで、それまでの日常は壊れた。望んだのは玖々里で、助けたのは英士。小夜は確かに英士にとって掛け替えのないヒロインなのかも知れないが、作品その物のヒロインは違うのかも知れない、そんな強い印象を受ける。
現に玖々里が登場してからの流れは、私自身が待ちわびていたということもあってか早く感じた。けど、この時点での彼女は主人公にとって日常に現れた遺物であり、いや、体験版を通して彼女は彼の核心には踏み込めないでいた。
つまり、英士の日常にいるようで、玖々里はまだ外にいるのだ。それは玖々里が小夜と出会い、自分には高い壁が存在することを実感することでも分かる。ましてや、英士は一度ならず玖々里を見捨てて、小夜を選んでいる。短いとは言えない体験版だが、製品版でもない段階で、かなり激しい心理と真意の応酬が行われていた。
玖々里は逃亡者で、端から見ても厄介ごとの塊だ。記憶喪失を主張し、美しくしなやかな身体で主人公を誘惑し、助けを求める。しかし、主人公は誘惑と別の感情から玖々里の手を取り、彼女を庇護してしまう。
体験版の時点で、汐入玖々里は主人公のパートナーという訳ではない。何でも本音を話したり、自分の裏事情を語って聞かせるような間柄ではなく、英士の玖々里に対する言葉は嘘ばかりだ。そう、この主人公は酷く嘘吐きで、優しい嘘すら吐けないような、可哀想な奴で。
英士は玖々里を助けて、受け入れて、だけど彼女を自分の核心には近づけない。近いようで、遠いのだ。それは彼が玖々里の境遇に対する同情があるようにも見えるし、あるいは彼女に知られることの恐怖を抱いているのかもと思った。彼は自分の真実、その一端をゆるぎに教えたが、それは彼女を信頼したからではなく、殆ど破滅的な行為だ。
にもかかわらず、彼は玖々里に対しては隠そうとした。薬の効果が切れていたということを差し引いても、英士は彼女に自分を見せようとしなかった。
彼女の信頼を裏切り続けた彼は、糾弾され、罵られ、しかし、抱き締められた。英士は小夜に固執していたが、玖々里は小夜に執着していた。短い共同生活の中で、いや、それとも最初に出会ったときから、玖々里は英士を見初めたのかも知れない。恋愛感情かは別にして、そう、古い言い回しをするなら「英士は玖々里を助けてくれる人」だと、理解したのではないだろうか。
話がやや飛んでしまったが、汐入玖々里が物語の核心的存在であることは間違いない。
街を支配する久末病院から逃げてきたという彼女は、そもそもが人ではない可能性がある。だって、公式ページにも書いてあるではないか。
私は一匹の人魚姫。目覚めてしまった人魚姫。
それが玖々里なのだ。そして人魚姫とは悲劇のヒロインだ。何故なら彼女の恋は、実らないのだから。
泡沫に消えるかも知れない少女を助けて、居候、あるいは同棲という形で、自らの家族に加えた英士。小夜が戻りたくて戻れない場所に、招き入れられた、あるいは自ら踏み込んだ少女の存在は、当然の如く小夜や、妹の夕桜に影響を与える。だが、夕桜は意外にも早く玖々里のことを受け入れてしまう。玖々里のページにも書かれているとおり、波長が同じ、つまりは似た者同士なのだろう。逆に小夜は、お互いにお互いを好きになれない相手だ。共に英士に執着する二人は、それ故に互いを敵視し、憧れる。
物理的な意味で玖々里は彼の隣にいるけど、彼の心はいつだって小夜に向いている。小夜がそれをどこまで意識しているのかは知らないが、彼女は物理的な距離感を求めて、玖々里に嫉妬してしまう。だから、相容れない。
Episode2において英士は玖々里と出会い、小夜のために一度は彼女を見捨ててしまう話だ。けれど、それでも二人は再会して、彼は彼女に許しを請うた。この二度目の出会いが、英士の中で玖々里の存在が一層強くなってしまったことが分かるだろう。
Episode3はお伽話から始まる。水葬銀貨というりんごにまつわる、人魚姫の物語だ。小夜が好み、玖々里が嫌いだと言ったりんごの果実。癒やしの涙を持つ人魚姫が、強欲な人間達によって絞り滓にされ、死して水葬に、海へと沈められた、そんな話だ。人魚姫は自分の涙を求めた人間達から、涙を奪った。自らの死を悲しまない人間達の、涙を枯らした。果たしてこれは空想か、伝説か。今も街に住み続ける人々は涙を流せないのだという……
さて、玖々里を正式に家族のような存在として加えた後、ストーリーは英士の正体について迫っていく。しかし、プレイヤー、あるいはユーザーはこの時点で英士の真実について誤解している。勘違いさせられている、というべきか。
前述のように、玖々里は意図的に英士の核心から外されているヒロインで、小夜もその点では同じだ。唯一事情の大部分を知っているのは夕桜だが、それ故に彼女は最愛の兄と、憎悪の対象である兄の間で揺れ動いている。
英士が何者で、夜の街で何をしているのか。彼がゆるぎに明かした真実などは、やはり実際に体験版をプレイして貰いたい。文章のレトリック、私はすっかり騙されてしまった。
茅ヶ崎英士は、ヒーローにはなれないのだ。
始まりは小夜で、終わりは玖々里で締められる体験版だが、ここまでが共通パートなのかは分からない。まだ続きがあるのかも知れないし、これ以降は個別ルートに入る可能性もある。ただ、あの性格の主人公が夕桜やゆるぎと一体どうやって結ばれるのかは、少し興味深い。場合によっては、シナリオ自体は一本道なんてこともあり得るが、それでも個別に何らかのイベントぐらいはあるだろう。
ゆるぎが受けた衝撃や、小夜に対して英士が抱える爆弾。夕桜に対する負い目と、玖々里に付いている嘘……そして、彼を縛り付ける紅葉の存在。単純な恋愛模様になるとは思えない。
長々と書きすぎて、久々の感想文ということもあってか、結局なにを書きたかったのか良く分からなくなってしまったが、一つ言えるのはこの作品が好きだと言うことか。バグも多いし、ミスも目立つが、余裕があれば複数買いさえ検討してしまうような、強い魅力を感じる。体験版をプレイして、更にそれを実感した。
もしかすれば、私がアンデルセンに憧憬を抱く者だからかも知れないが……今度の人魚姫の恋がどうなるのか、私はそれが大いに気になる。
そして水葬銀貨を欲する少女と、水葬銀貨を嫌う少女、その違いに意味があるのかも。ああ、これはお伽話。それとも童話? 違う、これは大人の物語だ。
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