本日、11月19日は我が盟友であるくろのとくろえのくろのさんが描いた携帯漫画の配信日です。未来少年という会社からの依頼で描かれた完全な商業作品で、くろのさん初の携帯配信専用の電子書籍になります。Handyコミックという携帯専用サイトからDL可能なんですが、QRコード等を発見することが出来なかったので、アドレスだけ置いておきます。
URL:http://handycomic.jp/e/index.php
携帯サイトなので携帯電話でしか繋げませんが、興味ある人は是非どうぞ。作者名検索で多分探せると思います。
私がこの「セックス触手マシンガンズ」というとんでもないタイトルの作品を宣伝しているのは、もちろん盟友であるくろのさんの許可を貰ってのことだけど、以前も書いたようにほんの少しだけ作品制作に関わっているから。いや、とんでもタイトルは違うよ? これは確か未来少年側が勝手に付けた奴だから、私やくろのさんのセンスではまずあり得ないw
まあ、私はあくまで部外者ですからあんまり作品に対して詳しいことを言える立場でもないんですけど、簡単に話の概要をいうと、所謂SF作品になっています。それも、無駄にラストが壮大な感じの。別に私の趣味じゃなくて、最初は全然違う話だったのが、紆余曲折してSF学園ラブコメへと変貌して、なんか相談とか受けているうちに見事なSFボーイミーツガールになりました。その辺りの経緯はくろのさんのブログを辿っていけば判ると思うけど、あの依頼内容からここまでの物語に仕上げたくろのさんは本当に凄い。私も久しぶりに作品が出来ていく過程というのを比較的近い位置で拝見することが出来たわけだけど、結構刺激を受けました。今やってる仕事はどうしたって創作性に欠けるものだし、例え大変だとしても仕事で作品づくりをしたいと思った。そういう話がないわけじゃないけど、仕事との兼ね合いもあるし、どうなるのかはまだ未定だったりする。
全然作品の内容を書いてないですね。なんのための宣伝だよってことで、折角なので公式ページに載っているあらすじでも引用してみましょうか?
ちなみに私のイチオシはヒロインでもイケメン生徒会長でもなく、眼鏡っ娘の生徒副会長ですね。出番はほんとうに少ないというか、完全に端役ですけど、私はあの娘の番外編に期待します。別に眼鏡属性はないが、ああいう髪型で眼鏡だと何故か許せちゃう不思議。
ちなみに、現在くろのさんと組んで冬コミで出すヨスガノソラ本を作ってたりします。いつか書いた、なんか色々あって表紙を描いてもらえることになったというあの話ですね。くろのさんのブログに表紙ラフとか載っているので、そちらでチェックしてみてください。それと私の策略、もとい推薦でくろのさんの冬新刊の一つを穹本へすることに成功。というか、向こうが話の流れで同人誌1冊分のネタを思いついてたから、描けばいいんじゃないと言っただけなんだけどね……割と強くだがw
ヨスガノソラの同人誌は、今年の冬に出すのが一番いいし、まあ、冬コミには間に合わないとしても良いものができると思うから。
URL:http://handycomic.jp/e/index.php
携帯サイトなので携帯電話でしか繋げませんが、興味ある人は是非どうぞ。作者名検索で多分探せると思います。
私がこの「セックス触手マシンガンズ」というとんでもないタイトルの作品を宣伝しているのは、もちろん盟友であるくろのさんの許可を貰ってのことだけど、以前も書いたようにほんの少しだけ作品制作に関わっているから。いや、とんでもタイトルは違うよ? これは確か未来少年側が勝手に付けた奴だから、私やくろのさんのセンスではまずあり得ないw
まあ、私はあくまで部外者ですからあんまり作品に対して詳しいことを言える立場でもないんですけど、簡単に話の概要をいうと、所謂SF作品になっています。それも、無駄にラストが壮大な感じの。別に私の趣味じゃなくて、最初は全然違う話だったのが、紆余曲折してSF学園ラブコメへと変貌して、なんか相談とか受けているうちに見事なSFボーイミーツガールになりました。その辺りの経緯はくろのさんのブログを辿っていけば判ると思うけど、あの依頼内容からここまでの物語に仕上げたくろのさんは本当に凄い。私も久しぶりに作品が出来ていく過程というのを比較的近い位置で拝見することが出来たわけだけど、結構刺激を受けました。今やってる仕事はどうしたって創作性に欠けるものだし、例え大変だとしても仕事で作品づくりをしたいと思った。そういう話がないわけじゃないけど、仕事との兼ね合いもあるし、どうなるのかはまだ未定だったりする。
全然作品の内容を書いてないですね。なんのための宣伝だよってことで、折角なので公式ページに載っているあらすじでも引用してみましょうか?
成績優秀なイケメン生徒会長に仄かな恋心を募らせていた香奈。ある日の放課後、香奈が忘れ物を取りに教室へ戻ると そこで目にしたのはなんと触手人間と化した生徒会長の姿で……!? 恐怖で震える香奈に容赦なく不気味な触手が襲いかかる。本当にこれで伝わるのかは考えものですが、読んで判るのは主人公が女の子で触手モノってことぐらいですかね。まあ、このイケメン生徒会長の正体がSF的で、終盤の展開とかもモロにそうなんだけど、私が聞いた話では作品を書くに当たって女性層を意識した指定が沢山されたらしいです。主人公が女の子なのもそれが理由で、さらに初めて知ったんだけど女性には触手がウケるらしい。まあ、携帯はどちらかと言えば女性向けのツールって気もするし、携帯配信のエロ漫画が女性を意識して描かれていても不思議はないのかな。問題は割とガチのSFラブコメが女性に受け入れてもらえるかどうかって感じだろうけど。
「いやぁぁぁああ!!」なすすべもなく触手に処女を奪われてしまった香奈の精神は崩壊前。
それなのに 香奈の会長への想いはつのるばかりで…!? 果たして2人の恋の行方は…!? 危険度超弩級の究極触手ラブストーリーが今はじまる。
ちなみに私のイチオシはヒロインでもイケメン生徒会長でもなく、眼鏡っ娘の生徒副会長ですね。出番はほんとうに少ないというか、完全に端役ですけど、私はあの娘の番外編に期待します。別に眼鏡属性はないが、ああいう髪型で眼鏡だと何故か許せちゃう不思議。
ちなみに、現在くろのさんと組んで冬コミで出すヨスガノソラ本を作ってたりします。いつか書いた、なんか色々あって表紙を描いてもらえることになったというあの話ですね。くろのさんのブログに表紙ラフとか載っているので、そちらでチェックしてみてください。それと私の策略、もとい推薦でくろのさんの冬新刊の一つを穹本へすることに成功。というか、向こうが話の流れで同人誌1冊分のネタを思いついてたから、描けばいいんじゃないと言っただけなんだけどね……割と強くだがw
ヨスガノソラの同人誌は、今年の冬に出すのが一番いいし、まあ、冬コミには間に合わないとしても良いものができると思うから。
今日で公開終了だというから、今更ですがレイトショーで観てきました。暇つぶしが苦手だからレイトショーってそんなに好きじゃないんだけど、まあ、川崎なら時間を潰せないこともないかと思ってぶらぶら過ごす。マグマニが無くなってからこっち、アニメイトぐらいしかソッチ系のショップはないわけだが、アニメイト川崎店ってどちらかというとアニブロゲーマーズに近い内装をしているよね。まあ、入っている施設的に旧来の内装では適してなかったのかも知れないけど。
感想としては世間の評判と大して変わらないかなぁ。SF映画としてはそれなりに観るべき点があったというか、地球侵攻を企む異星人とそれを防ごうとする地球軍艦隊の大会戦というのは、王道だけに燃え上がる展開だったとは思う。ただ、ガンダム映画として考えるなら、これもまた評判通り微妙だったと言わざるをえない。話が人間対人外になったのはともかく、モビルスーツ同士の戦闘が対してあるわけでもなく、主役機の……クアンタでしたっけ? あれなんて、ほぼ戦ってないも同然ですからね。公開して随分経ってるからネタバレありで書きますけど、従来のガンダム映画を期待していくと肩透かし以上に不満が残る作品であるのは間違いないと思う。
私は近年のガンダムというのは、ストーリーやメカニックよりもキャラクターが先行していると考えていて、最初から女性層を強く意識ている時点で、所謂キャラ萌えのようなものがあることは疑いない気がする。それはキャラ萌えを全面的に押し出したSEEDの商業的成功もあるんだろうけど、今回の映画ではどうだったんだろうか? 私もカップリングというものには相応の拘りがあって、わざわざ劇場版を観に行ったのも、刹那とフェルトの関係がどんな風に描かれているのかに興味があったからでした。いや、刹フェルとか最高じゃないですか。ああいう、割と唐突感のある関係性って結構好きなんですよね。
まあ、しかし、カップリングの観点から言っても既に成立しているものはともかくとして、曖昧なところは曖昧なままに終わらせた感が強いかなぁ。別にフェルトは刹那を諦めたわけじゃないと思うけど、だからといって自分の想いを達せられたわけでもないし、ヒロインとしてのマリナが大きかったからね。けど、私は所謂刹マリ好きの人らが、劇場版のラストである老婆となったマリナとの再会という結末をどうのように受け入れているのか、それとも受け入れきれずに否定しているのかが凄い気になる。
私が常々考えていることの一つに、我々は別にそのキャラクターの人生や一生を知りたいわけではないってのがあります。アニメでも漫画でもそれは同じことで、歴史上に存在する偉人の伝記とかならまだしも、ことフィクションに関して言えばそのキャラの生誕から死去までを観ることはまずない。大抵、そのキャラがもっとも活動的だった頃の一文を切り抜いて見せるものばかりで、数年後ならともかく、キャラクターの数十年後の姿が描かれることはまずないといっていい。例えばエロゲが顕著であるが、建前抜きで話せば学園モノエロゲの場合は主に十代の恋愛や性愛をメインに書いている。主人公とヒロインが恋をして結ばれて、それが話の結末になるわけで、結婚して子どもが生まれて……という部分まで各作品は、実のところそんなに多いわけではない。これは結婚という確定的事実と、妊娠出産による子供の存在を出してしまうと、そのヒロインの存在がどうしても強くなってしまうからだが、それ以外の理由として別にそこまで見たくないというのがある。つまり、我々ユーザーが見たいのはそのキャラクターの将来とか生涯じゃなくて、十代の頃、ヒロインとイチャイチャしているほんの数ヵ月、あるいは数年という人生の中ではほんの一瞬にも等しい期間に過ぎないのだ。夢のないことを言えば、年月を重ねていって恋人関係が解消されたり、必ずしも結婚などのゴールに結びつくとは限らないけど、そういう現実的な部分は関係ない。今この瞬間にそのキャラが幸せな恋愛をしていれば、それでいいのだ。どんな関係性のカップルにせよ、我々が彼らの将来を気にしても仕方ないし、それは意味のないことなんだから。
そう考えると、私は劇場版ガンダムOOのラストは凄いと思うんですよ。観ている人間があまり望まないであろうヒロインの数十年後の姿を描くなんて、普通は出来ませんよ。この作品に限らず、主人公やヒロインの老いさらばえた姿なんて、誰も見たくはないでしょう? 結婚にしてもそうだけど、そういう現実的な一面をアニメファンは嫌う傾向にあると思うから。まあ、アニメに限らずだとは思うけど、ルリルリが11歳から16歳になっただけで抵抗がある奴らばかりなんだから、さすがにヨボヨボの老女はきつかったろう。
しかし、フェルトはあの数十年後の世界でなにをしているのかな。刹那を待つつもりがあったなら、イノベイターにでもなっていそうな気もするけど……あぁ、それとアンドレイとグラハムの勇姿に乾杯。この2人が一番かっこよかったよ。
感想としては世間の評判と大して変わらないかなぁ。SF映画としてはそれなりに観るべき点があったというか、地球侵攻を企む異星人とそれを防ごうとする地球軍艦隊の大会戦というのは、王道だけに燃え上がる展開だったとは思う。ただ、ガンダム映画として考えるなら、これもまた評判通り微妙だったと言わざるをえない。話が人間対人外になったのはともかく、モビルスーツ同士の戦闘が対してあるわけでもなく、主役機の……クアンタでしたっけ? あれなんて、ほぼ戦ってないも同然ですからね。公開して随分経ってるからネタバレありで書きますけど、従来のガンダム映画を期待していくと肩透かし以上に不満が残る作品であるのは間違いないと思う。
私は近年のガンダムというのは、ストーリーやメカニックよりもキャラクターが先行していると考えていて、最初から女性層を強く意識ている時点で、所謂キャラ萌えのようなものがあることは疑いない気がする。それはキャラ萌えを全面的に押し出したSEEDの商業的成功もあるんだろうけど、今回の映画ではどうだったんだろうか? 私もカップリングというものには相応の拘りがあって、わざわざ劇場版を観に行ったのも、刹那とフェルトの関係がどんな風に描かれているのかに興味があったからでした。いや、刹フェルとか最高じゃないですか。ああいう、割と唐突感のある関係性って結構好きなんですよね。
まあ、しかし、カップリングの観点から言っても既に成立しているものはともかくとして、曖昧なところは曖昧なままに終わらせた感が強いかなぁ。別にフェルトは刹那を諦めたわけじゃないと思うけど、だからといって自分の想いを達せられたわけでもないし、ヒロインとしてのマリナが大きかったからね。けど、私は所謂刹マリ好きの人らが、劇場版のラストである老婆となったマリナとの再会という結末をどうのように受け入れているのか、それとも受け入れきれずに否定しているのかが凄い気になる。
私が常々考えていることの一つに、我々は別にそのキャラクターの人生や一生を知りたいわけではないってのがあります。アニメでも漫画でもそれは同じことで、歴史上に存在する偉人の伝記とかならまだしも、ことフィクションに関して言えばそのキャラの生誕から死去までを観ることはまずない。大抵、そのキャラがもっとも活動的だった頃の一文を切り抜いて見せるものばかりで、数年後ならともかく、キャラクターの数十年後の姿が描かれることはまずないといっていい。例えばエロゲが顕著であるが、建前抜きで話せば学園モノエロゲの場合は主に十代の恋愛や性愛をメインに書いている。主人公とヒロインが恋をして結ばれて、それが話の結末になるわけで、結婚して子どもが生まれて……という部分まで各作品は、実のところそんなに多いわけではない。これは結婚という確定的事実と、妊娠出産による子供の存在を出してしまうと、そのヒロインの存在がどうしても強くなってしまうからだが、それ以外の理由として別にそこまで見たくないというのがある。つまり、我々ユーザーが見たいのはそのキャラクターの将来とか生涯じゃなくて、十代の頃、ヒロインとイチャイチャしているほんの数ヵ月、あるいは数年という人生の中ではほんの一瞬にも等しい期間に過ぎないのだ。夢のないことを言えば、年月を重ねていって恋人関係が解消されたり、必ずしも結婚などのゴールに結びつくとは限らないけど、そういう現実的な部分は関係ない。今この瞬間にそのキャラが幸せな恋愛をしていれば、それでいいのだ。どんな関係性のカップルにせよ、我々が彼らの将来を気にしても仕方ないし、それは意味のないことなんだから。
そう考えると、私は劇場版ガンダムOOのラストは凄いと思うんですよ。観ている人間があまり望まないであろうヒロインの数十年後の姿を描くなんて、普通は出来ませんよ。この作品に限らず、主人公やヒロインの老いさらばえた姿なんて、誰も見たくはないでしょう? 結婚にしてもそうだけど、そういう現実的な一面をアニメファンは嫌う傾向にあると思うから。まあ、アニメに限らずだとは思うけど、ルリルリが11歳から16歳になっただけで抵抗がある奴らばかりなんだから、さすがにヨボヨボの老女はきつかったろう。
しかし、フェルトはあの数十年後の世界でなにをしているのかな。刹那を待つつもりがあったなら、イノベイターにでもなっていそうな気もするけど……あぁ、それとアンドレイとグラハムの勇姿に乾杯。この2人が一番かっこよかったよ。
横浜の某所をブラブラしていたら、エロゲの流通がヨスガノソラとハルカナソラの在庫について話している現場に遭遇した。アニメ効果からヨスガの通常版が売れていて、流通在庫が空っぽになっているという話はまあ分からないでもないけど、驚いたのはハルカナソラの在庫も空っぽになったという話です。いや、流通的にはハルカナソラが完売状態にあることが意外だったらしいけど、私としてはまだ完売してなかったのかよと思ってしまった。まあ、げっちゅ屋にはまだ在庫も残っているけど、結構時間がかかったものである。
興味深かったのは、流通的にヨスガノソラのアニメはやり過ぎであるということだった。エロゲ作品のアニメ化であるにせよ、元々がエロのキツイ作品ではなかったのに、少々あざとすぎるのではないか、原作との落差が大きすぎるのではないかと、意外と真面目な意見を言っていた。単なるエロアニメだし、話題になって売れてはいるけれど、果たしてそれで良いのかどうか。AT-Xでなければ放送出来ないというけど、そもそもAT-Xでしか放送できないようなような作品を一般作品として世に出すこと自体がおかしいのではないか?
まあ、そこには色々な思惑や考え合っての意見なんだろうけど、あまりアニメ版ヨスガノソラに肯定的でないのが興味深かった。エロゲ屋にはエロゲ屋の考えがあり、アニメ屋とはまた違うということなのかな。他にも2~3興味深い話を聞けたけど、最近のエロゲ業界は空回り気味らしい。規則性や法則性、一時期の泣きゲーブームのようなものがない代わりに、迷走しているってことだろうね。同人ゲーム業界が月姫、ひぐらし、東方の何番煎じを狙っているのに比べると、エロゲ業界にはまだ自由がある、ということなのだろうか。商業作品である以上は商品としての意識をしなければいけないのだろうが、成功を目的としている同人に比べると、まだまだ冒険心に溢れてるような気がするのは気のせいかな。なまじ18禁だから使える表現方法も多いし、一応は視覚的だから小説以上に分かりやすい表現が出来る。漫画ほどにパターンはないけど、動作的な表現を行うことも不可能ではないし。そこがエロゲの強みである。
最近、とある人から同人ゲームの企画に参加しているという話を聞いた。原画としての参加らしく、内容にはまったく関わっていないらしいけど、それがまたけったいな設定とか物語で、所謂厨二病的作品だった。私は第三者で関わり合いのない人だから勝手に論評はできないけど、まず一般作品だということに驚いた。いや、最近の同人ゲームでは特に増えたのだが、月姫やらひぐらしが流行ったせいで一般作でも十分に通用する、成功できるという錯覚のようなのものが生まれてしまったのだ。これは明日の日記で書く予定だが、商業判断ならばその選択はまずしない。同人ゲーム業界に月姫やひぐらしといった一般作の下地があるといっても、その後追いをしている作品は五万とあるはずだ。例えばそれがFateとかその辺りの作品に値するアンチテーゼで、意識なんてしないなとか言ったところで、結局はそういった作品がなければ生まれなかった作品なのではないか、と私は思ったりするのである。
そう考えると、前述したように今の同人ゲーム業界に自由がないのかも知れない。どこもかしもひぐらしや東方に続けをやっており、Fateや月姫の何番煎じを狙っているのだ。ハッキリいうと同人ゲーム作品における特徴や差異などは、作っている本人たちが思っているほど大きい違いはなく、受け手側からすれば些細なものなのだ。例えば、やってみて初めて分かる作品の魅力とか言われても、まずは手に取ってもらう努力をしなければなんの意味もないだろう……そこら辺を同人ゲームサークルがどのように考えているのかは知らないが、エロゲブランドの中にも一般作じゃ売れないからエロゲで出しているというところがあるぐらいだし、エロのない作品で勝負したいという気持ちを持っている人が多いのも事実なのかも知れない。
私は同人ゲームをあまり買わない方だ。最後に買ったのは、確かどこぞのサークルが出したメロンブックスのめろんちゃんを題材にしたシューティングゲームだったかな? 私の低スペックパソコンでも意外にプレイできて、尚且つ横スクロールで面白かった。結構前の作品なのでタイトルは思い出せないけど、考えて見れば私って同人のノベルズゲーってやったことないんだろうか。いやいや、そんなはずはない。ただ、同人ゲーやるぐらいならエロゲやったほうが面白いと思っているだけだろう。そろそろ、同人ゲーム業界にも新しい風が欲しいところである。
興味深かったのは、流通的にヨスガノソラのアニメはやり過ぎであるということだった。エロゲ作品のアニメ化であるにせよ、元々がエロのキツイ作品ではなかったのに、少々あざとすぎるのではないか、原作との落差が大きすぎるのではないかと、意外と真面目な意見を言っていた。単なるエロアニメだし、話題になって売れてはいるけれど、果たしてそれで良いのかどうか。AT-Xでなければ放送出来ないというけど、そもそもAT-Xでしか放送できないようなような作品を一般作品として世に出すこと自体がおかしいのではないか?
まあ、そこには色々な思惑や考え合っての意見なんだろうけど、あまりアニメ版ヨスガノソラに肯定的でないのが興味深かった。エロゲ屋にはエロゲ屋の考えがあり、アニメ屋とはまた違うということなのかな。他にも2~3興味深い話を聞けたけど、最近のエロゲ業界は空回り気味らしい。規則性や法則性、一時期の泣きゲーブームのようなものがない代わりに、迷走しているってことだろうね。同人ゲーム業界が月姫、ひぐらし、東方の何番煎じを狙っているのに比べると、エロゲ業界にはまだ自由がある、ということなのだろうか。商業作品である以上は商品としての意識をしなければいけないのだろうが、成功を目的としている同人に比べると、まだまだ冒険心に溢れてるような気がするのは気のせいかな。なまじ18禁だから使える表現方法も多いし、一応は視覚的だから小説以上に分かりやすい表現が出来る。漫画ほどにパターンはないけど、動作的な表現を行うことも不可能ではないし。そこがエロゲの強みである。
最近、とある人から同人ゲームの企画に参加しているという話を聞いた。原画としての参加らしく、内容にはまったく関わっていないらしいけど、それがまたけったいな設定とか物語で、所謂厨二病的作品だった。私は第三者で関わり合いのない人だから勝手に論評はできないけど、まず一般作品だということに驚いた。いや、最近の同人ゲームでは特に増えたのだが、月姫やらひぐらしが流行ったせいで一般作でも十分に通用する、成功できるという錯覚のようなのものが生まれてしまったのだ。これは明日の日記で書く予定だが、商業判断ならばその選択はまずしない。同人ゲーム業界に月姫やひぐらしといった一般作の下地があるといっても、その後追いをしている作品は五万とあるはずだ。例えばそれがFateとかその辺りの作品に値するアンチテーゼで、意識なんてしないなとか言ったところで、結局はそういった作品がなければ生まれなかった作品なのではないか、と私は思ったりするのである。
そう考えると、前述したように今の同人ゲーム業界に自由がないのかも知れない。どこもかしもひぐらしや東方に続けをやっており、Fateや月姫の何番煎じを狙っているのだ。ハッキリいうと同人ゲーム作品における特徴や差異などは、作っている本人たちが思っているほど大きい違いはなく、受け手側からすれば些細なものなのだ。例えば、やってみて初めて分かる作品の魅力とか言われても、まずは手に取ってもらう努力をしなければなんの意味もないだろう……そこら辺を同人ゲームサークルがどのように考えているのかは知らないが、エロゲブランドの中にも一般作じゃ売れないからエロゲで出しているというところがあるぐらいだし、エロのない作品で勝負したいという気持ちを持っている人が多いのも事実なのかも知れない。
私は同人ゲームをあまり買わない方だ。最後に買ったのは、確かどこぞのサークルが出したメロンブックスのめろんちゃんを題材にしたシューティングゲームだったかな? 私の低スペックパソコンでも意外にプレイできて、尚且つ横スクロールで面白かった。結構前の作品なのでタイトルは思い出せないけど、考えて見れば私って同人のノベルズゲーってやったことないんだろうか。いやいや、そんなはずはない。ただ、同人ゲーやるぐらいならエロゲやったほうが面白いと思っているだけだろう。そろそろ、同人ゲーム業界にも新しい風が欲しいところである。
某所で聴いた話によれば、とある有名なミステリー専門雑誌のアニメレビュー欄でミルキィホームズのコラムが載るらしい。私はその雑誌にアニメを取り扱う項目があったこすら知らなかったけど、あまりに読者層が違いすぎるのではないかと、唖然としながら話を聞いたものである。確かにミルキィは探偵モノではあるし、視聴するとミステリーファンならクスリと来るようなコネタが満載であるのも事実だ。なんでもプロデューサーにミステリー研究出身の人がいるとかで、そういった縁もあるらしいが……あの雑誌の読者にミルキィが通じるのかどうか、私は首を傾げるところだ。
ミルキィホームズは決して上等なアニメではない。Twitterで制作が追いついていないというつぶやきが流れて話題になったが、「それもまたミルキィらしい」と言われるほどに低俗なアニメだ。さしたる中身があるわけでもないし、かつてのGAにも似たカオスっぷりは話ごとの落差が非常に大きいように思われる。しかし、低俗であるからといってつまらないわけではなく、高尚でないからといって面白くないわけでもない。上記のミステリ雑誌読者にだってアガサ・クリスティやエラリー・クイーンよりもミルキィの方が好きだという人がいるかも知れないし、そんなものは人の価値観だ。ただ、この場合の問題はそもそもミステリ雑誌読むような人がミルキィの存在を知っているのかということなのだが。
私は今期アニメでミルキィはそれなりに好きだが、大好きというほどでもなく、むしろ身内の入れ込みっぷりに引き気味なぐらいだ。どうしてあんなにも熱中できるのか、ゲーム次第で新たな同人ジャンルに加えそうな勢いなのだから凄まじい。
そんな身内とこの前、ミルキィホームズとセイントオクトーバーではどっちがマシかという話になった。後者は今回の画像にも使っている、3年ほど前に放送していた深夜アニメである。ゲーム会社であるコナミが企画と制作をしたアニメで、同系列には極上生徒会やおとぎ銃士赤ずきんなどが含まれる。これもまたゴスロリ少女探偵団なるグループを組んだ3人組の美少女が、謎の少年から貰った不思議な力を使って変身し、悪の企業と戦うという話を取っていて、所謂コナンや金田一に代表されるような推理を主体とした探偵モノではない。ミルキィと同じく、異能の力を駆使して戦う変身美少女アクションモノだろう。
身内はゴスロリ服の問題からセイントオクトーバーにケチを着けているが、私は2クールアニメとしてはよく出来ていたほうだと思う。話の展開、筋道、キャラクターの関係性など、謎の少年であるユアン君のウザさを除けば、実にキレイなラストを迎えた作品ではないだろうか? むしろ、おとぎ銃士赤ずきんみたいな如何にも子供向けを狙って作りました、という作品よりも、こっちを朝アニメとして放送したほうが良かったのではないかと思うほどに。
ミルキィとの共通点はそれほど多いわけではないものの、系統的に似ているのは確かだ。話の傾向的にはまったく違うが、比較対象として名前が挙げられること自体に、それほど違和感はなかった。ただ、セイントオクトーバーのテーマは周囲の人間関係を含めた自分自身の成長と影響だったのに対し、ミルキィホームズのそれは、話を見る限りでは伝わりにくいが自分自身の復活と仲間たちとの絆を重視している。私はミルキィは成長物語ではないように思える。何故なら彼女たちはかつては腕利きの探偵集団だったわけだし、今の姿は落ちぶれただけなのだから、以前の力や情熱を取り戻すのが話の根幹だろう。両親の事とか出生の秘密とか、家庭環境という重苦しいテーマが扱われたセイントオクトーバーとは、さすがに違う部分がある。
アルセーヌではなくアンリエットが好きだと身内は言うが、私はあのキャラがどうも好きになれない。生徒会長であると同時に怪盗であるくせして、ああいう態度を平然と取るのはどうなのだろうか。ミルキィがトイズを失った間接的な原因であるくせして、よくもまあ偉そうに出来たものである。身内は責任を感じているからだ、などと言っているけど、そんなことに責任を感じてミルキィに試練を与えるぐらいなら、さっさと自首をした方がいいんじゃないだろうか。聞けば、ミルキィは怪盗帝国と数々の戦いを繰り広げてきたのだというし、怪盗帝国が活動を終了すれば、わざわざトイズ復活させて頑張る必要もないのでは……身も蓋もないこと言うなって? 私がミルキィを全面的に支持できないというか、好きになれない理由はここにあるんだと思います。我ながら小さい意見だ。
ミルキィホームズは決して上等なアニメではない。Twitterで制作が追いついていないというつぶやきが流れて話題になったが、「それもまたミルキィらしい」と言われるほどに低俗なアニメだ。さしたる中身があるわけでもないし、かつてのGAにも似たカオスっぷりは話ごとの落差が非常に大きいように思われる。しかし、低俗であるからといってつまらないわけではなく、高尚でないからといって面白くないわけでもない。上記のミステリ雑誌読者にだってアガサ・クリスティやエラリー・クイーンよりもミルキィの方が好きだという人がいるかも知れないし、そんなものは人の価値観だ。ただ、この場合の問題はそもそもミステリ雑誌読むような人がミルキィの存在を知っているのかということなのだが。
私は今期アニメでミルキィはそれなりに好きだが、大好きというほどでもなく、むしろ身内の入れ込みっぷりに引き気味なぐらいだ。どうしてあんなにも熱中できるのか、ゲーム次第で新たな同人ジャンルに加えそうな勢いなのだから凄まじい。
そんな身内とこの前、ミルキィホームズとセイントオクトーバーではどっちがマシかという話になった。後者は今回の画像にも使っている、3年ほど前に放送していた深夜アニメである。ゲーム会社であるコナミが企画と制作をしたアニメで、同系列には極上生徒会やおとぎ銃士赤ずきんなどが含まれる。これもまたゴスロリ少女探偵団なるグループを組んだ3人組の美少女が、謎の少年から貰った不思議な力を使って変身し、悪の企業と戦うという話を取っていて、所謂コナンや金田一に代表されるような推理を主体とした探偵モノではない。ミルキィと同じく、異能の力を駆使して戦う変身美少女アクションモノだろう。
身内はゴスロリ服の問題からセイントオクトーバーにケチを着けているが、私は2クールアニメとしてはよく出来ていたほうだと思う。話の展開、筋道、キャラクターの関係性など、謎の少年であるユアン君のウザさを除けば、実にキレイなラストを迎えた作品ではないだろうか? むしろ、おとぎ銃士赤ずきんみたいな如何にも子供向けを狙って作りました、という作品よりも、こっちを朝アニメとして放送したほうが良かったのではないかと思うほどに。
ミルキィとの共通点はそれほど多いわけではないものの、系統的に似ているのは確かだ。話の傾向的にはまったく違うが、比較対象として名前が挙げられること自体に、それほど違和感はなかった。ただ、セイントオクトーバーのテーマは周囲の人間関係を含めた自分自身の成長と影響だったのに対し、ミルキィホームズのそれは、話を見る限りでは伝わりにくいが自分自身の復活と仲間たちとの絆を重視している。私はミルキィは成長物語ではないように思える。何故なら彼女たちはかつては腕利きの探偵集団だったわけだし、今の姿は落ちぶれただけなのだから、以前の力や情熱を取り戻すのが話の根幹だろう。両親の事とか出生の秘密とか、家庭環境という重苦しいテーマが扱われたセイントオクトーバーとは、さすがに違う部分がある。
アルセーヌではなくアンリエットが好きだと身内は言うが、私はあのキャラがどうも好きになれない。生徒会長であると同時に怪盗であるくせして、ああいう態度を平然と取るのはどうなのだろうか。ミルキィがトイズを失った間接的な原因であるくせして、よくもまあ偉そうに出来たものである。身内は責任を感じているからだ、などと言っているけど、そんなことに責任を感じてミルキィに試練を与えるぐらいなら、さっさと自首をした方がいいんじゃないだろうか。聞けば、ミルキィは怪盗帝国と数々の戦いを繰り広げてきたのだというし、怪盗帝国が活動を終了すれば、わざわざトイズ復活させて頑張る必要もないのでは……身も蓋もないこと言うなって? 私がミルキィを全面的に支持できないというか、好きになれない理由はここにあるんだと思います。我ながら小さい意見だ。
全国的に10日と言えばアニメ誌の発売日ですけど、アニメ版ヨスガノソラは遂に雑誌にも載らなくなってしまったらしいです。先月の段階で3大アニメ誌には既に記事や特集が組まれることはなくなりましたが、それでもまだゲーム誌であるコンプティークに記事がありました。けれど、今月はそれすらもなく、月初めに出る雑誌のすべてにヨスガノソラの記事がないという状態になりました。唯一分かったのは、第10話のタイトルが「トリノソラネハ」ということぐらいか。なんか、短歌みたいですけど、穹ルートのタイトルではあるらしい。
そんなわけでヨスガノソラで書くことがなくなってしまったので、予定が狂ってしまいました。ヨスガのアニメは情報を放送に先んじて公開することがまずないから、元々アニメ誌の受けは良くなかったんですが……月末の美少女誌はもうクライマックス特集に移行しちゃうから、話題の割に雑誌の扱いは悪いですよね。まあ、変に取り上げられるよりはよっぽどマシなのかも知れないけど。
冬コミのことも今はまだ書けることが少ないので、また俺妹の話でもしましょうか? ネタがないってわけじゃないんだけど、ここ数日何故か俺妹関連の日記にアクセスが集中してましてね。7巻について2度ほど書いただけなのに、それだけ注目作と言うことかな。黒猫のことしか書いてないけど、その黒猫について読みに来る人が多いみたいだ。ヨスガ以外で人が増えることが稀だったので、なんだか凄い新鮮な気分です。まあ、普段ヨスガのことしか書いてないのにも問題があるんだろうけど。
7巻はラストがラストだっただけに、凄まじい衝撃を持ってファンに迎えられたらしいが、早売りから今日に至るまで論争が続いているみたいですね。私はなにせ俺妹のファンってわけじゃないからあまり関係ないけど、今日になってアキバブログのインタビューが公開されたことで黒猫の地盤が着々と固められつつあるらしい。まあ、地盤もなにも書いてあることを額面通り受け取ってくださいと書かれていただけなんだけど、予想や妄想だけならまだする余地も合っただけに、桐乃ファンには結構つらい現実みたいですね。私は殊更桐乃が嫌いではありませんが、彼女に京介との恋愛要素を見出すことが出来ないので、なんとも言いがたい感じです。
結論からいうと、京介と黒猫が恋人になったのは確定された事実みたいです。作者や編集がそうだと言ってますし、6巻と同じ流れではないことを示すために書いたと言うぐらいだから、買い物に付き合うとか、偽装恋人になるとか、そういうことではないらしい。さすがに一夏の恋で終わることはないだろうし、将来的なことはともかく2人の恋人関係は長く続くんじゃないかなって思います。理由は色々とありますが、俺妹が兄妹をテーマにしたホームコメディだというなら、今回のケースは兄に彼女が出来た場合、という感じでしょう。直前まで妹に彼氏が出来たかも知れないをやっていたけど、あれはあくまで狂言ですからね。妹は嘘だったが、兄は真実だったという感じで。
私は京介が桐乃に言ったことと、黒猫の気持ちを受け入れ恋人になったことは矛盾していないと思います。これは感覚的な問題ですが、京介はおそらく家族愛の一環として桐乃の交際に反対し、彼氏を否定しました。それは彼がシスコンであり、妹という存在を好きだからですが、逆に桐乃が兄としての自分を好きである、所謂ブラコンであることを知りません。私にはあんなこと言って、アンタは黒いのと付き合うの? という不満は言われるかも知れませんが、そもそも桐乃のそれは嘘でしたし、自分ことを相手が嫌っていると思っている京介からすれば、黒猫との交際に桐乃を考慮する必要があまりないんです。もちろん、黒猫は桐乃の親友ですから少しは考えるでしょうが、桐乃の許しを得るような問題ではないと、そう考えているのかも知れない。だって桐乃がなにか言うとすれば黒猫に関してであって、京介に対してではないと本人は思っているのだから。
恋人になったことが確定したと言うことは、8巻は恋人になるまでの数日間を描くんでしょうね。どんな話になるかは分かりませんが、デートの再現ぐらいはしてくれるかも知れない。映画ではなく植物園に出掛け、昼食はファーストフードやファミレスで簡単に済ませ、ゲームセンターでは好きな対戦ゲームに興じる。仮に映画を観るならアニメではなく恋愛映画とかね。まあ、具体的なことはまだなにも分かりませんけど、黒猫と交際する中で京介のある種韜晦した心理が垣間見えれば、少しは作品が分かりやすくなるんですけど。始まったばかりの恋、末永く幸せになって貰いたいものです。
そんなわけでヨスガノソラで書くことがなくなってしまったので、予定が狂ってしまいました。ヨスガのアニメは情報を放送に先んじて公開することがまずないから、元々アニメ誌の受けは良くなかったんですが……月末の美少女誌はもうクライマックス特集に移行しちゃうから、話題の割に雑誌の扱いは悪いですよね。まあ、変に取り上げられるよりはよっぽどマシなのかも知れないけど。
冬コミのことも今はまだ書けることが少ないので、また俺妹の話でもしましょうか? ネタがないってわけじゃないんだけど、ここ数日何故か俺妹関連の日記にアクセスが集中してましてね。7巻について2度ほど書いただけなのに、それだけ注目作と言うことかな。黒猫のことしか書いてないけど、その黒猫について読みに来る人が多いみたいだ。ヨスガ以外で人が増えることが稀だったので、なんだか凄い新鮮な気分です。まあ、普段ヨスガのことしか書いてないのにも問題があるんだろうけど。
7巻はラストがラストだっただけに、凄まじい衝撃を持ってファンに迎えられたらしいが、早売りから今日に至るまで論争が続いているみたいですね。私はなにせ俺妹のファンってわけじゃないからあまり関係ないけど、今日になってアキバブログのインタビューが公開されたことで黒猫の地盤が着々と固められつつあるらしい。まあ、地盤もなにも書いてあることを額面通り受け取ってくださいと書かれていただけなんだけど、予想や妄想だけならまだする余地も合っただけに、桐乃ファンには結構つらい現実みたいですね。私は殊更桐乃が嫌いではありませんが、彼女に京介との恋愛要素を見出すことが出来ないので、なんとも言いがたい感じです。
結論からいうと、京介と黒猫が恋人になったのは確定された事実みたいです。作者や編集がそうだと言ってますし、6巻と同じ流れではないことを示すために書いたと言うぐらいだから、買い物に付き合うとか、偽装恋人になるとか、そういうことではないらしい。さすがに一夏の恋で終わることはないだろうし、将来的なことはともかく2人の恋人関係は長く続くんじゃないかなって思います。理由は色々とありますが、俺妹が兄妹をテーマにしたホームコメディだというなら、今回のケースは兄に彼女が出来た場合、という感じでしょう。直前まで妹に彼氏が出来たかも知れないをやっていたけど、あれはあくまで狂言ですからね。妹は嘘だったが、兄は真実だったという感じで。
私は京介が桐乃に言ったことと、黒猫の気持ちを受け入れ恋人になったことは矛盾していないと思います。これは感覚的な問題ですが、京介はおそらく家族愛の一環として桐乃の交際に反対し、彼氏を否定しました。それは彼がシスコンであり、妹という存在を好きだからですが、逆に桐乃が兄としての自分を好きである、所謂ブラコンであることを知りません。私にはあんなこと言って、アンタは黒いのと付き合うの? という不満は言われるかも知れませんが、そもそも桐乃のそれは嘘でしたし、自分ことを相手が嫌っていると思っている京介からすれば、黒猫との交際に桐乃を考慮する必要があまりないんです。もちろん、黒猫は桐乃の親友ですから少しは考えるでしょうが、桐乃の許しを得るような問題ではないと、そう考えているのかも知れない。だって桐乃がなにか言うとすれば黒猫に関してであって、京介に対してではないと本人は思っているのだから。
恋人になったことが確定したと言うことは、8巻は恋人になるまでの数日間を描くんでしょうね。どんな話になるかは分かりませんが、デートの再現ぐらいはしてくれるかも知れない。映画ではなく植物園に出掛け、昼食はファーストフードやファミレスで簡単に済ませ、ゲームセンターでは好きな対戦ゲームに興じる。仮に映画を観るならアニメではなく恋愛映画とかね。まあ、具体的なことはまだなにも分かりませんけど、黒猫と交際する中で京介のある種韜晦した心理が垣間見えれば、少しは作品が分かりやすくなるんですけど。始まったばかりの恋、末永く幸せになって貰いたいものです。
これも一つの助け合い
2010年11月7日 アニメ・マンガ来月の冬コミに向けて原稿をせっせと書いている最中なのですが、久方ぶりにとある絵描きさんと話す機会がありました。私がほんの少しだけ手伝った商業漫画についてで、なんでも近々公開されるとかなんとか。まあ、詳細に関しては直前に宣伝も兼ねて書こうと思いますが、制作段階から原稿を読ませていただいたので、それが形になって世に出るというのは、自分の作品ではありませんが嬉しい気持ちになりますね。特に完成するまでの苦労を垣間見てきただけに。感慨深いものです。
それで、お互いに同人家であることから冬コミの話もしたんですけど、何故か話の流れで私の新刊であるヨスガノソラ本に絵を描いていただけることになりました。2冊出すうちの1冊で、私がいつもの本と定義していた奴です。どうしていきなりそんなことに、と思う人もいるでしょうけど、私が一番ビックリしていたりする。だって、嫌いではないにせよそんなにヨスガノソラへ興味があるとは思ってなかったから。謂わば、もっとも意外な人からの突然の申し出って感じなんですが、断る理由がないどころか、こんなに嬉しいことはないってことで、お言葉に甘えて見ることにしました。
けれど、今回は原稿依頼とか堅苦しい感じではありません。私はむしろ、相手の目的に対して場を提供するという立場にあるので、少しでも助けになったらいいなと、そういう気分でやろうと思います。ただ、描いていただく以上は投げっぱなしも良くないので、私が考えるところはちゃんと考えて作業していけたらなと。私って、同人に限らずですが相手の自由にやってもらうことが多くて、あんまり意見とか出さずに提示されたものを了承してしまう傾向にあるから、「適当過ぎる」とか「真面目に見ているのか?」って言われることがあるんだよね……私自身としては、私があれこれ言って縛り付けるよりも、好きなようにやってもらった方が良い物が出来ると思っているからなんだけど、そこら辺はいつも難しく感じてます。特に口を出さないってのは、相手を信頼しているとはいえ丸投げも同じなわけだし。
まあ、今回は結構稀な出来事だと思っているし、私は絵師のやりたいこと、描きたいものを如何に描かせてあげるかだと考えているから、そうした中で良い春日野穹と巡りあうことが出来たらいいなと、そう思います。
どれも明確に決まったことではないから、あんまり詳しくは書けないんですけど、話が進行したら新刊告知と合わせる感じで発表できればなと思っています。なにせ、冬コミで出す予定の普通のヨスガ本って内容ほとんど決まってなかったんだよね……もう1冊の方を先行して書いてたから、いつも出してる奴は「今回はこんなネタで書いてみようかなぁ」程度にしか考えてなくて。それが絵描きさんとの話の中で大分固まってきて、書き留めたメモはプロットに等しいぐらいのボリュームになりました。まだ決め手が足りないとも思ってるんだけど、私にしては結構珍しい話になるんじゃないだろうか。話自体は全年齢の予定ですけど、まあ、ちょっとエロいこともやってみようかなと。アニメの影響というよりは、アニメで見せつけてきたエロに対して思うことがあるからこそなんだけど、エロというのは文才もそうですが感性が大きく関わるものなので、私にどこまで書けるのか。エロ小説を書くわけではないんだけど、自分との戦いになるのは間違いない。
後、それとは別に色モノネタを1つ考えています。これはTwitterで私の呟きを見ている人だけが知っているネタなんですが、やっぱりアレを書いてみようかなって。本当は書くより描いた方がいいものなんだけど、文章でやってみたっていいじゃないと、そう思って。
なんか具体的なことを何一つ書いてないですが、とりあえず冬コミ新刊に絵がつくかも知れないよって話と、執筆はまあ快調ですよって話をね。冬コミはヨスガノソラが同人ジャンルとしてもっとも盛り上がるときだろうし、私もヨスガでスペースとって参加しているからには精一杯やれるだけのことはやってみようかなって。もちろん、冬コミ終わってもジャンル替えをする気は当分ないですが、折角の祭典なのだから同人家として心から楽しみたいと、そんな気持ちで原稿を書き続けています。新刊2冊、頑張ります。
それで、お互いに同人家であることから冬コミの話もしたんですけど、何故か話の流れで私の新刊であるヨスガノソラ本に絵を描いていただけることになりました。2冊出すうちの1冊で、私がいつもの本と定義していた奴です。どうしていきなりそんなことに、と思う人もいるでしょうけど、私が一番ビックリしていたりする。だって、嫌いではないにせよそんなにヨスガノソラへ興味があるとは思ってなかったから。謂わば、もっとも意外な人からの突然の申し出って感じなんですが、断る理由がないどころか、こんなに嬉しいことはないってことで、お言葉に甘えて見ることにしました。
けれど、今回は原稿依頼とか堅苦しい感じではありません。私はむしろ、相手の目的に対して場を提供するという立場にあるので、少しでも助けになったらいいなと、そういう気分でやろうと思います。ただ、描いていただく以上は投げっぱなしも良くないので、私が考えるところはちゃんと考えて作業していけたらなと。私って、同人に限らずですが相手の自由にやってもらうことが多くて、あんまり意見とか出さずに提示されたものを了承してしまう傾向にあるから、「適当過ぎる」とか「真面目に見ているのか?」って言われることがあるんだよね……私自身としては、私があれこれ言って縛り付けるよりも、好きなようにやってもらった方が良い物が出来ると思っているからなんだけど、そこら辺はいつも難しく感じてます。特に口を出さないってのは、相手を信頼しているとはいえ丸投げも同じなわけだし。
まあ、今回は結構稀な出来事だと思っているし、私は絵師のやりたいこと、描きたいものを如何に描かせてあげるかだと考えているから、そうした中で良い春日野穹と巡りあうことが出来たらいいなと、そう思います。
どれも明確に決まったことではないから、あんまり詳しくは書けないんですけど、話が進行したら新刊告知と合わせる感じで発表できればなと思っています。なにせ、冬コミで出す予定の普通のヨスガ本って内容ほとんど決まってなかったんだよね……もう1冊の方を先行して書いてたから、いつも出してる奴は「今回はこんなネタで書いてみようかなぁ」程度にしか考えてなくて。それが絵描きさんとの話の中で大分固まってきて、書き留めたメモはプロットに等しいぐらいのボリュームになりました。まだ決め手が足りないとも思ってるんだけど、私にしては結構珍しい話になるんじゃないだろうか。話自体は全年齢の予定ですけど、まあ、ちょっとエロいこともやってみようかなと。アニメの影響というよりは、アニメで見せつけてきたエロに対して思うことがあるからこそなんだけど、エロというのは文才もそうですが感性が大きく関わるものなので、私にどこまで書けるのか。エロ小説を書くわけではないんだけど、自分との戦いになるのは間違いない。
後、それとは別に色モノネタを1つ考えています。これはTwitterで私の呟きを見ている人だけが知っているネタなんですが、やっぱりアレを書いてみようかなって。本当は書くより描いた方がいいものなんだけど、文章でやってみたっていいじゃないと、そう思って。
なんか具体的なことを何一つ書いてないですが、とりあえず冬コミ新刊に絵がつくかも知れないよって話と、執筆はまあ快調ですよって話をね。冬コミはヨスガノソラが同人ジャンルとしてもっとも盛り上がるときだろうし、私もヨスガでスペースとって参加しているからには精一杯やれるだけのことはやってみようかなって。もちろん、冬コミ終わってもジャンル替えをする気は当分ないですが、折角の祭典なのだから同人家として心から楽しみたいと、そんな気持ちで原稿を書き続けています。新刊2冊、頑張ります。
さて、昨日に続いて俺の妹がこんなに可愛いわけがない 第7巻の話をします。いよいよ、本題の黒猫について書くわけですが、まあ、読了後の感想としては「よく頑張った」という感じでしょうか? 全体的に桐乃の話だったことに違いはないですが、黒猫も要所要所で良い味を出していましたね。何度目の正直か、告白に告白を重ねて、遂に京介と恋人へなったことは、とりあえず祝福しても良いんじゃないでしょうか。黒猫が京介のことを好きだったのは事実ですし、アピールなりアプローチなりを頑張ってきたのも事実なのだから。それは否定されるべきことじゃないし、認められても良いのではないか。
しかし、黒猫は結局喜ばなかったね。桐乃に彼氏が出来たとして、喜んでしまうかも知れないと呟いていたにもかかわらず、桐乃の彼氏発言には怒りを見せた。もちろん、その子供っぽい嘘をすべて見抜いたからにせよ、黒猫はそれを素直に祝福し、後押ししてやるという選択肢もあったはずです。それを敢えて選ばなかったのが彼女の良いところでもあると同時に、不器用な部分でもあるのだけど……桐乃も十分にわかりやすかったけど、今回は黒猫の内面描写も、京介視点ではあるものの上手く引き出せていたと思う。
黒猫が京介を意識している描写は本当に多くて、例えば7巻における初登場シーンはゲーセンで京介と桐乃が偽装デートをしているところに遭遇したところだけど、その動揺っぷりが面白い。それを見透かした上で見せつける桐乃も性格悪いですけど、先の地味子もと麻奈実に対しても同じことをしましたから、基本的に桐乃はこの2人より優位でいたかったんでしょうね。黒猫は見事惑わされたわけだけど、それに対する弁解は後々行われました。京介と黒猫は学校が同じであり、部活も同じわけですが、部活内での描写も一つ一つが京介を意識したものとなっており、なんとも微笑ましいよね。ここぞとばかりに匂いを嗅いでみたり、黙って見つめてみたりね。京介もまた夏休み前にキスされたこともあり、明確に黒猫のことが気になっていると書かれています。今まで彼が恋愛方面での内心を明かしたことは意外に少なく、主人公のくせにその辺りの内面が見えづらいキャラだったわけですが、黒猫に関しては割と率直な意見や感想を漏らすことが多いと思う。可愛いとハッキリ言ったり、少なくとも彼にとって黒猫は大切な後輩以上の存在ではあるわけです。
学校からの帰り道、京介は偽装デートの件を黒猫に謝罪します。遭遇したのは麻奈実が先のはずですが、まあ、向こうはいつでも良いと思ったんでしょうか。とりあえず、京介は黒猫に弁明します。くすぐったい沈黙とでも言うべき空気に包まれる中、麻奈実とも桐乃とも違うものを黒猫に感じながら。
ハッキリ言うと、この時点で京介は黒猫を恋愛対象として意識しています。キスという呪いがあったにせよ、彼氏が彼女にする浮気の言い訳をしてしまう程度には、京介もまた黒猫に思うところがあるようです。互いに強く意識して、一方はその気持ちがなんであるか気付いていて、もう一方は気づきかけているけど結論を出せずにいる状況といったところか。
2人のやり取りは桐乃が不機嫌になるほど自然体で、それは彼女が留学していた間の数ヵ月、学校やそれ以外での付き合いが京介と黒猫の間にあったからだけど、夏コミの話し合いを行うシーンとかでも見て取ることが出来ますね。自然と黒猫の私服を見てみたいという京介に、まんざらでもないという風に応じる黒猫。桐乃が危機感を抱き始めるのも、まあ、判る話ですよ。学校の後輩として距離が縮まり、京介は黒猫の本名すら知ってるわけですからね。部活が一緒で下校時も一緒、自宅の自室に上げたこともある時点で、行いだけならほとんど付き合っているのと変わらないわけですし、桐乃だって突っかかりたくもなるでしょう。
けど、黒猫は止まらない。コスプレ写真で同人誌に参加したという無謀な京介の試みに、積極的に出はないにせよ賛同して、自分も一緒にやると言い出す。サラリと流されてますが、そのためのデジカメを買いに京介と一緒に秋葉へも行ったようですし、とにかく京介の背中を押し、彼を引き立て、フォローする。いつもの毒舌が態を潜めたわけではないにせよ、京介に対して基本的に優しさを見せることが多いんですね、今回の黒猫は。夏コミではそれが特に顕著で、始終京介のフォロー役に徹している気がした。まあ、夏コミで印象に残るのは最初の私服を見せるシーンだけど、京介は純粋にその白いワンピース姿を可愛いと思いましたし、彼の言葉に黒猫も頬を朱に染めます。
京介は、黒猫のことを単なる妹の友人とは既に思っていません。しかし、ただ学校と部活が同じだけの後輩とも思っていないようで、彼の心理は韜晦しています。とにかく京介は、黒猫の仕草や言動を気にすることが格段に多くなった。そして、彼女を可愛いと思うことも。それは夏コミの最中もそうだし、夏コミが終わってすぐに具現化することとなる。そう、黒猫による京介に対する告白です。いくつかの段階を踏んで、やっと自分の想いを明確に伝えることが出来た黒猫。表現にはまだ曖昧な部分はあるけれど、あそこで桐野が現れなければ、黒猫は更にもう一歩、先に進むことが出来たでしょう。
黒猫の決意は、京介に告白して関係を進展させると同時に、桐乃という親友も失わないように頑張る、という感じかな。桐乃が京介を好きだということを黒猫は知っていますし、ここで自分が京介を取れば親友との関係が破綻する危険性を十分に承知している。けれど、承知した上で黒猫は自分の欲求に素直になろうと決めた。自分なりの全力を尽くし、欲しいもの両方を得るために。
そして、黒猫は最後の最後にこう言った。「私と付き合ってください」と。黒猫自らの告白に、京介がどのように答えたかは分かりません。我々に分かるのは、2人がこの告白から数日後に恋人になったという事実だけ。8巻ではその数日が書かれるのかも知れないし、書かれないのかも知れない。でも、京介も黒猫も互いに互いを意識して、ただの先輩、後輩の間柄ではなくなりました。恋愛編が次回で終了だというのなら、黒猫には京介と添い遂げて貰いたいものです。あくまで私の趣味ではあるけど、それが作品としての答えならば、それはそれで素敵だと思うから。
しかし、黒猫は結局喜ばなかったね。桐乃に彼氏が出来たとして、喜んでしまうかも知れないと呟いていたにもかかわらず、桐乃の彼氏発言には怒りを見せた。もちろん、その子供っぽい嘘をすべて見抜いたからにせよ、黒猫はそれを素直に祝福し、後押ししてやるという選択肢もあったはずです。それを敢えて選ばなかったのが彼女の良いところでもあると同時に、不器用な部分でもあるのだけど……桐乃も十分にわかりやすかったけど、今回は黒猫の内面描写も、京介視点ではあるものの上手く引き出せていたと思う。
黒猫が京介を意識している描写は本当に多くて、例えば7巻における初登場シーンはゲーセンで京介と桐乃が偽装デートをしているところに遭遇したところだけど、その動揺っぷりが面白い。それを見透かした上で見せつける桐乃も性格悪いですけど、先の地味子もと麻奈実に対しても同じことをしましたから、基本的に桐乃はこの2人より優位でいたかったんでしょうね。黒猫は見事惑わされたわけだけど、それに対する弁解は後々行われました。京介と黒猫は学校が同じであり、部活も同じわけですが、部活内での描写も一つ一つが京介を意識したものとなっており、なんとも微笑ましいよね。ここぞとばかりに匂いを嗅いでみたり、黙って見つめてみたりね。京介もまた夏休み前にキスされたこともあり、明確に黒猫のことが気になっていると書かれています。今まで彼が恋愛方面での内心を明かしたことは意外に少なく、主人公のくせにその辺りの内面が見えづらいキャラだったわけですが、黒猫に関しては割と率直な意見や感想を漏らすことが多いと思う。可愛いとハッキリ言ったり、少なくとも彼にとって黒猫は大切な後輩以上の存在ではあるわけです。
学校からの帰り道、京介は偽装デートの件を黒猫に謝罪します。遭遇したのは麻奈実が先のはずですが、まあ、向こうはいつでも良いと思ったんでしょうか。とりあえず、京介は黒猫に弁明します。くすぐったい沈黙とでも言うべき空気に包まれる中、麻奈実とも桐乃とも違うものを黒猫に感じながら。
ハッキリ言うと、この時点で京介は黒猫を恋愛対象として意識しています。キスという呪いがあったにせよ、彼氏が彼女にする浮気の言い訳をしてしまう程度には、京介もまた黒猫に思うところがあるようです。互いに強く意識して、一方はその気持ちがなんであるか気付いていて、もう一方は気づきかけているけど結論を出せずにいる状況といったところか。
2人のやり取りは桐乃が不機嫌になるほど自然体で、それは彼女が留学していた間の数ヵ月、学校やそれ以外での付き合いが京介と黒猫の間にあったからだけど、夏コミの話し合いを行うシーンとかでも見て取ることが出来ますね。自然と黒猫の私服を見てみたいという京介に、まんざらでもないという風に応じる黒猫。桐乃が危機感を抱き始めるのも、まあ、判る話ですよ。学校の後輩として距離が縮まり、京介は黒猫の本名すら知ってるわけですからね。部活が一緒で下校時も一緒、自宅の自室に上げたこともある時点で、行いだけならほとんど付き合っているのと変わらないわけですし、桐乃だって突っかかりたくもなるでしょう。
けど、黒猫は止まらない。コスプレ写真で同人誌に参加したという無謀な京介の試みに、積極的に出はないにせよ賛同して、自分も一緒にやると言い出す。サラリと流されてますが、そのためのデジカメを買いに京介と一緒に秋葉へも行ったようですし、とにかく京介の背中を押し、彼を引き立て、フォローする。いつもの毒舌が態を潜めたわけではないにせよ、京介に対して基本的に優しさを見せることが多いんですね、今回の黒猫は。夏コミではそれが特に顕著で、始終京介のフォロー役に徹している気がした。まあ、夏コミで印象に残るのは最初の私服を見せるシーンだけど、京介は純粋にその白いワンピース姿を可愛いと思いましたし、彼の言葉に黒猫も頬を朱に染めます。
京介は、黒猫のことを単なる妹の友人とは既に思っていません。しかし、ただ学校と部活が同じだけの後輩とも思っていないようで、彼の心理は韜晦しています。とにかく京介は、黒猫の仕草や言動を気にすることが格段に多くなった。そして、彼女を可愛いと思うことも。それは夏コミの最中もそうだし、夏コミが終わってすぐに具現化することとなる。そう、黒猫による京介に対する告白です。いくつかの段階を踏んで、やっと自分の想いを明確に伝えることが出来た黒猫。表現にはまだ曖昧な部分はあるけれど、あそこで桐野が現れなければ、黒猫は更にもう一歩、先に進むことが出来たでしょう。
黒猫の決意は、京介に告白して関係を進展させると同時に、桐乃という親友も失わないように頑張る、という感じかな。桐乃が京介を好きだということを黒猫は知っていますし、ここで自分が京介を取れば親友との関係が破綻する危険性を十分に承知している。けれど、承知した上で黒猫は自分の欲求に素直になろうと決めた。自分なりの全力を尽くし、欲しいもの両方を得るために。
そして、黒猫は最後の最後にこう言った。「私と付き合ってください」と。黒猫自らの告白に、京介がどのように答えたかは分かりません。我々に分かるのは、2人がこの告白から数日後に恋人になったという事実だけ。8巻ではその数日が書かれるのかも知れないし、書かれないのかも知れない。でも、京介も黒猫も互いに互いを意識して、ただの先輩、後輩の間柄ではなくなりました。恋愛編が次回で終了だというのなら、黒猫には京介と添い遂げて貰いたいものです。あくまで私の趣味ではあるけど、それが作品としての答えならば、それはそれで素敵だと思うから。
きっと明日は晴れるから
2010年11月4日 アニメ・マンガ私はなるべくクールごとのアニメを見るようにしてるんだけど、自室に液晶テレビとスカパー!HDを導入してから、視聴作品が格段に増えたような気がする。AT-Xに加入していれば大抵の作品はカバーできるし、tvkが使い物にならなくなった今となっては大分助かっています。まあ、今期の作品だけじゃなくて過去の作品とかも普通に録画しちゃうから、見る番組は増える一方なんだけど。HDDの容量も厳しくなってきたし、そろそろBD買ってきて整理するべきなのかな。スカパー!の番組ってコピーガード掛かってる場合があるから、物によってはダビングできないのがあるから面倒だ。
今期の作品で私が一番期待していたのは、良くも悪くもヨスガノソラだったわけですけど、何気にこれといって興味もなかった作品が面白かったりします。例えば百花繚乱 サムライガールズは、内容的には取り立てて面白いってほどじゃないんだけど、絵は綺麗ですしキャラも立ってますし、独特の演出が目を引きます。所々イカ娘に侵略されたかのような墨入れが目立ちますけど、あれってAT-Xでもそのままなんですよね。そこら辺せこいというか、もう少し頑張って欲しかった。
イカ娘はなんとなく視聴している作品の一つですけど、なんで深夜にやっているのか良く分からない。海の家を舞台にした作品ではあるけど、特に性的というわけでもないし、話的にはミルキィホームズより子供向けです。まあ、イカちゃん可愛い以外にこれといった感想が浮かばないのも事実ではあるけど。こういうマスコットキャラクターが活躍するような話こそ、朝方とかゴールデンタイムにやるべきじゃないんだろうか。オタクネタがあるわけでもなく、ネックがあるとすれば秋田書店の作品ってだけだし。チャンピオンは子供向け雑誌じゃないよね。まあ、地上波でやってるだけマシなのかな。
地上波といえば神のみぞ知るセカイがありますね。AT-Xでは現状2話ぐらいまでしか放送してないんだけど、あれはOP映像が良い感じ。絵柄も好みだし、問題があるとすれば声優ぐらいですか。オタク的内容という意味では俺妹に近い部分があるけど、あっちがフィクションの中で現実的なテーマを取り上げているのに対し、こっちはどこまで非現実なファンタジーをやろうとしている。私は1話の陸上部少女が良いと思うんだが、あの娘はもう絡んでこないのでしょうか。
ミルキィホームズに関しては、もうなんと言っていいのかわからない。身内が物凄く嵌ってるんだけど、ブ社作品で青春を過ごしてきた世代にはあのノリが懐かしく感じられるんだろうね。私は1話見て2話見て、あまりの面白く無さに切ろうかと思ったんだけど、G4が出てきた途端にガラリと変わったね。お前らG4じゃなくてGAだろうと言いたくなった人が多いらしいが、今はGAというと芸術科なんやらが出てくる時代なんだよね。その辺りで理解出来てない人がいてビックリした。
ミルキィは本当に、どうやったらあんな脚本を書くことが出来るんだってぐらいカオスな出来になっていますね。GAやでじこを思い出すのも分かるというか、あれを計算してやっているなら天才としか言いようがない。私は身内ほどミルキィに嵌っているわけではないですけど、作品としては着実に面白くなってきてる。最後に笑うのはミルキィたちだ、という意見も根拠のない高言と笑い飛ばせないほどに。まあ、私はホームズたちよりG4の方が好きだけどね。多分、男性人気では心ちゃんが抜群なのではないかと思う。これの同人誌が流行るかどうかって、結構見物だよね。イカ娘は思っていた以上に流行ってないみたいだけど、ミルキィは果たしてどうなるか。
他にも色々見てますけど、俺妹のアニメが一番評価低いかも知れない。丁寧に作っているのは分かるんだけど、なんというか……ね。近々、というか明日にでも原作の話をするつもりなんですけど、元々原作が好きでもないから。そういや同じ電撃の禁書は影が薄くなってますね。制作会社がアニメ抱え過ぎってのもあるんだろうけど、やっぱり映像にすると話が地味だわ。右手で女の子を殴り飛ばすだけのような作品に、映像的な映えなんてないよ。そう考えると前評判の高かった作品が軒並みダメで、逆に微妙と言われていた作品が良いのか? ヨスガノソラなんて、その典型なのだろうか。私の中では今期ワーストだけど。
そういや、To Loveるは普通に面白いね。いや、以前のがダメダメだったというのもあるんだが、3倍ぐらい良い作品になっている。金色の闇の幼女化とか最高じゃないですか。やっぱり色々な意味で、原作通りが良い作品ですよ。
今期の作品で私が一番期待していたのは、良くも悪くもヨスガノソラだったわけですけど、何気にこれといって興味もなかった作品が面白かったりします。例えば百花繚乱 サムライガールズは、内容的には取り立てて面白いってほどじゃないんだけど、絵は綺麗ですしキャラも立ってますし、独特の演出が目を引きます。所々イカ娘に侵略されたかのような墨入れが目立ちますけど、あれってAT-Xでもそのままなんですよね。そこら辺せこいというか、もう少し頑張って欲しかった。
イカ娘はなんとなく視聴している作品の一つですけど、なんで深夜にやっているのか良く分からない。海の家を舞台にした作品ではあるけど、特に性的というわけでもないし、話的にはミルキィホームズより子供向けです。まあ、イカちゃん可愛い以外にこれといった感想が浮かばないのも事実ではあるけど。こういうマスコットキャラクターが活躍するような話こそ、朝方とかゴールデンタイムにやるべきじゃないんだろうか。オタクネタがあるわけでもなく、ネックがあるとすれば秋田書店の作品ってだけだし。チャンピオンは子供向け雑誌じゃないよね。まあ、地上波でやってるだけマシなのかな。
地上波といえば神のみぞ知るセカイがありますね。AT-Xでは現状2話ぐらいまでしか放送してないんだけど、あれはOP映像が良い感じ。絵柄も好みだし、問題があるとすれば声優ぐらいですか。オタク的内容という意味では俺妹に近い部分があるけど、あっちがフィクションの中で現実的なテーマを取り上げているのに対し、こっちはどこまで非現実なファンタジーをやろうとしている。私は1話の陸上部少女が良いと思うんだが、あの娘はもう絡んでこないのでしょうか。
ミルキィホームズに関しては、もうなんと言っていいのかわからない。身内が物凄く嵌ってるんだけど、ブ社作品で青春を過ごしてきた世代にはあのノリが懐かしく感じられるんだろうね。私は1話見て2話見て、あまりの面白く無さに切ろうかと思ったんだけど、G4が出てきた途端にガラリと変わったね。お前らG4じゃなくてGAだろうと言いたくなった人が多いらしいが、今はGAというと芸術科なんやらが出てくる時代なんだよね。その辺りで理解出来てない人がいてビックリした。
ミルキィは本当に、どうやったらあんな脚本を書くことが出来るんだってぐらいカオスな出来になっていますね。GAやでじこを思い出すのも分かるというか、あれを計算してやっているなら天才としか言いようがない。私は身内ほどミルキィに嵌っているわけではないですけど、作品としては着実に面白くなってきてる。最後に笑うのはミルキィたちだ、という意見も根拠のない高言と笑い飛ばせないほどに。まあ、私はホームズたちよりG4の方が好きだけどね。多分、男性人気では心ちゃんが抜群なのではないかと思う。これの同人誌が流行るかどうかって、結構見物だよね。イカ娘は思っていた以上に流行ってないみたいだけど、ミルキィは果たしてどうなるか。
他にも色々見てますけど、俺妹のアニメが一番評価低いかも知れない。丁寧に作っているのは分かるんだけど、なんというか……ね。近々、というか明日にでも原作の話をするつもりなんですけど、元々原作が好きでもないから。そういや同じ電撃の禁書は影が薄くなってますね。制作会社がアニメ抱え過ぎってのもあるんだろうけど、やっぱり映像にすると話が地味だわ。右手で女の子を殴り飛ばすだけのような作品に、映像的な映えなんてないよ。そう考えると前評判の高かった作品が軒並みダメで、逆に微妙と言われていた作品が良いのか? ヨスガノソラなんて、その典型なのだろうか。私の中では今期ワーストだけど。
そういや、To Loveるは普通に面白いね。いや、以前のがダメダメだったというのもあるんだが、3倍ぐらい良い作品になっている。金色の闇の幼女化とか最高じゃないですか。やっぱり色々な意味で、原作通りが良い作品ですよ。
システムに翻弄される人々
2010年10月23日 アニメ・マンガ何気なくAG学園を見てたら今週の研究テーマがアニメ版ヨスガノソラで吹いた。tvkで放送してないじゃないかw まあ、内容は簡単なあらすじとキャラクター紹介だけで、今後の展開とかは特に明かされなかったんだけど、ハルと穹を中心に構成されているのが興味深かった。あくまでハルと穹の話であり、瑛とか渚さんは2人を取り巻くキャラクターたちという感じで。脇役ってわけじゃないんだろうけど、そこら辺は区別が為されてたかな。映像編集はあまり上手くないというか、あの状態で良く放送したなというカットがいくつか合った。技術的な問題なのかは知らないけど、まあ、ハルと穹は普通だったから良いか。委員長もお気に入りの表情だったし。
今日は風邪が悪化してきたので近所の病院に行きました。午後から用があったんだけど、まあ、午前中に行けば大丈夫だろうと、耳鼻科外来へ。医者に掛かることが稀だから病院もかなり久しぶりで、なんか事前に問診票を書かされたり、色々とシステムが変わっていて少し戸惑いを憶えてしまう。受付の話では、私が病院が最後に病院へ来たのは半年以上も前らしく、それだけの時間があれば変わるものも変わるのだろう。
問診票を書いて熱を測って、実際の診察はごくごく平凡な、言ってしまえばテンプレートの対応をされた。実は担当医があまり好きな人ではなかったのだが、特にぞんざいな扱いを受けたわけでもないし、気を訊かせて薬を多めに出してくれたから良しとしよう。長年掛かり付けだった医者は担当の曜日が変わってしまい、平日の午前中だからなかなか見て貰うことが出来ないのだ。
土曜日だからといって病院が空いていることはなく、むしろ平日に来られない人が押し寄せるから混んでいるとも言えて、会計には少なからずの時間を有した。それでも12時前後には済ますことが出来たし、後は併設されている薬局で薬を貰えば終了だったんだけど……これが物凄い時間掛かったのよ。病院が半年振りなら薬局も半年以上行ってないわけで、まずはその内装の変化に驚いてしまった。私が最後に見たときとは様変わりしており、なんていうか、近代化してるのよ。液晶テレビとかパソコンとか、会計も一つじゃなくて複数になってて、個別対応の窓口みたいになっててさ。しばらく呆然としていたら、薬剤師が処方箋を取りに来て、とりあえず渡して手近な椅子に座ることに。
病院も混んでれば薬局にも沢山の人がいた。ご老人が多い印象を受けたけど、そのせいか調剤の待ち時間が45分となっていて、中には後でまた来るという人も結構いました。私は薬を貰ったらその足で都内に行くつもりだったし、45分なら手持ちの本でも読んでいようと待ってみることに。以前なら病院近くの本屋にでも行っていたのでしょうが、不況の波に呑まれたのか、潰れちゃいましてね。文庫の品揃えはそれほど良くなかったんだけど、アニメ関係の雑誌類に強い店舗でさ、昔はよくメガマガとか買ったものです。
45分というから待っていたものの、おかしなことに時間が過ぎても一向に呼ばれることがない。待ち時間はいつの間にか60分に変わっており、考えてみると会計の名前が呼ばれるペースが、かなり遅かった。私より前からいたご老人の一人が60分どころか80分も待たされていると文句を言いだし、どうやら遅いと感じていたのは私だけではなかったようだ。
結局のところ、設備を近代化しすぎたのが逆作用していたらしく、慣れないパソコンなどの電子化作業に薬剤師が追いついておらず、薬の説明が書かれた紙すら満足に印刷できないと、そういう事情があったとか。まあ、印刷が出来なかったのはパソコンと印刷機の相性の悪さなども含まれていたらしいが、結局私は90分以上待たされた挙げ句に都内へと出るのが2時間も遅れてしまった。こんなにも遅れた理由はもう一つ合って、前述した後で取りに来るという人が続々と戻ってきては割り込むものだから、普通に待っている私の番がどんどん後ろに回されたのも原因なのだろう。釈然としない部分はあるが、使えもしないシステムを利用している薬局そのものにも問題があるのではないか。今はどこの薬局でも処方箋の受付はしているから、別のところへ持って行けば良かったと思ったのは、待ち時間が60分を超えた頃であった。
都内では物書きの集まりがあり、私は久々の参加だった。後輩の女子共がなにやら盛り上がっているから、なにかと思えば銀英伝の舞台についてだった。イケメンを揃えたせいか女ウケが良いらしく、原作を読んで事前に勉強している姿には感動を覚えてしまった。まさか、年若い後輩が銀英伝を読んでいるなんて、私の同期は誰一人として知らなかったのに。理由はどうであれ、田中芳樹作品の読者が増えることは良いことだ。
ちなみに舞台のチケットは既に完売しているらしく、まだ手に入れていない私としては少し焦り気味。ただ、芝居は好きだけど、そこまで見たいかと言われるとちょっと悩む部分もあるので、どうするかは検討中。チケットの都合を付けることは、それほど難しいことでもないし。でも、舞台版は凄いですね。後輩の持っていた演劇雑誌の表紙だったんだけど、ラインハルトとキルヒアイスは、まあ、分かるんですよ。でも、もう一人の男が誰だこれ状態で、中を見てみるとミッターマイヤーだというから驚いた。髪色の違うロイエンタールじゃないのかというぐらいの美形で、そもそも髪が蜂蜜色をしていない。ミッターマイヤーは銀英伝を締めくくる人物であるからして、重要なキャラには違いないが、少し役者が嘆美過ぎる。イケメンを否定するわけではないが、引き締まった体操選手のような、という原作の記述もあるわけだし、体育会系の起用をしても良かったのではないか。もっとも、役者の詳細はなにも知らないから、意外に運動とか得意かも知れないけどさ。
しかし、後輩女子が銀英伝を読んでいる姿は素直に感心してしまった。ただの腐女子かと思っていたが、考えてみれば銀英伝はアニメが展開した頃も女性に人気だったからね。同人誌とかも、ジャンル的には女性向けばかりだったし。今の若い世代はラノベしか読まないというか、私の同期も比較的そういう傾向が強かったから、そういった物書きが田中芳樹に触れるというのは、色々な意味で良い刺激になるんじゃないかな。私はラノベも読むけどSFをメインにしてたから、同期たちからはかなり異端視されてたんだけど、結局連中で大成した奴はいないし、現状誰も残っていないのだから、彼等の言っていたラノベ至上主義が正しかったとは思えない。今時SFなんて、という言葉は確かに全否定しないけど、夏への扉も読んだことないような奴に言われたくなかったな。うん、古い話です。
最後は愚痴っぽくなってしまったけど、体調不良ながら結構楽しい1日でした。恩師にも会って、仕事上の悩みを聞いて貰ったりね。仕事も本当にどうなるのか、私は私のやるべきことをするだけだ、なんて言っても内部から崩壊しそうな勢いであるし、離脱の準備はしておく必要があるかも知れない。特別、辞めたいというわけじゃないけど、現状どうみても泥船から泥を掻き出す作業しかしていないような気がするし、舵取りをしている人たちに見通しがないような気もするから。自分のやりたいことだってあるし、このまま泥船と一緒に沈むのはちょっとね。例え持ち直して安定したのだとしても、今の形のまま終わるのはごめんだ。
私自身、将来の展望があるわけじゃないけど、とりあえず次へと繋ぐためにも原稿を仕上げてしまわなければ。今年はもう時間ないけど、来年の初めに仕掛けることが出来れば……タイムリミット近いが、諦めるわけにはいかない。
今日は風邪が悪化してきたので近所の病院に行きました。午後から用があったんだけど、まあ、午前中に行けば大丈夫だろうと、耳鼻科外来へ。医者に掛かることが稀だから病院もかなり久しぶりで、なんか事前に問診票を書かされたり、色々とシステムが変わっていて少し戸惑いを憶えてしまう。受付の話では、私が病院が最後に病院へ来たのは半年以上も前らしく、それだけの時間があれば変わるものも変わるのだろう。
問診票を書いて熱を測って、実際の診察はごくごく平凡な、言ってしまえばテンプレートの対応をされた。実は担当医があまり好きな人ではなかったのだが、特にぞんざいな扱いを受けたわけでもないし、気を訊かせて薬を多めに出してくれたから良しとしよう。長年掛かり付けだった医者は担当の曜日が変わってしまい、平日の午前中だからなかなか見て貰うことが出来ないのだ。
土曜日だからといって病院が空いていることはなく、むしろ平日に来られない人が押し寄せるから混んでいるとも言えて、会計には少なからずの時間を有した。それでも12時前後には済ますことが出来たし、後は併設されている薬局で薬を貰えば終了だったんだけど……これが物凄い時間掛かったのよ。病院が半年振りなら薬局も半年以上行ってないわけで、まずはその内装の変化に驚いてしまった。私が最後に見たときとは様変わりしており、なんていうか、近代化してるのよ。液晶テレビとかパソコンとか、会計も一つじゃなくて複数になってて、個別対応の窓口みたいになっててさ。しばらく呆然としていたら、薬剤師が処方箋を取りに来て、とりあえず渡して手近な椅子に座ることに。
病院も混んでれば薬局にも沢山の人がいた。ご老人が多い印象を受けたけど、そのせいか調剤の待ち時間が45分となっていて、中には後でまた来るという人も結構いました。私は薬を貰ったらその足で都内に行くつもりだったし、45分なら手持ちの本でも読んでいようと待ってみることに。以前なら病院近くの本屋にでも行っていたのでしょうが、不況の波に呑まれたのか、潰れちゃいましてね。文庫の品揃えはそれほど良くなかったんだけど、アニメ関係の雑誌類に強い店舗でさ、昔はよくメガマガとか買ったものです。
45分というから待っていたものの、おかしなことに時間が過ぎても一向に呼ばれることがない。待ち時間はいつの間にか60分に変わっており、考えてみると会計の名前が呼ばれるペースが、かなり遅かった。私より前からいたご老人の一人が60分どころか80分も待たされていると文句を言いだし、どうやら遅いと感じていたのは私だけではなかったようだ。
結局のところ、設備を近代化しすぎたのが逆作用していたらしく、慣れないパソコンなどの電子化作業に薬剤師が追いついておらず、薬の説明が書かれた紙すら満足に印刷できないと、そういう事情があったとか。まあ、印刷が出来なかったのはパソコンと印刷機の相性の悪さなども含まれていたらしいが、結局私は90分以上待たされた挙げ句に都内へと出るのが2時間も遅れてしまった。こんなにも遅れた理由はもう一つ合って、前述した後で取りに来るという人が続々と戻ってきては割り込むものだから、普通に待っている私の番がどんどん後ろに回されたのも原因なのだろう。釈然としない部分はあるが、使えもしないシステムを利用している薬局そのものにも問題があるのではないか。今はどこの薬局でも処方箋の受付はしているから、別のところへ持って行けば良かったと思ったのは、待ち時間が60分を超えた頃であった。
都内では物書きの集まりがあり、私は久々の参加だった。後輩の女子共がなにやら盛り上がっているから、なにかと思えば銀英伝の舞台についてだった。イケメンを揃えたせいか女ウケが良いらしく、原作を読んで事前に勉強している姿には感動を覚えてしまった。まさか、年若い後輩が銀英伝を読んでいるなんて、私の同期は誰一人として知らなかったのに。理由はどうであれ、田中芳樹作品の読者が増えることは良いことだ。
ちなみに舞台のチケットは既に完売しているらしく、まだ手に入れていない私としては少し焦り気味。ただ、芝居は好きだけど、そこまで見たいかと言われるとちょっと悩む部分もあるので、どうするかは検討中。チケットの都合を付けることは、それほど難しいことでもないし。でも、舞台版は凄いですね。後輩の持っていた演劇雑誌の表紙だったんだけど、ラインハルトとキルヒアイスは、まあ、分かるんですよ。でも、もう一人の男が誰だこれ状態で、中を見てみるとミッターマイヤーだというから驚いた。髪色の違うロイエンタールじゃないのかというぐらいの美形で、そもそも髪が蜂蜜色をしていない。ミッターマイヤーは銀英伝を締めくくる人物であるからして、重要なキャラには違いないが、少し役者が嘆美過ぎる。イケメンを否定するわけではないが、引き締まった体操選手のような、という原作の記述もあるわけだし、体育会系の起用をしても良かったのではないか。もっとも、役者の詳細はなにも知らないから、意外に運動とか得意かも知れないけどさ。
しかし、後輩女子が銀英伝を読んでいる姿は素直に感心してしまった。ただの腐女子かと思っていたが、考えてみれば銀英伝はアニメが展開した頃も女性に人気だったからね。同人誌とかも、ジャンル的には女性向けばかりだったし。今の若い世代はラノベしか読まないというか、私の同期も比較的そういう傾向が強かったから、そういった物書きが田中芳樹に触れるというのは、色々な意味で良い刺激になるんじゃないかな。私はラノベも読むけどSFをメインにしてたから、同期たちからはかなり異端視されてたんだけど、結局連中で大成した奴はいないし、現状誰も残っていないのだから、彼等の言っていたラノベ至上主義が正しかったとは思えない。今時SFなんて、という言葉は確かに全否定しないけど、夏への扉も読んだことないような奴に言われたくなかったな。うん、古い話です。
最後は愚痴っぽくなってしまったけど、体調不良ながら結構楽しい1日でした。恩師にも会って、仕事上の悩みを聞いて貰ったりね。仕事も本当にどうなるのか、私は私のやるべきことをするだけだ、なんて言っても内部から崩壊しそうな勢いであるし、離脱の準備はしておく必要があるかも知れない。特別、辞めたいというわけじゃないけど、現状どうみても泥船から泥を掻き出す作業しかしていないような気がするし、舵取りをしている人たちに見通しがないような気もするから。自分のやりたいことだってあるし、このまま泥船と一緒に沈むのはちょっとね。例え持ち直して安定したのだとしても、今の形のまま終わるのはごめんだ。
私自身、将来の展望があるわけじゃないけど、とりあえず次へと繋ぐためにも原稿を仕上げてしまわなければ。今年はもう時間ないけど、来年の初めに仕掛けることが出来れば……タイムリミット近いが、諦めるわけにはいかない。
ブリュッセルよりリェージュが好きだ
2010年10月21日 アニメ・マンガ風邪と親知らずと口内炎を併発して倒れそうな今日この頃、皆様は健康に気を使ってらっしゃるでしょうか? 普段から不健康で不摂生な生活をしている私ですが、不思議と病に倒れることは少なく、例えば高熱で寝込むなどということはここ数年ありません。熱が上がらない理由は体質というか身体的問題にあるんですが、そういったことが少ないだけに、たまの病気に滅法弱い。病は気から、などといいますけど私はその傾向が強いのかも知れない。
そんなわけで現在の私は体調絶不調だから、悲恋堂の店主から直接会って話がしたいといわれたときは正直迷った。他の病気ならまだしも人に感染しやすい風邪であるし、一人暮らしで世捨て人の店主に倒れられたら困る。私以上に医者嫌いであるし、病院などまず行くはずもないから。こうした理由から体調不良を理由に断ることは間違ってないはずだけど、一週間以上店主に会っていなかったのと、わざわざ会って話がしたいというぐらいだから、よほど重要なことなのだろうと思い、結局は赴くことにしました。
実は最初朝早くにいったんですけど、かなり長い話になるということだったので、夜に出直してくることに。その際、体調が悪いのを一瞬で見抜かれたんだけど、だからといって日を改めるというつもりにはならなかったらしい。まあ、風邪はともかく親知らずは取らない限り治りようがないし、口内炎もしばらく掛かりそうだからね。待っていられないと言われれば、その通りだとしか答えようがない。
夜になって再訪した悲恋堂は、何故かSugar Baby Loveが奥から流れてきており、店主は鼻歌なんて歌っていた。石田耀子版というのが、奴なりの拘りなのだろう。今朝よりも調子が悪そうですね、まあ、上がってくださいと店の奥に通されて、瓶に入った牛乳を出される。明治ではなく森永だったが、森永乳業が瓶牛乳を宅配していたとは訊かない。いや、しているのかも知れないが、私の地元では明治だったので、ちょっとだけ気になった。次に出されたのはお茶菓子のゴーフル。これが出たときはさすがの私も物申してしまった。
「まて、なんでワッフルじゃないんだ」
「ストロープなんて普通ありませんよ」
「曲的にベルギーだろ、普通は!?」
細かいことを気にする男ですね、といわれたが、気分的な問題である。それに私はベルギーワッフルが好きなのである。秋葉原のマネケンとかを利用することもあります。昔は横浜にもあったんだけどね、いつの間にか潰れてしまった。
「今日呼んだのは他でもありません。あなたの最近における文章について、少しお話ししたいことがありまして」
本当は朝まで話したかったそうなのだが、私の体調が芳しくないことを悟ってか2時間程度で切り上げてくれた。そして、私はその2時間ずっと説教をされた。店主に苦言を呈されたり、創作物や日記の内容にケチを付けられるのはしょっちゅうであるが、説教を受けるというのは久々のことであり、笑って流すには表情が真剣すぎた。
説教は昨今の日記についてが主であり、文章が否定論で構成されすぎていると釘を刺された。後ろ向きで否定的、そして批判的な内容であることは自覚していたから、今さらどうしたという気分であったんだけど、店主の言葉は私の予想を飛び越えた位置にまで飛んでいく。
「あなたはアニメにおける主人公のキャラ改変について不平不満を繰り返していますが、あなたの言えた義理ではないんじゃないですか?」
「というと?」
「ご自分だって、二次創作で同じことをしたではないですか」
私がヨスガ本でキャラ改変を行った? そうではなかった。店主が言っているのは、私が昔出した新書版の同人小説のことだった。二次創作は好きじゃないという店主であるが、書いた物を渡せば一応目を通してくれるのだ。
「あの作品も随分とキャラ改変が多かった気がします。ネットでの評判は、改変どころか改悪でしたっけ?」
「それがなんだって言うんだ」
「同じなんですよ、あなたが言ってることは、あなたが昔やったことと同じなんです」
自分のことを棚に上げて、一体なにを言ってるんだ――店主が私に伝えたかったのはまさしくそれであり、過去も忘れて他者を非難する資格があなたにあるのかと、まあ、そういうことだった。
「手法の是非について、それが作品にあっているかあっていないかは、まあ、いくらでも論じればいいでしょう。文句や不満もありましょうし、そのことには問題はないと思います。しかしですね」
ハルのキャラについて、春日野悠という主人公のキャラ改変について私が不平を言うのはお門違いではないかと、店主は厳しい口調で批判してきた。
「あなたがその昔、件の二次創作を執筆していたとき、様々不満をぶつけてくる人たちがいました。キャラの性格が違いすぎる、改変だ、改悪だ、これは一体どういうことなんだと。あなたはそういった人たちになんて答えました? 確かこうでしたよね、『物語を作る上で、キャラをもっとも適した位置に配置した』でしたか?」
「一字一句その通りだとは言わないが、よく憶えてるな」
「B6版の本も読みましたからね。当時、あなたはキャラではなく話を優先した。物語を組み立てる上での手法との一つとして、キャラクターを駒やピースのように扱った」
どこからともなく将棋盤を取り出してきた店主は、盤上に駒を並べていく。
「それが物語を面白くする方法であり、あなたは物語を優先するためにキャラを変えざるを得なかった。誰になんと批判されようと、そうしなければ話が成り立たなかったから」
パチパチと並べられていく駒は、なにかの定石なのだろう。そこにそれがなくては盤面が成り立たないと言っているかのように、綺麗な並びになっていた。私は、店主に言い返すことが出来なかった。
「同じです。あなたが今批判しているものは、過去のあなたと同じなんですよ。新しい手法を実践するが為に主人公を改悪した人たちと、自分の物語を完成させるために多くのキャラを改変したあなたに、一体どれほどの違いがありますか? 商業と同人の違いはあれど、精神的骨格は同じでしょう」
目から鱗は落ちなかった。気付かされた事実の強烈さといったら、私の表情を吹き飛ばすぐらいには強烈なものだった。引きつった笑みすら浮かべることが出来ず、ぐうの音も出ないとはまさにこのことか。
「あなたはこうも言ってましたね? 別にキャラを改変しているつもりはないと。例のアニメを作っている人も、きっと似たようなを言うと思いますよ。自覚がない、いえ、出来ないんですね。自分の話の中ではこいつはこういうキャラだというのが凝り固まって、決定事項として存在しているから、他人からおかしいと言われても理解することが出来ないんです」
無駄なことは無駄だし、覆せないものは覆せない。人の認識を変えるということは、その人格を左右することなのだ。あいつはああだ、こいつはこんな奴じゃない、そいつはそうでなくてはいけないなど、少なくとも同人家の言えたことか。
ここから先はずっと店主による同人批判と二次創作批難の話に移ったので省略するけど、正直な話し、完全に打ちのめされました。自身の身勝手さと傲慢さを平手打ちにされたというか、確かにその通りだ。私が否定していることは、私が過去にやったそれと同じなんだ。以前の日記で、私の古い二次創作を呼んだ人はこんな気持ちだったのか、みたいなことを書いたけど、似ているどころかまったく同じことをしていたわけだ。にもかかわらず、私は自分を棚に上げて随分なことを言ってしまった。なんて最低なのだろうか。
体調不良に精神衰弱が加わった気もしたが、おかげでなにか目が覚めたような気分になったのも事実である。去り際に悲恋堂の店主はこうも言っていた。
「否定、批判、批難、私は別にそれらすべてを間違いだというわけじゃありません。ですが、今回のあなたの主張は明らかにおかしいと、そう思ったからこうして呼び出したんです。あなたの言っていることは判りますし、おそらくその主張は正鵠を射ているのだと思いますが、それを言う前に振り返ることがあるだろうと、そういうわけです」
所詮は個人の日記であるし、自らの過ちに気付いたというのなら、殊更咎めることはなにもない。これからも好きなように書けばいいとのことだったけど、さすがにここまで説教された後に、何食わぬ顔で日記を再開することは出来ない。せめて1日は間を置いて、今日合ったこと忘れないためにも、店主に言われたこと場を噛みしめる意味でも、私は違うことを書かなければいけないと、そう思ったから。まだまだ未熟だな、私は。俗世との縁が薄い人間に諭されているようじゃ、まだまだですね。
ありがとう、我が親友。おかげで色々と目が覚めた。
そんなわけで現在の私は体調絶不調だから、悲恋堂の店主から直接会って話がしたいといわれたときは正直迷った。他の病気ならまだしも人に感染しやすい風邪であるし、一人暮らしで世捨て人の店主に倒れられたら困る。私以上に医者嫌いであるし、病院などまず行くはずもないから。こうした理由から体調不良を理由に断ることは間違ってないはずだけど、一週間以上店主に会っていなかったのと、わざわざ会って話がしたいというぐらいだから、よほど重要なことなのだろうと思い、結局は赴くことにしました。
実は最初朝早くにいったんですけど、かなり長い話になるということだったので、夜に出直してくることに。その際、体調が悪いのを一瞬で見抜かれたんだけど、だからといって日を改めるというつもりにはならなかったらしい。まあ、風邪はともかく親知らずは取らない限り治りようがないし、口内炎もしばらく掛かりそうだからね。待っていられないと言われれば、その通りだとしか答えようがない。
夜になって再訪した悲恋堂は、何故かSugar Baby Loveが奥から流れてきており、店主は鼻歌なんて歌っていた。石田耀子版というのが、奴なりの拘りなのだろう。今朝よりも調子が悪そうですね、まあ、上がってくださいと店の奥に通されて、瓶に入った牛乳を出される。明治ではなく森永だったが、森永乳業が瓶牛乳を宅配していたとは訊かない。いや、しているのかも知れないが、私の地元では明治だったので、ちょっとだけ気になった。次に出されたのはお茶菓子のゴーフル。これが出たときはさすがの私も物申してしまった。
「まて、なんでワッフルじゃないんだ」
「ストロープなんて普通ありませんよ」
「曲的にベルギーだろ、普通は!?」
細かいことを気にする男ですね、といわれたが、気分的な問題である。それに私はベルギーワッフルが好きなのである。秋葉原のマネケンとかを利用することもあります。昔は横浜にもあったんだけどね、いつの間にか潰れてしまった。
「今日呼んだのは他でもありません。あなたの最近における文章について、少しお話ししたいことがありまして」
本当は朝まで話したかったそうなのだが、私の体調が芳しくないことを悟ってか2時間程度で切り上げてくれた。そして、私はその2時間ずっと説教をされた。店主に苦言を呈されたり、創作物や日記の内容にケチを付けられるのはしょっちゅうであるが、説教を受けるというのは久々のことであり、笑って流すには表情が真剣すぎた。
説教は昨今の日記についてが主であり、文章が否定論で構成されすぎていると釘を刺された。後ろ向きで否定的、そして批判的な内容であることは自覚していたから、今さらどうしたという気分であったんだけど、店主の言葉は私の予想を飛び越えた位置にまで飛んでいく。
「あなたはアニメにおける主人公のキャラ改変について不平不満を繰り返していますが、あなたの言えた義理ではないんじゃないですか?」
「というと?」
「ご自分だって、二次創作で同じことをしたではないですか」
私がヨスガ本でキャラ改変を行った? そうではなかった。店主が言っているのは、私が昔出した新書版の同人小説のことだった。二次創作は好きじゃないという店主であるが、書いた物を渡せば一応目を通してくれるのだ。
「あの作品も随分とキャラ改変が多かった気がします。ネットでの評判は、改変どころか改悪でしたっけ?」
「それがなんだって言うんだ」
「同じなんですよ、あなたが言ってることは、あなたが昔やったことと同じなんです」
自分のことを棚に上げて、一体なにを言ってるんだ――店主が私に伝えたかったのはまさしくそれであり、過去も忘れて他者を非難する資格があなたにあるのかと、まあ、そういうことだった。
「手法の是非について、それが作品にあっているかあっていないかは、まあ、いくらでも論じればいいでしょう。文句や不満もありましょうし、そのことには問題はないと思います。しかしですね」
ハルのキャラについて、春日野悠という主人公のキャラ改変について私が不平を言うのはお門違いではないかと、店主は厳しい口調で批判してきた。
「あなたがその昔、件の二次創作を執筆していたとき、様々不満をぶつけてくる人たちがいました。キャラの性格が違いすぎる、改変だ、改悪だ、これは一体どういうことなんだと。あなたはそういった人たちになんて答えました? 確かこうでしたよね、『物語を作る上で、キャラをもっとも適した位置に配置した』でしたか?」
「一字一句その通りだとは言わないが、よく憶えてるな」
「B6版の本も読みましたからね。当時、あなたはキャラではなく話を優先した。物語を組み立てる上での手法との一つとして、キャラクターを駒やピースのように扱った」
どこからともなく将棋盤を取り出してきた店主は、盤上に駒を並べていく。
「それが物語を面白くする方法であり、あなたは物語を優先するためにキャラを変えざるを得なかった。誰になんと批判されようと、そうしなければ話が成り立たなかったから」
パチパチと並べられていく駒は、なにかの定石なのだろう。そこにそれがなくては盤面が成り立たないと言っているかのように、綺麗な並びになっていた。私は、店主に言い返すことが出来なかった。
「同じです。あなたが今批判しているものは、過去のあなたと同じなんですよ。新しい手法を実践するが為に主人公を改悪した人たちと、自分の物語を完成させるために多くのキャラを改変したあなたに、一体どれほどの違いがありますか? 商業と同人の違いはあれど、精神的骨格は同じでしょう」
目から鱗は落ちなかった。気付かされた事実の強烈さといったら、私の表情を吹き飛ばすぐらいには強烈なものだった。引きつった笑みすら浮かべることが出来ず、ぐうの音も出ないとはまさにこのことか。
「あなたはこうも言ってましたね? 別にキャラを改変しているつもりはないと。例のアニメを作っている人も、きっと似たようなを言うと思いますよ。自覚がない、いえ、出来ないんですね。自分の話の中ではこいつはこういうキャラだというのが凝り固まって、決定事項として存在しているから、他人からおかしいと言われても理解することが出来ないんです」
無駄なことは無駄だし、覆せないものは覆せない。人の認識を変えるということは、その人格を左右することなのだ。あいつはああだ、こいつはこんな奴じゃない、そいつはそうでなくてはいけないなど、少なくとも同人家の言えたことか。
ここから先はずっと店主による同人批判と二次創作批難の話に移ったので省略するけど、正直な話し、完全に打ちのめされました。自身の身勝手さと傲慢さを平手打ちにされたというか、確かにその通りだ。私が否定していることは、私が過去にやったそれと同じなんだ。以前の日記で、私の古い二次創作を呼んだ人はこんな気持ちだったのか、みたいなことを書いたけど、似ているどころかまったく同じことをしていたわけだ。にもかかわらず、私は自分を棚に上げて随分なことを言ってしまった。なんて最低なのだろうか。
体調不良に精神衰弱が加わった気もしたが、おかげでなにか目が覚めたような気分になったのも事実である。去り際に悲恋堂の店主はこうも言っていた。
「否定、批判、批難、私は別にそれらすべてを間違いだというわけじゃありません。ですが、今回のあなたの主張は明らかにおかしいと、そう思ったからこうして呼び出したんです。あなたの言っていることは判りますし、おそらくその主張は正鵠を射ているのだと思いますが、それを言う前に振り返ることがあるだろうと、そういうわけです」
所詮は個人の日記であるし、自らの過ちに気付いたというのなら、殊更咎めることはなにもない。これからも好きなように書けばいいとのことだったけど、さすがにここまで説教された後に、何食わぬ顔で日記を再開することは出来ない。せめて1日は間を置いて、今日合ったこと忘れないためにも、店主に言われたこと場を噛みしめる意味でも、私は違うことを書かなければいけないと、そう思ったから。まだまだ未熟だな、私は。俗世との縁が薄い人間に諭されているようじゃ、まだまだですね。
ありがとう、我が親友。おかげで色々と目が覚めた。
金欠の高校生がバフェットから「お金持ちになる方法」を学んだら
2010年10月16日 アニメ・マンガ
一週間ほど前、徳島行きの準備をするため本屋に行ったんですよ。道中暇つぶしのために本でも買おうと。元々、買うものは決めていたから、本屋についてもそれを手にとってレジに持って行くだけで終わりのはずだったんだけど、本が沢山ある場所に行くとついつい中を回ってしまうというのが本読みの性でして。買いに行ったのは文庫本だったけど、なんとなく新刊及び話題図書みたいなコーナーも覗いたんですよ。ハードカバー好きだしね。そしたら、これから正義の話をしようとか、もしドラなんかのベストセラーの隣に、この本が置いてあったんです。
「金欠の高校生がバフェットから「お金持ちになる方法」を学んだら」というのはまた長いタイトルで、それでいてラノベ風の表紙している本だ、というのが第一印象でした。もしドラの隣にある時点で、ベストセラーになった本を意識しているのかと思ったけど、出版しているのは最近ラノベも始めたPHP研究所でした。絵柄が可愛かったというのもあるけど、長ったらしいタイトルと帯に書かれていた内容にも惹かれて手にとって見ることに。本を開いたとき最初に感じたのは、随分と白いことです。これはなにも空白は目立つということじゃなくて、本文に使われている紙が白上質で、所謂文庫本やハードカバー小説などで見慣れたクリーム系の用紙ではなかったんですよ。この手の紙の特徴として、短いページ数ならまだしも、結構な厚みがある場合は長時間読んでいると目が疲れるというのがあって、単なるラノベや小説の類ではないとはいえ、珍しい紙を使っているなと感じた。ダメですね、実際に本とか作っている側だから、中身より先に装丁とか仕様が気になってしまう。それも大事なことだけど、それがすべてではないというのに。
作者の菅野隆宏という人は聞かない名前でしたが、本業はCGアニメーションや映像編集を手がけるアニメ屋さんらしい。小説は本作が始めてということで、映像作っている人が書いた小説という点で違和感を憶える人がいるかも知れないけど、そんなこと言ったら京極夏彦だって元々はデザイナーですからね。なんでも出来る人ってのは、本当になんでも出来るんですよ。絵も描ければ小説も書ける、そういうものなんです。
さて、肝心の感想ですけど……面白いね、こいつは素直に面白いと思った。私がタイムトラベルものの歴史小説を好きだというのもあるけど、もしドラより断然読みやすかった。もしドラは基本的に表紙で釣るタイプの本で、ビジネス書が可愛い女の子の絵柄で着飾っただけです。小説としてもビジネス書としても優れているわけでもなく、とにかく文章として読みにくいんですよ。これから正義の話をしようは小説じゃないからいいとしても、この作品の良いなと感じたところは、小説として読めるという点でした。大前提に思えて、それが出来ていない作品ってのは結構あるんですよ。もしドラ以降は特に。
もちろん、文章や作風には好みというものがあるから、私が面白い言ったところで、自分の趣味には合わないって人もいるだろうけど、久々に人へ本を薦めたくなった。新書じゃない小説本という時点で経済書として確立されたなにかがあるわけでもないんだが、読みやすさという点ではもしドラを上回るんじゃないだろうか。表紙のイメージ通り、文章や内容もライトな感じがしますしね。
肝心の物語については……まだ発売して間もない本だからネタバレを避けるためにもamazonにある内容紹介からの引用で留めましょう。
歴史ファンタジー、いや、タイムトラベルネタという時点で歴史SFかな。経済史をネタにしている時点で一風変わっているどころではないけど、ラノベを書くための元ネタとして経済史を選んだのか、経済史を元ネタにするためラノベにしたのかで、結構変わってくるんじゃないかと思う。あとがきを読んだ限りでは後者だと思うけど、ラノベって基本的になんでもありですからね。なんていうか、イメージとしては小学校の図書室にあるようなタイムトラベルものの歴史漫画に近い。あるじゃない、偉人や歴史上の事件などに会いに行く学習漫画みたいのがさ。あれほど単純ではないけど、切り口としては近いものを感じたんだよね。そして、私はあの手の漫画が大好きだったから。
キャラはそれをほど際だったものではないし、ネタ以上に奇抜なものなんてありはしないんだけど、だからこその読みやすさなんじゃないかと思う。気軽に気楽に、片意地張らずに経済史の世界へと入っていけるって感じかな。
もしドラはアニメ化が決定したらしいけど、本作は青春アドベンチャーかなにかでのラジオドラマ化を希望したいですね。文量的にも丁度良いと思うし、内容も向いている気がしたから。別に話が地味だって言うつもりはないけど、アニメみたいな視覚的な媒体よりも、ラジオドラマのような音声的媒体の方が返って聴いた人の想像力を膨らます、良い作品になるかなって。それにほら、読んだ人がどこまで共感してくれるかは分からないけど、如何にも青春アドベンチャーで放送されそうな感じがするじゃない。タイプというか、雰囲気が凄く合ってる。流行るかどうかはまだ分からないけど、是非手にとって欲しい一冊です。
ただ、最初のほうに書いたとおり、やっぱり一気に読むのは難しいです。話云々の前に目が疲れる。実は、先週の時点では買わずに今日買ったんですけど、白上質で100ページ以上は止めて欲しいです。細かいことのようで、読む側にとっては結構重要な問題だから。
「金欠の高校生がバフェットから「お金持ちになる方法」を学んだら」というのはまた長いタイトルで、それでいてラノベ風の表紙している本だ、というのが第一印象でした。もしドラの隣にある時点で、ベストセラーになった本を意識しているのかと思ったけど、出版しているのは最近ラノベも始めたPHP研究所でした。絵柄が可愛かったというのもあるけど、長ったらしいタイトルと帯に書かれていた内容にも惹かれて手にとって見ることに。本を開いたとき最初に感じたのは、随分と白いことです。これはなにも空白は目立つということじゃなくて、本文に使われている紙が白上質で、所謂文庫本やハードカバー小説などで見慣れたクリーム系の用紙ではなかったんですよ。この手の紙の特徴として、短いページ数ならまだしも、結構な厚みがある場合は長時間読んでいると目が疲れるというのがあって、単なるラノベや小説の類ではないとはいえ、珍しい紙を使っているなと感じた。ダメですね、実際に本とか作っている側だから、中身より先に装丁とか仕様が気になってしまう。それも大事なことだけど、それがすべてではないというのに。
作者の菅野隆宏という人は聞かない名前でしたが、本業はCGアニメーションや映像編集を手がけるアニメ屋さんらしい。小説は本作が始めてということで、映像作っている人が書いた小説という点で違和感を憶える人がいるかも知れないけど、そんなこと言ったら京極夏彦だって元々はデザイナーですからね。なんでも出来る人ってのは、本当になんでも出来るんですよ。絵も描ければ小説も書ける、そういうものなんです。
さて、肝心の感想ですけど……面白いね、こいつは素直に面白いと思った。私がタイムトラベルものの歴史小説を好きだというのもあるけど、もしドラより断然読みやすかった。もしドラは基本的に表紙で釣るタイプの本で、ビジネス書が可愛い女の子の絵柄で着飾っただけです。小説としてもビジネス書としても優れているわけでもなく、とにかく文章として読みにくいんですよ。これから正義の話をしようは小説じゃないからいいとしても、この作品の良いなと感じたところは、小説として読めるという点でした。大前提に思えて、それが出来ていない作品ってのは結構あるんですよ。もしドラ以降は特に。
もちろん、文章や作風には好みというものがあるから、私が面白い言ったところで、自分の趣味には合わないって人もいるだろうけど、久々に人へ本を薦めたくなった。新書じゃない小説本という時点で経済書として確立されたなにかがあるわけでもないんだが、読みやすさという点ではもしドラを上回るんじゃないだろうか。表紙のイメージ通り、文章や内容もライトな感じがしますしね。
肝心の物語については……まだ発売して間もない本だからネタバレを避けるためにもamazonにある内容紹介からの引用で留めましょう。
不思議な力をもった少女とともに、 経済史上の大事件を追体験していく物語。 少年は世界各地で発生する「経済史のねじれ」を修復するなか、若き日のウォーレン・バフェット(やがて「オマハの賢人」「投資の神様」などと呼ばれる大富豪になる)と出会い、その教えを請うが、そこには大問題が……!
【あらすじ】 刻斗(こくと)(16)の父はバブル崩壊で全財産を失い、家を出ていった。そんな家庭環境のためか金銭欲がめっぽう強い刻斗は、 ずっと気になっていた近所の無人の洋館に忍び込む。高価なものでも隠されていないかと家捜しをしていたところ、 なんとチューリップバブル(球根が投機の対象となることで発生したバブル)に沸き立つ17世紀オランダに迷い込んでしまう! 刻斗は、経済史を司る謎の美少女ユノとともに、 世界を股にかけた時を越える旅に出発する!
歴史ファンタジー、いや、タイムトラベルネタという時点で歴史SFかな。経済史をネタにしている時点で一風変わっているどころではないけど、ラノベを書くための元ネタとして経済史を選んだのか、経済史を元ネタにするためラノベにしたのかで、結構変わってくるんじゃないかと思う。あとがきを読んだ限りでは後者だと思うけど、ラノベって基本的になんでもありですからね。なんていうか、イメージとしては小学校の図書室にあるようなタイムトラベルものの歴史漫画に近い。あるじゃない、偉人や歴史上の事件などに会いに行く学習漫画みたいのがさ。あれほど単純ではないけど、切り口としては近いものを感じたんだよね。そして、私はあの手の漫画が大好きだったから。
キャラはそれをほど際だったものではないし、ネタ以上に奇抜なものなんてありはしないんだけど、だからこその読みやすさなんじゃないかと思う。気軽に気楽に、片意地張らずに経済史の世界へと入っていけるって感じかな。
もしドラはアニメ化が決定したらしいけど、本作は青春アドベンチャーかなにかでのラジオドラマ化を希望したいですね。文量的にも丁度良いと思うし、内容も向いている気がしたから。別に話が地味だって言うつもりはないけど、アニメみたいな視覚的な媒体よりも、ラジオドラマのような音声的媒体の方が返って聴いた人の想像力を膨らます、良い作品になるかなって。それにほら、読んだ人がどこまで共感してくれるかは分からないけど、如何にも青春アドベンチャーで放送されそうな感じがするじゃない。タイプというか、雰囲気が凄く合ってる。流行るかどうかはまだ分からないけど、是非手にとって欲しい一冊です。
ただ、最初のほうに書いたとおり、やっぱり一気に読むのは難しいです。話云々の前に目が疲れる。実は、先週の時点では買わずに今日買ったんですけど、白上質で100ページ以上は止めて欲しいです。細かいことのようで、読む側にとっては結構重要な問題だから。
スケッチブック(7) (ブレイドコミックス)
2010年10月13日 アニメ・マンガ
角川のサイトに残ってたヨスガのコミックスは在庫完売したみたいですね。日中に一度復活したんですけど、こうなってはもう重版待ちでしょう。秋葉原のメロンブックスがかき集めた在庫を放出してましたけど、それにしたって1日持つかどうか。全体的に見ればネット在庫や書店在庫が尽きたわけじゃないし、例えば啓文堂書店にはチェーン内にまだ何冊か残っているらしく、ネットでも注文することが出来ます。ただ、沢山の需要を満たせるわけもないし、角川にはさっさと重版をお願いしたい。初版本に拘る人がいるのかは知らないけど、欲しい人は根気よく探すことです。
さて、ヨスガのアニメが始まってから日記の内容がヨスガばかりになっていたので、たまには違うことを書くことにします。ネタが無いわけじゃないのですが、あんまり偏るのもどうかと思うし、スケブの新刊についてはどうしても触れておきたかったので。
マックガーデンはコミックブレイドで連載されている、小箱とたんのスケッチブック第7巻が発売されました。前巻から1年と少し、アニメから数えると丁度2年ぐらいですか。私が一番好きな4コマ漫画にして、ブレイドで創刊号から連載している最古参になります。あずまんが大王の登場と、その後のらき☆すた、ひだまりスケッチなどによって確立された所謂萌え4コマといわれるジャンルだけど、スケッチブックはそれとはまた違う、独自の空気を自然体で表している作品だと思う。確かにアニメ化はしたけど、別にそれは萌えアニメではなかったし、他作とは一線を画していた。
そんなスケブの最新刊なわけだけど、今回はアニメオリジナルキャラクターだった根岸みなもが漫画に登場するなど、一見するとアニメの影響が現れたかのような印象を受けます。みなも自体は作者である小箱とたんがデザインした娘ですし、著作権のがどこにあるのかは知りませんが、登場している以上は問題ないのでしょう。今では色々有名になった日笠陽子のデビュー作であり、宣伝のためかそれが帯にも記載されてましたが、けいおんを1話も見たことがない私は未だにみなも役で時が止まっているという……あぁ、後デジスタとか。ラジオだけど。
そんなこんなでアニメ色が強いかのように見える7巻だけど、私はまったく別の印象を受けた。全編通しで読んでみて、これはむしろアニメからの脱却を図っていると、そう感じたんです。
いくつかの理由や根拠はありますけど、そもそも小箱とたんはスケブのアニメをそれほど評価してはいなかったんじゃないかなと、前々からそんな風に感じていました。原作者という立場上、よっぽど出来が悪いとかでもない限りアニメを否定するような発言は出来ませんが、言葉の端々から実は思うところがあったんじゃないかと、そんな気がして。
第7巻は中表紙からしてアニメとの違いを見せつけられているようで、中表紙はいつも主人公である梶原空の描き下ろしなんですけど、いつになく活発そうな表情をしているんですよね。なにかに挑むような、少なくとも内向的な感じは欠片もしない、力強さすら感じる姿です。私はスケブでは空が一番好きだから違和感はないんだけど、ちょっとだけ驚いたのは事実です。だって、アニメの控えめな姿とは程遠いんだもの。まるで、本当の空はこういう娘なんだと訴えかけられているようで、それは作中から読み取ることが出来ます。色々ありますが、いくつか項目に分けて紹介してみましょう。
空の友達、美術部以外での人付き合い
まず、7巻の特徴として空のクラスメイトにして友人である、霧島渓と小木高嶺が登場します。渓は以前にモブとして出てきたことがありますけど、基本的には新キャラの女子2人です。アニメ版を見たことがある人は知ってると思うけど、アニメの空は人見知りで人と話すことが苦手な少女です。美術部の同期である麻生夏海や鳥飼葉月などとも、本当の意味で友人となったのは最終話だし、ハッキリ言うと友達というものがいない娘でした。逆に漫画版は口数こそ少ないものの人見知りというほどではなく、どこかふてぶてしさすら感じる性格をしており、内気というよりはのんびりとした性格をしています。良くいえばマイペース、言い方変えれば変わり者です。渓と高嶺はそういった空のことを理解しているのか、美術部で上手くやっているのかを気にかけており、美術部以外の空を知る者として空の違う一面を表す存在となっている。家族である青はともかく、空は作中での交友関係が美術部に限定されがちだったけど、ちゃんとクラスにも友人が普通にいるんだよと、それを示されてる感じがした。少なくともアニメの空は、美術部員以外に友人などいないでしょう。この時点で、漫画とアニメの空に大きな違いがあることが分かります。
みなもから見た美術部員の違い
唐突感のある登場をする根岸みなもですが、作者の小箱とたんは特にタイミングに意味はないといってます。私も登場時期にそれほど意味はないと思うけど、作者がみなもを使って表現しようとしたこと、伝えようとしたことには少々考えこんでしまった。例えば空と再会したとき、空はみなものことを=で、誰だっけ=とすっかり忘れていました。それに対してみなもは「やだなぁ、忘れるほどの時間は経ってないでしょう?」とツッコミます。実際には2年ほど経っているわけですけど、それはともかくとして空は=あぁ、根岸先輩の妹さん=と思い出します。でも、これってちょっとおかしいです。そもそも、アニメで空がみなもと出会ったのは彼女が根岸大地の妹であることが発覚する前ですし、空にとってみなもは違いの分かる、写真好きの中学生でした。根岸先輩の妹というのは後から付いてきた事実であり、空がその設定でみなものことを思い出すというのもおかしな話です。
また、みなもが佐々木樹々と再会したシーンも凄いです。佐々木さんがボケボケキャラだというのは漫画版の常識ですが、それにしたってボケまくりです。思わずみなもが、「このお姉さんは…でも、こんな人だったっけ?」と呆れと一緒に疑問を覚えています。そう、小箱とたんはまさにこれを訴えたかったんじゃないだろうか。みなもはアニメキャラですから、彼女の知っている佐々木さんは当然ながらアニメバージョンです。アニメの佐々木さんというのは原作と同じくギター好きながら、特にボケた風もなく普通になっています。この件について、作者である小箱とたんはアニメのムックであるスケッチブックパーフェクトワークブックにてアニメを見ての感想をヨロシクという質問の答えとしてこのように言っています。
一見すると普通の感想に見えるけど、後半は自分の中にあるイメージと、アニメ版の違いについて触れていることが分かります。空閑木陰の声はともかく、佐々木さんがマトモに見えるというのは、作者の中で佐々木さんがマトモなキャラではないという確かな認識があるからでしょう。故に作者はその違いを表現するために、敢えて佐々木さんをいつも以上にボケさせたのかも知れません。みなもに違和感を抱かせ、アニメと差異があることを印象づけるために。
そしてみなもが美術部から帰るシーン。みなもは空のことをアニメと同じように「お姉さん」と呼び、それに対して空は=空でいーよ=と返します。アニメの空ならまず想像できない気さくっぷりですが、驚くべきはこの次でしょう。空の嬉しい申し出に、「はいっ、それじゃあ空さん」と呼ぶことが出来たみなもですが、そんなみなものことを空は=んじゃね、みなもん=と愛称で呼びました。突然付けられた愛称にみなもはビックリしましたが、私も同じように驚きました。今まで猫に名付けを行うことはあった空ですが、年下とはいえ人にあだ名をつけるようなことはなかったし、そこまでの気軽さを空が持っていたとは思わなかった。そして、アニメ版の空ではまずあり得ないことでしょう。
今になってみなもが登場した理由は不明だけど、私には作者がみなもを使って、アニメとの違いを表現しているように思えてならない。私は根っからの原作好きだから構わないけど、アニメからスケブにはいったという人にはどう映るのか。完全否定ではないにしろ、違いを見せつけられたことには変わりないんだから。
表紙から見るキャラ同士の関係性
表紙に神谷朝霞が来たのはともかく、根岸大地も一緒に載っていたのはちょっとだけ驚いた。別にスケブは萌え4コマではないけど、男の子キャラが表紙に来るのは珍しいように感じたから。まあ、スケブの男子なんて根岸と部長を除けば、青と神谷の兄さんぐらいしかいないんだけど。
神谷と根岸は元々原作でも仲が良い方で、精神年齢が近いのかよく一緒に遊んだり、通学路が同じなのか一緒に帰ったりと、スケブの中では比較的絡みが多い異性コンビです。けれど、それはあくまで原作の話、アニメ版だと、この2人の接点や絡みはあまりありません。その理由として、アニメでの根岸は主に空閑と一緒にいることが多かったからです。この2人は同じクラスということもあって会話するシーンも多く、大体の人間には「さん付け」の空閑が何故か根岸に対してだけは「根岸ちゃん」とちゃん付けで呼ぶこともあって、それなりの中であることが分かります。現に原作初期ではエピソードも多かったし、アニメはそこを多少露骨に押したんですね。元々スケブには恋愛要素とか、カップリング要素的なものはありません。4コマなら特に必要もないのでしょうが、アニメだとそうもいかなかったのでしょう。根岸×空閑というほどではないにせよ、「私は貴方のこと嫌いじゃないわよ」と空閑が言ってしまいぐらいには、2人の関係性は強調されていたような気がします。
じゃあ、その間神谷はなにをしていたのかというと、主に部長と絡んでいました。もっとも、これは別に不自然なことではなく、神谷は原作でも部長に新しい工作を見せたりすることが多く、エピソードも複数存在します。アニメ版はそういう経緯から、美術部員の中で、神谷と最も接する機会が多いのは部長であるとし、根岸は2番目であると記述しています。別にどっちが1番でも私は構わないんだけど、部長との絡みを増やすために、本来なら根岸とのエピソードだった話を部長に置き換えたりと、結構意識的な改変があったのは事実です。
さて、アニメで根岸との恋愛要素を垣間見せた空閑ですが、実はこの娘も根岸と同じぐらい部長と接する機会が多く、この4人って結構複雑な関係です。なにせ、部長と根岸が話すことは多くても、空閑と神谷が話す機会ってあんまりないから。恋愛要素があったアニメ版に対するアンチテーゼではないにせよ、多少なりとも感じるところがあったのかなと、そんなことを考えてしまいます。まあ、そんなこと書きながら7巻で根岸と神谷って絡んでないんですけどね。根岸と空閑なら、2人きりではないにせよ幾つかエピソードあるんですけど。でも、結局のところスケブで恋愛がどうとか、カップリングがどうしたとか語る方がナンセンスだと思うんだよ、私は。
後、これは本当にびっくりしたんだけど、7巻には猫が出てきませんでした。いえ、タマだのニセだのといった三毛猫や、梶原家の飼い猫になった飯盒とかは出てきたんだけど、スケブでお馴染みのミケ、ハー、グレ、クマといった4匹が一切登場しなかったのです。7巻には16話ほど収録されており、4コマ単位で数えると100本は確実に超えるはずですが、それだけあるのに登場しないなんて……一体、なにがあったというのだろうか。まあ、5巻や6巻でこれでもかというぐらい描き下ろしとかあったから、バランス的には丁度いいのかも知れないけど。ミケたちは果たして元気でやっているのだろうか。
さて、ヨスガのアニメが始まってから日記の内容がヨスガばかりになっていたので、たまには違うことを書くことにします。ネタが無いわけじゃないのですが、あんまり偏るのもどうかと思うし、スケブの新刊についてはどうしても触れておきたかったので。
マックガーデンはコミックブレイドで連載されている、小箱とたんのスケッチブック第7巻が発売されました。前巻から1年と少し、アニメから数えると丁度2年ぐらいですか。私が一番好きな4コマ漫画にして、ブレイドで創刊号から連載している最古参になります。あずまんが大王の登場と、その後のらき☆すた、ひだまりスケッチなどによって確立された所謂萌え4コマといわれるジャンルだけど、スケッチブックはそれとはまた違う、独自の空気を自然体で表している作品だと思う。確かにアニメ化はしたけど、別にそれは萌えアニメではなかったし、他作とは一線を画していた。
そんなスケブの最新刊なわけだけど、今回はアニメオリジナルキャラクターだった根岸みなもが漫画に登場するなど、一見するとアニメの影響が現れたかのような印象を受けます。みなも自体は作者である小箱とたんがデザインした娘ですし、著作権のがどこにあるのかは知りませんが、登場している以上は問題ないのでしょう。今では色々有名になった日笠陽子のデビュー作であり、宣伝のためかそれが帯にも記載されてましたが、けいおんを1話も見たことがない私は未だにみなも役で時が止まっているという……あぁ、後デジスタとか。ラジオだけど。
そんなこんなでアニメ色が強いかのように見える7巻だけど、私はまったく別の印象を受けた。全編通しで読んでみて、これはむしろアニメからの脱却を図っていると、そう感じたんです。
いくつかの理由や根拠はありますけど、そもそも小箱とたんはスケブのアニメをそれほど評価してはいなかったんじゃないかなと、前々からそんな風に感じていました。原作者という立場上、よっぽど出来が悪いとかでもない限りアニメを否定するような発言は出来ませんが、言葉の端々から実は思うところがあったんじゃないかと、そんな気がして。
第7巻は中表紙からしてアニメとの違いを見せつけられているようで、中表紙はいつも主人公である梶原空の描き下ろしなんですけど、いつになく活発そうな表情をしているんですよね。なにかに挑むような、少なくとも内向的な感じは欠片もしない、力強さすら感じる姿です。私はスケブでは空が一番好きだから違和感はないんだけど、ちょっとだけ驚いたのは事実です。だって、アニメの控えめな姿とは程遠いんだもの。まるで、本当の空はこういう娘なんだと訴えかけられているようで、それは作中から読み取ることが出来ます。色々ありますが、いくつか項目に分けて紹介してみましょう。
空の友達、美術部以外での人付き合い
まず、7巻の特徴として空のクラスメイトにして友人である、霧島渓と小木高嶺が登場します。渓は以前にモブとして出てきたことがありますけど、基本的には新キャラの女子2人です。アニメ版を見たことがある人は知ってると思うけど、アニメの空は人見知りで人と話すことが苦手な少女です。美術部の同期である麻生夏海や鳥飼葉月などとも、本当の意味で友人となったのは最終話だし、ハッキリ言うと友達というものがいない娘でした。逆に漫画版は口数こそ少ないものの人見知りというほどではなく、どこかふてぶてしさすら感じる性格をしており、内気というよりはのんびりとした性格をしています。良くいえばマイペース、言い方変えれば変わり者です。渓と高嶺はそういった空のことを理解しているのか、美術部で上手くやっているのかを気にかけており、美術部以外の空を知る者として空の違う一面を表す存在となっている。家族である青はともかく、空は作中での交友関係が美術部に限定されがちだったけど、ちゃんとクラスにも友人が普通にいるんだよと、それを示されてる感じがした。少なくともアニメの空は、美術部員以外に友人などいないでしょう。この時点で、漫画とアニメの空に大きな違いがあることが分かります。
みなもから見た美術部員の違い
唐突感のある登場をする根岸みなもですが、作者の小箱とたんは特にタイミングに意味はないといってます。私も登場時期にそれほど意味はないと思うけど、作者がみなもを使って表現しようとしたこと、伝えようとしたことには少々考えこんでしまった。例えば空と再会したとき、空はみなものことを=で、誰だっけ=とすっかり忘れていました。それに対してみなもは「やだなぁ、忘れるほどの時間は経ってないでしょう?」とツッコミます。実際には2年ほど経っているわけですけど、それはともかくとして空は=あぁ、根岸先輩の妹さん=と思い出します。でも、これってちょっとおかしいです。そもそも、アニメで空がみなもと出会ったのは彼女が根岸大地の妹であることが発覚する前ですし、空にとってみなもは違いの分かる、写真好きの中学生でした。根岸先輩の妹というのは後から付いてきた事実であり、空がその設定でみなものことを思い出すというのもおかしな話です。
また、みなもが佐々木樹々と再会したシーンも凄いです。佐々木さんがボケボケキャラだというのは漫画版の常識ですが、それにしたってボケまくりです。思わずみなもが、「このお姉さんは…でも、こんな人だったっけ?」と呆れと一緒に疑問を覚えています。そう、小箱とたんはまさにこれを訴えたかったんじゃないだろうか。みなもはアニメキャラですから、彼女の知っている佐々木さんは当然ながらアニメバージョンです。アニメの佐々木さんというのは原作と同じくギター好きながら、特にボケた風もなく普通になっています。この件について、作者である小箱とたんはアニメのムックであるスケッチブックパーフェクトワークブックにてアニメを見ての感想をヨロシクという質問の答えとしてこのように言っています。
「なんだか不思議な気分で表現しにくいですねー。とりあえず思ったことは『ねこ可愛いー!』とか『背景綺麗ー』とか『空閑先輩って声高かったのかー!?』とか『さっささんがマトモに見える!?』とか。いろいろ楽しませてもらってます」
一見すると普通の感想に見えるけど、後半は自分の中にあるイメージと、アニメ版の違いについて触れていることが分かります。空閑木陰の声はともかく、佐々木さんがマトモに見えるというのは、作者の中で佐々木さんがマトモなキャラではないという確かな認識があるからでしょう。故に作者はその違いを表現するために、敢えて佐々木さんをいつも以上にボケさせたのかも知れません。みなもに違和感を抱かせ、アニメと差異があることを印象づけるために。
そしてみなもが美術部から帰るシーン。みなもは空のことをアニメと同じように「お姉さん」と呼び、それに対して空は=空でいーよ=と返します。アニメの空ならまず想像できない気さくっぷりですが、驚くべきはこの次でしょう。空の嬉しい申し出に、「はいっ、それじゃあ空さん」と呼ぶことが出来たみなもですが、そんなみなものことを空は=んじゃね、みなもん=と愛称で呼びました。突然付けられた愛称にみなもはビックリしましたが、私も同じように驚きました。今まで猫に名付けを行うことはあった空ですが、年下とはいえ人にあだ名をつけるようなことはなかったし、そこまでの気軽さを空が持っていたとは思わなかった。そして、アニメ版の空ではまずあり得ないことでしょう。
今になってみなもが登場した理由は不明だけど、私には作者がみなもを使って、アニメとの違いを表現しているように思えてならない。私は根っからの原作好きだから構わないけど、アニメからスケブにはいったという人にはどう映るのか。完全否定ではないにしろ、違いを見せつけられたことには変わりないんだから。
表紙から見るキャラ同士の関係性
表紙に神谷朝霞が来たのはともかく、根岸大地も一緒に載っていたのはちょっとだけ驚いた。別にスケブは萌え4コマではないけど、男の子キャラが表紙に来るのは珍しいように感じたから。まあ、スケブの男子なんて根岸と部長を除けば、青と神谷の兄さんぐらいしかいないんだけど。
神谷と根岸は元々原作でも仲が良い方で、精神年齢が近いのかよく一緒に遊んだり、通学路が同じなのか一緒に帰ったりと、スケブの中では比較的絡みが多い異性コンビです。けれど、それはあくまで原作の話、アニメ版だと、この2人の接点や絡みはあまりありません。その理由として、アニメでの根岸は主に空閑と一緒にいることが多かったからです。この2人は同じクラスということもあって会話するシーンも多く、大体の人間には「さん付け」の空閑が何故か根岸に対してだけは「根岸ちゃん」とちゃん付けで呼ぶこともあって、それなりの中であることが分かります。現に原作初期ではエピソードも多かったし、アニメはそこを多少露骨に押したんですね。元々スケブには恋愛要素とか、カップリング要素的なものはありません。4コマなら特に必要もないのでしょうが、アニメだとそうもいかなかったのでしょう。根岸×空閑というほどではないにせよ、「私は貴方のこと嫌いじゃないわよ」と空閑が言ってしまいぐらいには、2人の関係性は強調されていたような気がします。
じゃあ、その間神谷はなにをしていたのかというと、主に部長と絡んでいました。もっとも、これは別に不自然なことではなく、神谷は原作でも部長に新しい工作を見せたりすることが多く、エピソードも複数存在します。アニメ版はそういう経緯から、美術部員の中で、神谷と最も接する機会が多いのは部長であるとし、根岸は2番目であると記述しています。別にどっちが1番でも私は構わないんだけど、部長との絡みを増やすために、本来なら根岸とのエピソードだった話を部長に置き換えたりと、結構意識的な改変があったのは事実です。
さて、アニメで根岸との恋愛要素を垣間見せた空閑ですが、実はこの娘も根岸と同じぐらい部長と接する機会が多く、この4人って結構複雑な関係です。なにせ、部長と根岸が話すことは多くても、空閑と神谷が話す機会ってあんまりないから。恋愛要素があったアニメ版に対するアンチテーゼではないにせよ、多少なりとも感じるところがあったのかなと、そんなことを考えてしまいます。まあ、そんなこと書きながら7巻で根岸と神谷って絡んでないんですけどね。根岸と空閑なら、2人きりではないにせよ幾つかエピソードあるんですけど。でも、結局のところスケブで恋愛がどうとか、カップリングがどうしたとか語る方がナンセンスだと思うんだよ、私は。
後、これは本当にびっくりしたんだけど、7巻には猫が出てきませんでした。いえ、タマだのニセだのといった三毛猫や、梶原家の飼い猫になった飯盒とかは出てきたんだけど、スケブでお馴染みのミケ、ハー、グレ、クマといった4匹が一切登場しなかったのです。7巻には16話ほど収録されており、4コマ単位で数えると100本は確実に超えるはずですが、それだけあるのに登場しないなんて……一体、なにがあったというのだろうか。まあ、5巻や6巻でこれでもかというぐらい描き下ろしとかあったから、バランス的には丁度いいのかも知れないけど。ミケたちは果たして元気でやっているのだろうか。
書けないペンは剣にも劣る
2010年9月23日 アニメ・マンガ今週の土日、9月25日と9月26日に奥木染へ行くことになりました。丁度、隣県に親友が住んでいるので彼を巻き込み1泊2日の小旅行と洒落込みます。25日は雨みたいなので、実際に聖地へと足を運ぶのは26日になるのかな? まあ、その辺りは当日の天候にもよるんでしょうけど、なんとかアニメ放送前に間に合わすことが出来ました。金銭的にキツイ時期ではあるんですが、旅行となれば話は別だし、貯金を少し切り崩しての遠征になります。遠出嫌いの私にしては珍しいけど、たまにはこういうのもありでしょう。
奥木染、正式には栃木県足利市の樺崎町ですが、予定としては町を隈無く見て回ろうかなと。メインは樺崎八幡宮だけど、周辺の道とか商店とか、可能であれば家並みなんかも見ておきたいし。一応、昼頃には足利へ着くんだけど、ホテルのチェックイン自体は16時に設定してあるから、時間は十分にあります。勿論、前述の通り天候次第で色々変更は出てくるかも知れませんが、登場人物の家々ぐらいは確認しておかないとね。最低でも予告ムービーに出ていたスーパーぐらいは特定して帰らないと。
まあ、放送後は地元民に任せますけど、遠征する以上はなにかしらの収穫が欲しいというのが本音ですかね。物見遊山に行くといっても遊べる場所があるわけでもないし、そういうのを求めているわけでもないですから。
わざわざ1泊するほどのことか言われそうだけど、あくせくするのが好きじゃないんですよね。横浜からだと足利まで3時間ぐらい掛かるんだけど、往復6時間ということを考えればあまり現地に長居出来そうもないですし、朝っぱらに出掛けてのんびり見て回ることも出来ないならいっそ泊まった方が良いかなって。ビジネスホテルなら1万円未満だし、まあ、食事には少し拘る予定ですけど、それでも総額で2~3万使うってことはないだろうから。翌日は時間があれば宇都宮にでも足を伸ばしてみようと思ってるし、聖地巡礼以外にも観光はする予定だしね。次の日は仕事だから疲れとかは引きずっていられないんだけど、気軽に行ってきますよ。私に聖地の写真とかくれた人も、是非自分の目で見てくることをお勧めしますと言ってくれたし、探し当てた張本人は一度も行ったことがありませんってのも、なんか微妙だしね。VFBを片手に荷物の準備を始めないと。
話は変わって種について。福田監督のTwitter関連で私のアカウントからこの日記へ飛んでくる人が増えたことは前にも書いたと思うけど、本当なら先週の段階でもう一度種について色々と書く予定でした。私が書いたカガリファンについての分析論もどきに思いのほか反響があって、まあ、メールも何通か頂いたわけですよ。丁度、ネットの回線工事をやっていた関係で読みはしても返信は出せず、また、その必要もないかなと思って放置していました。なにか書くにしても、日記に書けばいいと思ってましたし。メールの内容自体は理解に苦しむものもあれば、なかなか興味深いことを書いているものもあったんだけど、個人から届いたものをここに転載するわけにもいかないし、とりあえずは私の胸の中にしまっておくことにします。
それで種日記に関してですが、身内や悲恋堂の店主、それに気を利かせてくれたらしい人からのメールで辞めた方が良いという意見が来たので、当面は様子見です。雌虎の尾を自分から踏みに行って、あなたはマゾなんですかと悲恋堂の店主には言われたけど、別に私は面白がってあれを書いたわけじゃないし、こういう反応があること自体は覚悟もしてました。多少、感情に身を任せてしまったとは思っているし、すべてのカガリファンがああいうのでないとも思うけど、間違ったことを書いたつもりはないので。
監督も疲れ果てたのか、最近は種の話題を出すことが少なくなりましたね。あれだけの突撃を食らえばさすがに疲れもするだろうけど、やっと落ち着いてきた感じかな。カガリファンは自分たちに都合の良い部分だけを切り取って、それを後生大事にする勢いだけど、これだけで満足はしないんだろうな。意地でもアスカガが公式であることにしたいらしいし、アスラン風に言うならそれが俺たちの戦いということになるんだろうか。
カガリファンもアスカガは本編より同人とか言うぐらいなら、二次創作で我慢すればいいのにね。心に余裕もゆとりもないから、公式という肩書きに拘るんですよ。それがあれば安心できるし、アスメイ派その他を一掃することも可能だから。彼女たちはアスカガこそが鉄板と言ってるけど、その割にはちょっとやそっとのことで揺らぎ過ぎじゃないですかね? 鉄板の割には固くないというか、全然ドーンと構えてないよね。そりゃ、種の頃には鉄板だったのかも知れないけど、種死が終わる頃には鉄板もボコボコのベコベコ、へこみや錆びで大変なことになってるんじゃないだろうか。それを鉄板だと言い張るのは、まあ、彼女たちの自由だけどさ。
メイリン・ホークの可能性について、解釈は人それぞれと監督が言っていたので私も少し考えてみる。そもそも、アスランとカガリは本当に付き合っていたかも怪しい関係だし、例え付き合っていたのだとしても別にメイリンが原因で別れたわけじゃない。2人の関係性自体、彼女は知らなかったわけだしね。女難だなんだと言われているアスランだけど、じゃあ、彼が周囲にいた女性たちとなにかしたのか、なにかあったのかと言えば、これといってそういうこともありませんでした。精々、ミーアによる夜這いと添い寝があった程度で、これといった進展はなにもなく、最終的にその女性たちは殆どがアスランの前から姿を消しました。
元婚約者であるラクス・クラインはキラと共にあり、アスランにアプローチを掛けていたルナマリア・ホークはシンの手を取った。凶弾に倒れたミーア・キャンベルと、オーブという国のために夢は同じでも歩む道を変えたカガリ・ユラ・アスハ。アスランの周囲にいた女性はみんな彼の周りから、ミーアを除いて自分の意思で離れているわけです。そして、最後に彼の傍に残ったがメイリン・ホークであり、彼女はアスランと共に歩むことが可能だった。だからこそ、メイリンはアスランにとっての可能性だし、石田彰が言っていたようにアスランの傍に一緒にいて、小さな幸せの芽を育むことが出来るかも知れない存在というわけです。
続編があるのならその辺も語られるかも分かりませんが、現状は監督も言っているように可能性の一つ。それが大きいのか小さいのか、育つのかどうかも不明。すべては今後の話です。
思いのほか色々書いてしまったけど、やっぱりもう一度だけじっくりと語りたいですね。結局は解釈と妄想の話であって、先日触れたナデシコそうだけど、続編がない以上はファンが自分で補完していくしかないんですよ。監督に突撃して詳細を訊きたいという気持ちは判らないでもないし、語ろうと思えば監督だって語れるんだろうけど、それが本当に面白いのか、それで本当に納得できるのかと言えば、そんなこともないわけで。まあ、そろそろ種関連の騒動も収束してきたとは思うし、機会があれば私もまたなにか書いてみます。
奥木染、正式には栃木県足利市の樺崎町ですが、予定としては町を隈無く見て回ろうかなと。メインは樺崎八幡宮だけど、周辺の道とか商店とか、可能であれば家並みなんかも見ておきたいし。一応、昼頃には足利へ着くんだけど、ホテルのチェックイン自体は16時に設定してあるから、時間は十分にあります。勿論、前述の通り天候次第で色々変更は出てくるかも知れませんが、登場人物の家々ぐらいは確認しておかないとね。最低でも予告ムービーに出ていたスーパーぐらいは特定して帰らないと。
まあ、放送後は地元民に任せますけど、遠征する以上はなにかしらの収穫が欲しいというのが本音ですかね。物見遊山に行くといっても遊べる場所があるわけでもないし、そういうのを求めているわけでもないですから。
わざわざ1泊するほどのことか言われそうだけど、あくせくするのが好きじゃないんですよね。横浜からだと足利まで3時間ぐらい掛かるんだけど、往復6時間ということを考えればあまり現地に長居出来そうもないですし、朝っぱらに出掛けてのんびり見て回ることも出来ないならいっそ泊まった方が良いかなって。ビジネスホテルなら1万円未満だし、まあ、食事には少し拘る予定ですけど、それでも総額で2~3万使うってことはないだろうから。翌日は時間があれば宇都宮にでも足を伸ばしてみようと思ってるし、聖地巡礼以外にも観光はする予定だしね。次の日は仕事だから疲れとかは引きずっていられないんだけど、気軽に行ってきますよ。私に聖地の写真とかくれた人も、是非自分の目で見てくることをお勧めしますと言ってくれたし、探し当てた張本人は一度も行ったことがありませんってのも、なんか微妙だしね。VFBを片手に荷物の準備を始めないと。
話は変わって種について。福田監督のTwitter関連で私のアカウントからこの日記へ飛んでくる人が増えたことは前にも書いたと思うけど、本当なら先週の段階でもう一度種について色々と書く予定でした。私が書いたカガリファンについての分析論もどきに思いのほか反響があって、まあ、メールも何通か頂いたわけですよ。丁度、ネットの回線工事をやっていた関係で読みはしても返信は出せず、また、その必要もないかなと思って放置していました。なにか書くにしても、日記に書けばいいと思ってましたし。メールの内容自体は理解に苦しむものもあれば、なかなか興味深いことを書いているものもあったんだけど、個人から届いたものをここに転載するわけにもいかないし、とりあえずは私の胸の中にしまっておくことにします。
それで種日記に関してですが、身内や悲恋堂の店主、それに気を利かせてくれたらしい人からのメールで辞めた方が良いという意見が来たので、当面は様子見です。雌虎の尾を自分から踏みに行って、あなたはマゾなんですかと悲恋堂の店主には言われたけど、別に私は面白がってあれを書いたわけじゃないし、こういう反応があること自体は覚悟もしてました。多少、感情に身を任せてしまったとは思っているし、すべてのカガリファンがああいうのでないとも思うけど、間違ったことを書いたつもりはないので。
監督も疲れ果てたのか、最近は種の話題を出すことが少なくなりましたね。あれだけの突撃を食らえばさすがに疲れもするだろうけど、やっと落ち着いてきた感じかな。カガリファンは自分たちに都合の良い部分だけを切り取って、それを後生大事にする勢いだけど、これだけで満足はしないんだろうな。意地でもアスカガが公式であることにしたいらしいし、アスラン風に言うならそれが俺たちの戦いということになるんだろうか。
カガリファンもアスカガは本編より同人とか言うぐらいなら、二次創作で我慢すればいいのにね。心に余裕もゆとりもないから、公式という肩書きに拘るんですよ。それがあれば安心できるし、アスメイ派その他を一掃することも可能だから。彼女たちはアスカガこそが鉄板と言ってるけど、その割にはちょっとやそっとのことで揺らぎ過ぎじゃないですかね? 鉄板の割には固くないというか、全然ドーンと構えてないよね。そりゃ、種の頃には鉄板だったのかも知れないけど、種死が終わる頃には鉄板もボコボコのベコベコ、へこみや錆びで大変なことになってるんじゃないだろうか。それを鉄板だと言い張るのは、まあ、彼女たちの自由だけどさ。
メイリン・ホークの可能性について、解釈は人それぞれと監督が言っていたので私も少し考えてみる。そもそも、アスランとカガリは本当に付き合っていたかも怪しい関係だし、例え付き合っていたのだとしても別にメイリンが原因で別れたわけじゃない。2人の関係性自体、彼女は知らなかったわけだしね。女難だなんだと言われているアスランだけど、じゃあ、彼が周囲にいた女性たちとなにかしたのか、なにかあったのかと言えば、これといってそういうこともありませんでした。精々、ミーアによる夜這いと添い寝があった程度で、これといった進展はなにもなく、最終的にその女性たちは殆どがアスランの前から姿を消しました。
元婚約者であるラクス・クラインはキラと共にあり、アスランにアプローチを掛けていたルナマリア・ホークはシンの手を取った。凶弾に倒れたミーア・キャンベルと、オーブという国のために夢は同じでも歩む道を変えたカガリ・ユラ・アスハ。アスランの周囲にいた女性はみんな彼の周りから、ミーアを除いて自分の意思で離れているわけです。そして、最後に彼の傍に残ったがメイリン・ホークであり、彼女はアスランと共に歩むことが可能だった。だからこそ、メイリンはアスランにとっての可能性だし、石田彰が言っていたようにアスランの傍に一緒にいて、小さな幸せの芽を育むことが出来るかも知れない存在というわけです。
続編があるのならその辺も語られるかも分かりませんが、現状は監督も言っているように可能性の一つ。それが大きいのか小さいのか、育つのかどうかも不明。すべては今後の話です。
思いのほか色々書いてしまったけど、やっぱりもう一度だけじっくりと語りたいですね。結局は解釈と妄想の話であって、先日触れたナデシコそうだけど、続編がない以上はファンが自分で補完していくしかないんですよ。監督に突撃して詳細を訊きたいという気持ちは判らないでもないし、語ろうと思えば監督だって語れるんだろうけど、それが本当に面白いのか、それで本当に納得できるのかと言えば、そんなこともないわけで。まあ、そろそろ種関連の騒動も収束してきたとは思うし、機会があれば私もまたなにか書いてみます。
祝福の鐘を鳴らしながら
2010年9月22日 アニメ・マンガ遂に日記のレビュー機能が一時停止されちゃいました。鯖の不安定さもそうだけど、そんなに不具合が酷いんですかね。これでレビュー機能の縮小や切り捨てが行われたら、いよいよ本気で引っ越しを考えなければいけなくなるけど、出来ることなら問題ある部分の改善と強化をして貰いたい。ちょっと前の日記にも書いたけど、やっぱり愛着もありますし、気分的に引っ越したいわけでもないですからね。探してはいるけど、良い日記サイトがあるわけでもないし。
祝福のカンパネラとキスシスのBD買ってきたんですけど、カンパネラは箱がデカイですね。ゲマ屋の横浜店で買いましたけど、売れたのか、それとも予約の私以外に入荷していないのか、店頭には一つも置いていなかった。別の用事で行ったアニメイト横浜店にもなかったな。まあ、こんなのいくつも入荷したって邪魔なだけだしね。エロゲの箱よりデカイだもん。特典が抱き枕なのはキスシスも同じだけど、こちらは全巻収納BOXが付いてきたから、そこに一緒に入っている感じ。
キスシスのゲマ屋特典は良く分からないポスター見たいのが付いてきたけど、特にどうという絵柄でもないし、色気やエロが前面に押し出されてるようにも思えない。あるいは私の感覚が麻痺しているだけの可能性もあるけど、これのために買ったというには少々魅力に欠けているような気がする。いや、これのため買った分けじゃないけどさ。
まだ観てないから最終巻について書くことはなにもないけど、とりあえずBOXに全巻入れてみた。でも、そうすると例のパンツ型クリーナーと抱き枕の置き場に困るんだよな。元々巻数が少ない作品なんだし、特典も収納できるように作ってくれればいいのに。私がBD版カッタの把握までリバーシブルジャケットのためだから、クリーナーについては置き場に困ってます。捨てるのは、それはそれで勿体ない気もするし。
ただ、最終巻はジャケットにやや不満がある。目の描き方が今までで一番悪いというか、どうにも私の好みに合わない。抱き枕に関しては原作者ファンですから良い感じだと思うんだけど、まあ、生地についてはなにも言うまい。所詮はBDの特典物だ。
カンパネラについては、考えてみればキスシスより話数も特典も少ないのに値段だけは高いですね。箱代なのかも知れないけど、最近のMMVはエロゲみたいな商法を使ってくるから面倒くさい。元がエロゲ原作なんだから間違ってはいないんだろうけど、正直高すぎると思う。だったらAT-Xショップで買えよという話だが、箱の大きさが変わるわけでもないしね。これって後に全巻収納BOXとか出たら、抱き枕を入れても余りあるこの箱はどうすれば良いんだろう。
作画が修正されているのかは見比べてないので分からないけど、映像自体は綺麗ですね。BDというのもあるんだろうけど、カンパネラは基本的に色が鮮やかな作品だから、多分私はそこに惹かれたんだろうな。1話と2話は何回も観てるから、今さら発見とかはないものの、最初からアニエスルートを暗示していたのかも知れないと、1話のアニエスを観ながら考えてみる。ミネットとアニエスという混ぜやすいルートでアニメ版は構成されてるけど、可も不可もなく終わった作品だと思います。DVDやBDが売れるかは分かりませんが、なんかそんなに数作ってないんじゃないかという気がしてきた。売れそうな分をコンスタントに作っているというか、MMVはそこら辺を理解していそうなイメージがある。どちらせよ売れなかったところで2期が作られる作品ってわけでもないんだから、別に良いんだけどさ。FDは出るけど、ういんどみるのFDはエロしかないからアニメ化も出来ないし。
そういや、特典映像の3Dですけど、私のテレビは3Dではないから2Dの方で観てみました。これ、3D機能が付いているので観ると飛び出したりするんでしょうか?? イマイチ、その辺りを理解していない私。私は元々も、こういう感じのキャラや映像が好きじゃないので、なんていうかハッキリいってしまうと微妙だったんだけど、特にエロい感じもしなかったな。これがカリーナさんじゃなくて、アニエスとかだったらまた違うのかも知れないけど、別に普通のアニメ映像でも良かったんではないだろうか。ほら、かのこんの特典みたいな奴。それだったらエロの表現も少しはやりようがあったのではないかと。
ゲマ屋にはカンパネラとキスシスの予約引き取りで行っただけだったんだけど、なんかエロゲのセールやっててさ。ちょっと前のがなんと500円から2000円。まあ、どうせ売れ残りだし大した作品なんてないだろうと思ってたら、丁度1000円で面白いのが出ていてさ。2本合って、悩んだ末に1本だけ買ってしまいました。私としては珍しいチョイスなんだが、前々から興味はあったという作品。ただ、ここに書くにはちょっと適さない作品なので知りたい人は直接訊いてください。引いても知らないけど。
祝福のカンパネラとキスシスのBD買ってきたんですけど、カンパネラは箱がデカイですね。ゲマ屋の横浜店で買いましたけど、売れたのか、それとも予約の私以外に入荷していないのか、店頭には一つも置いていなかった。別の用事で行ったアニメイト横浜店にもなかったな。まあ、こんなのいくつも入荷したって邪魔なだけだしね。エロゲの箱よりデカイだもん。特典が抱き枕なのはキスシスも同じだけど、こちらは全巻収納BOXが付いてきたから、そこに一緒に入っている感じ。
キスシスのゲマ屋特典は良く分からないポスター見たいのが付いてきたけど、特にどうという絵柄でもないし、色気やエロが前面に押し出されてるようにも思えない。あるいは私の感覚が麻痺しているだけの可能性もあるけど、これのために買ったというには少々魅力に欠けているような気がする。いや、これのため買った分けじゃないけどさ。
まだ観てないから最終巻について書くことはなにもないけど、とりあえずBOXに全巻入れてみた。でも、そうすると例のパンツ型クリーナーと抱き枕の置き場に困るんだよな。元々巻数が少ない作品なんだし、特典も収納できるように作ってくれればいいのに。私がBD版カッタの把握までリバーシブルジャケットのためだから、クリーナーについては置き場に困ってます。捨てるのは、それはそれで勿体ない気もするし。
ただ、最終巻はジャケットにやや不満がある。目の描き方が今までで一番悪いというか、どうにも私の好みに合わない。抱き枕に関しては原作者ファンですから良い感じだと思うんだけど、まあ、生地についてはなにも言うまい。所詮はBDの特典物だ。
カンパネラについては、考えてみればキスシスより話数も特典も少ないのに値段だけは高いですね。箱代なのかも知れないけど、最近のMMVはエロゲみたいな商法を使ってくるから面倒くさい。元がエロゲ原作なんだから間違ってはいないんだろうけど、正直高すぎると思う。だったらAT-Xショップで買えよという話だが、箱の大きさが変わるわけでもないしね。これって後に全巻収納BOXとか出たら、抱き枕を入れても余りあるこの箱はどうすれば良いんだろう。
作画が修正されているのかは見比べてないので分からないけど、映像自体は綺麗ですね。BDというのもあるんだろうけど、カンパネラは基本的に色が鮮やかな作品だから、多分私はそこに惹かれたんだろうな。1話と2話は何回も観てるから、今さら発見とかはないものの、最初からアニエスルートを暗示していたのかも知れないと、1話のアニエスを観ながら考えてみる。ミネットとアニエスという混ぜやすいルートでアニメ版は構成されてるけど、可も不可もなく終わった作品だと思います。DVDやBDが売れるかは分かりませんが、なんかそんなに数作ってないんじゃないかという気がしてきた。売れそうな分をコンスタントに作っているというか、MMVはそこら辺を理解していそうなイメージがある。どちらせよ売れなかったところで2期が作られる作品ってわけでもないんだから、別に良いんだけどさ。FDは出るけど、ういんどみるのFDはエロしかないからアニメ化も出来ないし。
そういや、特典映像の3Dですけど、私のテレビは3Dではないから2Dの方で観てみました。これ、3D機能が付いているので観ると飛び出したりするんでしょうか?? イマイチ、その辺りを理解していない私。私は元々も、こういう感じのキャラや映像が好きじゃないので、なんていうかハッキリいってしまうと微妙だったんだけど、特にエロい感じもしなかったな。これがカリーナさんじゃなくて、アニエスとかだったらまた違うのかも知れないけど、別に普通のアニメ映像でも良かったんではないだろうか。ほら、かのこんの特典みたいな奴。それだったらエロの表現も少しはやりようがあったのではないかと。
ゲマ屋にはカンパネラとキスシスの予約引き取りで行っただけだったんだけど、なんかエロゲのセールやっててさ。ちょっと前のがなんと500円から2000円。まあ、どうせ売れ残りだし大した作品なんてないだろうと思ってたら、丁度1000円で面白いのが出ていてさ。2本合って、悩んだ末に1本だけ買ってしまいました。私としては珍しいチョイスなんだが、前々から興味はあったという作品。ただ、ここに書くにはちょっと適さない作品なので知りたい人は直接訊いてください。引いても知らないけど。
佐藤竜雄がTwitterで、機動戦艦ナデシコについて語っていました。ナデシコも10年以上前の作品になってしまいましたが、映画化もされた作品だけ合って話題に出すだけで盛り上がりますよね。私は今も昔もスタチャっ子ですから、放送当時からナデシコについては知っていましたけど、実は思い入れが強いのは映画版の方だったりします。公開時に、スレイヤーズのついでに観たとき、その凄まじさに圧倒された覚えがあります。
結局、ナデシコという作品は映画版があったからこそなんじゃないかと思う。当時のアニメ界というのは全体的にエヴァを引きずっているところがあって、スタチャはガイナックスと一緒にそのエヴァを作ったところだったから、ナデシコまたエヴァの影響を受けた作品と思われることが多かった。ホシノ・ルリという所謂綾波系と言われるキャラクターのジャンルが確立されたのも、この辺りからだったしね。まあ、私はルリと綾波にはかなりキャラクターとしての差があると考えてるんだけど、企画段階からの変更を考えると多少の意識はあったのかも知れないと思う。
今でもエヴァ→ナデシコを一種の流れとして認識している人は沢山いるけど、それに対する佐藤竜雄の言葉は否定。企画段階において、エヴァという作品についていくことが出来なかったライトなアニメファン向けに作られたのがナデシコだという。確かに、エヴァは凄い作品ではあったけど、気楽にアニメを観たいという人にはやや敷居の高かった。私はアレにリアリティや現実味があるとか、哲学や心理学がどうのとか言う人を未だに理解出来ないけど、そうやって小難しく考えてる人が多かったんですよ。気軽さがないんだよね。
それに引き替えナデシコは、まあ、設定こそ膨大だったにせよ基本的にノリはギャグだったし、ライトなファン向けに作ったというのは納得がいく話です。女性から批判が多かったというキャラクター造形も、分かりやすい話を作る上では必要なことであり、そもそも女向けに作ったわけではないのだから、突き放すように言えば男のオタクが満足できればそれで良かったんではないかなと。結果的に、それで成功したわけだしね。
ただ、放送当時の評価が微妙だったというのは分かりますよ。私はあの頃のオタクとしては珍しく、エヴァが好きじゃない、興味ない、数話しか観たことがないという人間だったので肩の力を抜いて観ることの出来るナデシコを面白いと思ってはいましたが、心の底から熱中していたのかと言われると、首を傾げざるを得ない。O月Pは映画版のナデシコにシリアスな部分を望んだそうで、私もそれについては同意します。テレビ版が悪かったとは言わないけど、最後までギャグ系のノリだったことに首を傾げたこともあったから。
ナデシコという作品の大きな特徴として、ネット上でのSSが爆発的に流行したことが上げられると思います。90年代末期から00年代初頭というのはネットが普及し、全盛期と言われ始めていた頃であり、俗にいうWebでの二次創作活動というものが活発化し始めていた時期でもあったのです。今のように音楽や映像と言ったものはなかったけど、イラストや文章はある程度の知識と技術があれば誰でも個人HPや投降サイトなどに投下できるようになって、今も現存していますがナデシコはその手のSS投降サイトが結構多かったんですよ。その設定の豊富さやキャラの魅力に惹き込まれた人が沢山いたんでしょうかね、SSのジャンルとしてナデシコ以上に流行ったものは、後にも先にも存在しないでしょう。
だって、SSで流行した設定、例えばアキトとラピスの関係などが公式のものと誤解されて、それについての注釈がウィキペディアとかに書かれちゃうぐらいですからね。SSそれ自体に特定のジャンル、逆行モノというのが存在し、そこに至るまでの過程がパターン化されたのも、ボソン・ジャンプという特殊な設定を持つナデシコならではじゃないだろうか。
ちなみに誤解されているアキトとラピスの設定というのは、この2人が五感をリンクさせていると言うこと。これはラピスの役割が五感を失ったアキトのサポートであることと、監督だかのラピスがいればアキトはラーメンを作れるかもしれないという発言が根拠になってるんだけど、なにせ設定や情報があまり語られなかったキャラですからね。推測は出来ても、結論づけることが出来ないんですよ。おそらくそれに近い形ではあると思うんだけど、私はどちらかというと禁書の一方通行と妹たちの関係に近いんじゃないかなと思う。五感を失ったアキトをラピスがサポートするとして、ルリと同じく電子の妖精である彼女に出来ることといえば、その演算能力で身体的な部分を補うことではないだろうかと、そう考えていまして。感覚補助って奴ですね。
私は物書きだけど、何故かナデシコのSSには手を出したことがないんだよね。それなりにグッズや書籍も持っているものの、なんか世の中に溢れかえっているSS読むだけで良いかなと。中二病全快な作品ばっかりだけど、まあ、それも文化だよ。オリキャラ前提の風潮が多いのに私は眉を顰めないでもないけど、放送から10年経って未だに作品が書き続けられるのは凄いことだと思うし。
ナデシコは続編の制作が不可能になったと明言されていますけど、続編と言っても映画版の次が出るとは限りません。映画の次はDCで出たゲームになりますし、それ以降に話を膨らませることは、やろうと思えば出来るのかも知れないけど、ちょっと無理があると思う。いきなり古代火星人が襲来して大戦争とか、そういう超展開をやるならまだしも、地球と木星、その裏で暗躍していたテロリストも一応劇場版とゲームで一掃されたわけだし、これ以上なにを続けるのって話で。
だから、続編を作るのならテレビ版の延長線にある、例えば空白の3年間とか、ノベライズで語られた部分と、語られなかった部分の映像化が一番良いんじゃないだろうか。アキトとユリカが死ぬまでを1クールぐらいで書いて、残りでルリがサブロウタに出会って軍に復帰するまでと、アキトが救出されラピスを助け、復讐者としての道を歩み続ける姿を描くとかさ。
私の個人的趣味で言うと、一番好きなキャラはルリルリですが、カップリングならアキト×ラピスです。SSによって作られたラピス像が絶対的に正しいとは思っていないけど、私は後から出てきた少女というのに弱いのでね。スパロボじゃあるまいし、アキトが表舞台に戻ってくることはないんだから、このままラピスと、どこまでも戦い続けるのが良いのですよ。光ある場所へ戻るには、彼は少し人を殺しすぎたから。
思っていた以上に長文になってしまいましたが、この程度の思い入れはあるってことなのかな。世間の評判がどうであれ、私にとっての大切な作品であることには変わりありませんし、色々な意味で続編を望んでいることに違いはない。
結局、ナデシコという作品は映画版があったからこそなんじゃないかと思う。当時のアニメ界というのは全体的にエヴァを引きずっているところがあって、スタチャはガイナックスと一緒にそのエヴァを作ったところだったから、ナデシコまたエヴァの影響を受けた作品と思われることが多かった。ホシノ・ルリという所謂綾波系と言われるキャラクターのジャンルが確立されたのも、この辺りからだったしね。まあ、私はルリと綾波にはかなりキャラクターとしての差があると考えてるんだけど、企画段階からの変更を考えると多少の意識はあったのかも知れないと思う。
今でもエヴァ→ナデシコを一種の流れとして認識している人は沢山いるけど、それに対する佐藤竜雄の言葉は否定。企画段階において、エヴァという作品についていくことが出来なかったライトなアニメファン向けに作られたのがナデシコだという。確かに、エヴァは凄い作品ではあったけど、気楽にアニメを観たいという人にはやや敷居の高かった。私はアレにリアリティや現実味があるとか、哲学や心理学がどうのとか言う人を未だに理解出来ないけど、そうやって小難しく考えてる人が多かったんですよ。気軽さがないんだよね。
それに引き替えナデシコは、まあ、設定こそ膨大だったにせよ基本的にノリはギャグだったし、ライトなファン向けに作ったというのは納得がいく話です。女性から批判が多かったというキャラクター造形も、分かりやすい話を作る上では必要なことであり、そもそも女向けに作ったわけではないのだから、突き放すように言えば男のオタクが満足できればそれで良かったんではないかなと。結果的に、それで成功したわけだしね。
ただ、放送当時の評価が微妙だったというのは分かりますよ。私はあの頃のオタクとしては珍しく、エヴァが好きじゃない、興味ない、数話しか観たことがないという人間だったので肩の力を抜いて観ることの出来るナデシコを面白いと思ってはいましたが、心の底から熱中していたのかと言われると、首を傾げざるを得ない。O月Pは映画版のナデシコにシリアスな部分を望んだそうで、私もそれについては同意します。テレビ版が悪かったとは言わないけど、最後までギャグ系のノリだったことに首を傾げたこともあったから。
ナデシコという作品の大きな特徴として、ネット上でのSSが爆発的に流行したことが上げられると思います。90年代末期から00年代初頭というのはネットが普及し、全盛期と言われ始めていた頃であり、俗にいうWebでの二次創作活動というものが活発化し始めていた時期でもあったのです。今のように音楽や映像と言ったものはなかったけど、イラストや文章はある程度の知識と技術があれば誰でも個人HPや投降サイトなどに投下できるようになって、今も現存していますがナデシコはその手のSS投降サイトが結構多かったんですよ。その設定の豊富さやキャラの魅力に惹き込まれた人が沢山いたんでしょうかね、SSのジャンルとしてナデシコ以上に流行ったものは、後にも先にも存在しないでしょう。
だって、SSで流行した設定、例えばアキトとラピスの関係などが公式のものと誤解されて、それについての注釈がウィキペディアとかに書かれちゃうぐらいですからね。SSそれ自体に特定のジャンル、逆行モノというのが存在し、そこに至るまでの過程がパターン化されたのも、ボソン・ジャンプという特殊な設定を持つナデシコならではじゃないだろうか。
ちなみに誤解されているアキトとラピスの設定というのは、この2人が五感をリンクさせていると言うこと。これはラピスの役割が五感を失ったアキトのサポートであることと、監督だかのラピスがいればアキトはラーメンを作れるかもしれないという発言が根拠になってるんだけど、なにせ設定や情報があまり語られなかったキャラですからね。推測は出来ても、結論づけることが出来ないんですよ。おそらくそれに近い形ではあると思うんだけど、私はどちらかというと禁書の一方通行と妹たちの関係に近いんじゃないかなと思う。五感を失ったアキトをラピスがサポートするとして、ルリと同じく電子の妖精である彼女に出来ることといえば、その演算能力で身体的な部分を補うことではないだろうかと、そう考えていまして。感覚補助って奴ですね。
私は物書きだけど、何故かナデシコのSSには手を出したことがないんだよね。それなりにグッズや書籍も持っているものの、なんか世の中に溢れかえっているSS読むだけで良いかなと。中二病全快な作品ばっかりだけど、まあ、それも文化だよ。オリキャラ前提の風潮が多いのに私は眉を顰めないでもないけど、放送から10年経って未だに作品が書き続けられるのは凄いことだと思うし。
ナデシコは続編の制作が不可能になったと明言されていますけど、続編と言っても映画版の次が出るとは限りません。映画の次はDCで出たゲームになりますし、それ以降に話を膨らませることは、やろうと思えば出来るのかも知れないけど、ちょっと無理があると思う。いきなり古代火星人が襲来して大戦争とか、そういう超展開をやるならまだしも、地球と木星、その裏で暗躍していたテロリストも一応劇場版とゲームで一掃されたわけだし、これ以上なにを続けるのって話で。
だから、続編を作るのならテレビ版の延長線にある、例えば空白の3年間とか、ノベライズで語られた部分と、語られなかった部分の映像化が一番良いんじゃないだろうか。アキトとユリカが死ぬまでを1クールぐらいで書いて、残りでルリがサブロウタに出会って軍に復帰するまでと、アキトが救出されラピスを助け、復讐者としての道を歩み続ける姿を描くとかさ。
私の個人的趣味で言うと、一番好きなキャラはルリルリですが、カップリングならアキト×ラピスです。SSによって作られたラピス像が絶対的に正しいとは思っていないけど、私は後から出てきた少女というのに弱いのでね。スパロボじゃあるまいし、アキトが表舞台に戻ってくることはないんだから、このままラピスと、どこまでも戦い続けるのが良いのですよ。光ある場所へ戻るには、彼は少し人を殺しすぎたから。
思っていた以上に長文になってしまいましたが、この程度の思い入れはあるってことなのかな。世間の評判がどうであれ、私にとっての大切な作品であることには変わりありませんし、色々な意味で続編を望んでいることに違いはない。
そこに山はないけれど
2010年9月20日 アニメ・マンガAT-Xであかね色に染まる坂のOVAを見たんですけど、COBRA THE ANIMATIONの後に見るような番組じゃないですね。あかね色はアニメ版自体、あまりの内容に視聴を途中で止めてしまったんですが、それにしたって酷い出来ですね。中身がないのは元からだけど、サービスシーンを基本としたOVAなのに作画レベルでの安定性、特に引き絵の崩れっぷりがハンパない。コブラの後に何故こんなものを見ているんだと思ったけど、これに続くのがマジカルハート☆こころちゃんだというのだから、色々な意味で終わっていると思う。
まあ、渚の「義妹とか実妹なんて、もうどうでもいいじゃないですか」発言には笑った。まあ、その通りではあると負うもけど、そこは個人のこだわりもあるというか、そういうのを大事にする人もいるんですよと。実妹の背徳感を好む人もいるだろうし、義妹の後腐れの少なさ、逃げ道があることに気楽さを覚える人もいるでしょう。私みたいに双子の兄妹が好きってのがどれほどいるかは知らないけど、結局は属性の問題だからね。どうでもいいの一言で済ませるには大きい問題だと思いますよ。エロゲユーザー的には。
全体的に寒い作品だし、作画レベルもイマイチだったので評価のしようもないけど、それでもこころちゃんよりはまだマシだったんじゃないだろうか。どっちも酷いといえばそれまでだけど、こころちゃんのアレはないわ。オーバーフローがアージュの真似をして上手く行くわけがないというか、ギャグ作品としてみても面白味に欠けた。CMの時点で大して期待していたわけじゃないんだけど、あかね色が内容のない話なら、こころちゃんは内容を考えずに作った話ですかね。前者はまだしもアップのサービスシーンを楽しむこともできるけど、後者はお色気がメインじゃないだけにそれも出来ないとううか。どちらもOVAなのに18禁エロアニメ並というか、まあ、元がエロゲなんだからそれでも良いのかも知れないけど、多分HDDから消える日はそう遠くないと思います。残しておく理由も特別ないし。
全然関係ない話なんだけど、横浜に行ったら高島屋で物産展をやっていたので覗いてみました。私は百貨店こそ好きですが、物産展はそれほど好きな方でもなく、まともに足を踏み入れたのはこれが初めてかも知れない。人は何故北海道物産展に心惹かれるのかという記事をなにかで読んだことがあるけど、今回のはテレビ局主催のもので地域限定というわけではないらしい。ちなみに北海道物産展が人にウケるのは、北海道が本州からは行きづらい場所であることと、美味いものがたくさんあるというイメージによるものだと思う。
ご当地グルメというものに私はそれほど関心がある方じゃないけど、西又葵女史がパッケージをデザインしたプリンが置いてあるのには笑ってしまった。試食も出来たけど、それほど美味しくもないというのがまたなんというか……ああいう場所だと、やっぱりお菓子とか甘いモノが売れるんですかね? 丸の内ロールじゃなくて、なんだっけ、堂島ロールとかいうのが凄い人気だったけど、私はあの手のクリームばかり詰まったロールケーキというのが、どうにも好きになれない。ジョイナスにあるキハチなんかもそうだけど、クリームの塊が食いたくてケーキ食ってるわけじゃないというか。これは単純に私の嗜好の問題だけど、私は生地の美味しさを楽しめるケーキが好きです。そういった意味では、カステラのロールケーキは美味しかったかな。買わなかったけど。
ただ、食べ歩きしていただけじゃないのかと言われそうだけど、一応色々買いましたよ。揚げパンとかね。なにも物産展で揚げパンなんて買う必要ないじゃないかと思った人もいるだろうが、なんか美味しそうだったので。まあ、なんの変哲もない昔懐かしの味でしたけど。そんなにお金もないですしね、私には100円の揚げパンがお似合いなのです。
高島屋は年商1000億以上の店舗を複数持つ日本唯一の百貨店であり、その中でも横浜店はトップの売り上げを誇っているらしい。ということは横浜店が日本一の百貨店といっても過言ではないと思うのだが、世間的にはどうなのだろうか。私は好きだけど、なにせ地元民の贔屓目というものもあるし、子供の頃から利用してきた場所ですからね。まあ、3連休というのがあったにせよ、人の入りは結構なものだった気はする。個人的には揚げパンぐらいしか美味いものがなかったようにも思えるのだが、私は貧乏舌の偏食家、一般的に美味いとされるものが、必ずしも美味いと感じられるわけじゃないのでしょう。
まあ、渚の「義妹とか実妹なんて、もうどうでもいいじゃないですか」発言には笑った。まあ、その通りではあると負うもけど、そこは個人のこだわりもあるというか、そういうのを大事にする人もいるんですよと。実妹の背徳感を好む人もいるだろうし、義妹の後腐れの少なさ、逃げ道があることに気楽さを覚える人もいるでしょう。私みたいに双子の兄妹が好きってのがどれほどいるかは知らないけど、結局は属性の問題だからね。どうでもいいの一言で済ませるには大きい問題だと思いますよ。エロゲユーザー的には。
全体的に寒い作品だし、作画レベルもイマイチだったので評価のしようもないけど、それでもこころちゃんよりはまだマシだったんじゃないだろうか。どっちも酷いといえばそれまでだけど、こころちゃんのアレはないわ。オーバーフローがアージュの真似をして上手く行くわけがないというか、ギャグ作品としてみても面白味に欠けた。CMの時点で大して期待していたわけじゃないんだけど、あかね色が内容のない話なら、こころちゃんは内容を考えずに作った話ですかね。前者はまだしもアップのサービスシーンを楽しむこともできるけど、後者はお色気がメインじゃないだけにそれも出来ないとううか。どちらもOVAなのに18禁エロアニメ並というか、まあ、元がエロゲなんだからそれでも良いのかも知れないけど、多分HDDから消える日はそう遠くないと思います。残しておく理由も特別ないし。
全然関係ない話なんだけど、横浜に行ったら高島屋で物産展をやっていたので覗いてみました。私は百貨店こそ好きですが、物産展はそれほど好きな方でもなく、まともに足を踏み入れたのはこれが初めてかも知れない。人は何故北海道物産展に心惹かれるのかという記事をなにかで読んだことがあるけど、今回のはテレビ局主催のもので地域限定というわけではないらしい。ちなみに北海道物産展が人にウケるのは、北海道が本州からは行きづらい場所であることと、美味いものがたくさんあるというイメージによるものだと思う。
ご当地グルメというものに私はそれほど関心がある方じゃないけど、西又葵女史がパッケージをデザインしたプリンが置いてあるのには笑ってしまった。試食も出来たけど、それほど美味しくもないというのがまたなんというか……ああいう場所だと、やっぱりお菓子とか甘いモノが売れるんですかね? 丸の内ロールじゃなくて、なんだっけ、堂島ロールとかいうのが凄い人気だったけど、私はあの手のクリームばかり詰まったロールケーキというのが、どうにも好きになれない。ジョイナスにあるキハチなんかもそうだけど、クリームの塊が食いたくてケーキ食ってるわけじゃないというか。これは単純に私の嗜好の問題だけど、私は生地の美味しさを楽しめるケーキが好きです。そういった意味では、カステラのロールケーキは美味しかったかな。買わなかったけど。
ただ、食べ歩きしていただけじゃないのかと言われそうだけど、一応色々買いましたよ。揚げパンとかね。なにも物産展で揚げパンなんて買う必要ないじゃないかと思った人もいるだろうが、なんか美味しそうだったので。まあ、なんの変哲もない昔懐かしの味でしたけど。そんなにお金もないですしね、私には100円の揚げパンがお似合いなのです。
高島屋は年商1000億以上の店舗を複数持つ日本唯一の百貨店であり、その中でも横浜店はトップの売り上げを誇っているらしい。ということは横浜店が日本一の百貨店といっても過言ではないと思うのだが、世間的にはどうなのだろうか。私は好きだけど、なにせ地元民の贔屓目というものもあるし、子供の頃から利用してきた場所ですからね。まあ、3連休というのがあったにせよ、人の入りは結構なものだった気はする。個人的には揚げパンぐらいしか美味いものがなかったようにも思えるのだが、私は貧乏舌の偏食家、一般的に美味いとされるものが、必ずしも美味いと感じられるわけじゃないのでしょう。
柔肌に指を這わせながら
2010年9月19日 アニメ・マンガ液晶テレビを買っても地上波デジタル放送というものをまったく見ないので、必然的にスカパーHDの利便性が高くなっています。思っていたほど不具合等も発生しておらず、16日間の無料視聴期間ということもあってアニメ以外の番組も片っ端から観ています。中でも面白いのがPigoo HDなるチャンネルで、基本はグラビアアイドルとかそっち系の番組ばかりなんだけど、少なからず声優関係のもありまして。これが、AT-Xなんかでやってる声優バライティなんかよりずっと面白いんですよ。
まあ、パックやセットの類に入っていない月額1200円の高価格チャンネルですから、無料期間が終わればもう見ることもないんでしょうけど、所謂美少女アイドルを特集している番組を見るのはなんだか新鮮だった。アニメ以外は海外ドラマか時代劇、ヒストリーチャンネルぐらいしか見ないからね。あぁ、それにディスカバリーチャンネルもか。私はヤング系の週刊漫画雑誌を買わなくて、前述の通り地上波もまったく見ないからグラビアアイドルとかその辺に疎いです。福井裕佳梨は知ってますけど、この人は声優やってるからであって、グラビアアイドルとしての姿はほとんど知らない。ちなみにPigoo HDで番組を持っていて、声優都内観光〜マル福ツアーズなるものを放送しています。要するに福井のゆかりんが毎回ゲストと都内を観光して、行ってみたいとこと、やってみたいことを実践するってだけの番組なんだけど、シンプル故の面白さがあった。それに、ゲストの声優が良いんですよ。若手ばっかりなのかな? と思ったら、岩男潤子とか来ましたからね。若手声優のゲストが多いのは当然としても、そうでない場合もあるのが個人的には嬉しいというかなんというか。
ただまあ、全体的な傾向を見れば容姿重視という方向性はあるのかな。福井裕佳梨は元がグラビアアイドルだったからともかく、例えば後藤沙緒里や加藤英美里など声優にしては可愛いと言われる二人が番組やってたりしますし、アイドル声優というものを意識はしているんだと思う。それが成功しているのかはともかく、私にとっては新鮮だったし、なかなかに興味深くもあった。けど、これに1200円毎月払うのかと言われれば、少し悩まざるをえない。オンデマンドでも購入できるらしいけど、HDが録画できのと違い、ネット版は視聴期間がありますからね。そう考えると、月額1200円の方が単品購入よりはお得でしょう。
声優バラエティ番組ってのは過去に地上波でもいくつか放送されてましたけど、基本的に流行ることなく終わってしまったものばかりだと思います。例外として渋谷でチュッ!があるけど、あれだってなにか後継番組を残せたわけじゃなかったしね。
結局、声優の顔出し番組ってのはそれほど需要がないんじゃないかと私は考えています。元々が声を売る商売だし、アイドル声優化が進んでいるは言っても、実写映像的な需要はまだまだ少ないんじゃないかと。バラエティ番組にしても、わざわざそれを声優がやる必要はあるのかという話から始まって、なかなか定着させることが出来ず、長続きするものが少ないのが現状です。情報番組の体裁を取っているものは別として、アニメファンも声優ファンもバラエティ番組への出演者としての声優をあまり望んでないのかも。色々な意味での話題性がある平野綾とかは別として、歌って踊れる声優以外にそういう番組に出ることが稀だしね。要するに需要がないんでしょう。
アイドル声優の出現は声優界を盛り上げはしたけど、それもあくまで狭い世界での話です。そしてオタクというものは、その狭い世界から声優が出ていくことを極端に嫌っていますから、必然的にTV出演とかに対する要望が少ないし、呼ばれることもない。だったら自分たちで作ろうぜとなっても、スカパー等にわざわざ契約してみる人は皆無だし、それだったらラジオでも聴いていたほうがいいと、そういうことになってしまう。必ずしも動きのある姿が重要視されない世界もあるってことです。
それでも、Pigoo HDでやっている番組は、少なくともAT-Xの放送している声優番組より見れたほうだと思う。基本的に60分ものが多いから飽きる人は飽きるだろうけど、妙にアニメ色を出そうとしていないのが雰囲気出ているというかなんというか。AT-Xはさ、面白い番組をやろうとして空回ってる感じ? 私には小野坂昌也のガンバルンバのなにが面白いのか、さっぱり理解出来ない。ヤングのことは大好きだけど、あのグダグダはつまんないグダグダですよ。持ち味がまるで活かせてないというか、あれを楽しんでみている人はどれほどいるのだろうか。結局、オタク向けに作っているのかそうじゃないのかの違いというか、変に意識しすぎるのも、それはそれで問題なのかも知れませんね。
まあ、パックやセットの類に入っていない月額1200円の高価格チャンネルですから、無料期間が終わればもう見ることもないんでしょうけど、所謂美少女アイドルを特集している番組を見るのはなんだか新鮮だった。アニメ以外は海外ドラマか時代劇、ヒストリーチャンネルぐらいしか見ないからね。あぁ、それにディスカバリーチャンネルもか。私はヤング系の週刊漫画雑誌を買わなくて、前述の通り地上波もまったく見ないからグラビアアイドルとかその辺に疎いです。福井裕佳梨は知ってますけど、この人は声優やってるからであって、グラビアアイドルとしての姿はほとんど知らない。ちなみにPigoo HDで番組を持っていて、声優都内観光〜マル福ツアーズなるものを放送しています。要するに福井のゆかりんが毎回ゲストと都内を観光して、行ってみたいとこと、やってみたいことを実践するってだけの番組なんだけど、シンプル故の面白さがあった。それに、ゲストの声優が良いんですよ。若手ばっかりなのかな? と思ったら、岩男潤子とか来ましたからね。若手声優のゲストが多いのは当然としても、そうでない場合もあるのが個人的には嬉しいというかなんというか。
ただまあ、全体的な傾向を見れば容姿重視という方向性はあるのかな。福井裕佳梨は元がグラビアアイドルだったからともかく、例えば後藤沙緒里や加藤英美里など声優にしては可愛いと言われる二人が番組やってたりしますし、アイドル声優というものを意識はしているんだと思う。それが成功しているのかはともかく、私にとっては新鮮だったし、なかなかに興味深くもあった。けど、これに1200円毎月払うのかと言われれば、少し悩まざるをえない。オンデマンドでも購入できるらしいけど、HDが録画できのと違い、ネット版は視聴期間がありますからね。そう考えると、月額1200円の方が単品購入よりはお得でしょう。
声優バラエティ番組ってのは過去に地上波でもいくつか放送されてましたけど、基本的に流行ることなく終わってしまったものばかりだと思います。例外として渋谷でチュッ!があるけど、あれだってなにか後継番組を残せたわけじゃなかったしね。
結局、声優の顔出し番組ってのはそれほど需要がないんじゃないかと私は考えています。元々が声を売る商売だし、アイドル声優化が進んでいるは言っても、実写映像的な需要はまだまだ少ないんじゃないかと。バラエティ番組にしても、わざわざそれを声優がやる必要はあるのかという話から始まって、なかなか定着させることが出来ず、長続きするものが少ないのが現状です。情報番組の体裁を取っているものは別として、アニメファンも声優ファンもバラエティ番組への出演者としての声優をあまり望んでないのかも。色々な意味での話題性がある平野綾とかは別として、歌って踊れる声優以外にそういう番組に出ることが稀だしね。要するに需要がないんでしょう。
アイドル声優の出現は声優界を盛り上げはしたけど、それもあくまで狭い世界での話です。そしてオタクというものは、その狭い世界から声優が出ていくことを極端に嫌っていますから、必然的にTV出演とかに対する要望が少ないし、呼ばれることもない。だったら自分たちで作ろうぜとなっても、スカパー等にわざわざ契約してみる人は皆無だし、それだったらラジオでも聴いていたほうがいいと、そういうことになってしまう。必ずしも動きのある姿が重要視されない世界もあるってことです。
それでも、Pigoo HDでやっている番組は、少なくともAT-Xの放送している声優番組より見れたほうだと思う。基本的に60分ものが多いから飽きる人は飽きるだろうけど、妙にアニメ色を出そうとしていないのが雰囲気出ているというかなんというか。AT-Xはさ、面白い番組をやろうとして空回ってる感じ? 私には小野坂昌也のガンバルンバのなにが面白いのか、さっぱり理解出来ない。ヤングのことは大好きだけど、あのグダグダはつまんないグダグダですよ。持ち味がまるで活かせてないというか、あれを楽しんでみている人はどれほどいるのだろうか。結局、オタク向けに作っているのかそうじゃないのかの違いというか、変に意識しすぎるのも、それはそれで問題なのかも知れませんね。
現在地が見つからない
2010年9月16日 アニメ・マンガ日記もそろそろ引越し時なんですかね。最低限の機能とデザイン性、そして愛着から使い続けているDiaryNoteだけど、最近はどうも使い勝手が悪くなってきて。鯖落ちとか不具合も多いし、レビュー機能も上手く反応しなくなってきた。元々なにが優れているわけじゃないだけに、今後のことを考えると引越し先は捜すべきなのかも知れない。この先、改善はしたとしても進化することはないと思うし。
私がDiaryNoteの前に使っていた日記はMEMORIZEだけど、あれも閉鎖して6年ぐらいになるんだっけ。いや、閉鎖じゃなくてlivedoor Blogへの統合だったけど、MEMORIZEが結構好きだった私はlivedoorに移るのがなんか嫌でね。仕組みもよく分からなかったし、惹かれるものがあまりなかった。それに、これは今でもそうなんだけど私がやっていたのは、やりたかったのはあくまで日記であって、ブログではなかったんですね。大した違いはないと言われそうだし、実際言葉以上の違いなんてほとんどなかったんだろうけど、私にはそれが物凄い違いのように思えてしまって。MEMORIZEへの愛着もあったしね。統合と言っても実際は買収や吸収の類だったし、そういった事情からlivedoor Blogに対する印象が良くなかったというのもあるんでしょう。
かくしてlivedoorとは別に引越し先を探すことになった私だけど、DiaryNoteに登録したのは2004年の10月末とかだったかな? 確かネットやっているときに偶然見つけたのがキッカケで、来週には登録してから6周年になるわけだ。当時は今ともデザインが違って、そのシンプルさに惹かれたんだったかな。私は白色や青色が結構好きだったし、機能性に関してもMEMORIZEのそれは上回っていましたからね。勝手は色々違うけど、それほど有名所って感じもしないし、まあ、はてなダイアリーとかよりは良いかなと。なんですかね、私は大手日記サイトとかに抵抗感でもあったんでしょうか。未だにはてなのデザイン性は好きじゃないけど。
昔のDiaryNoteは今より機能性が高く、デザイン性も優れていたような気がする。色々変わってから随分経つので、以前の形を正確に思い出すことはできないんだけど、今よりも使い勝手は良かったような気がするんだよね。私自身色々あって、2006年から2007年は殆ど日記を書いてなくて、その間にデザインやらなにやら全部変わってしまったんだけど、結局実装予定だった新システムが導入されることもなく、むしろ以前は使えたはずの機能がいくつか消えて、更にシンプルな形になったように思える。別にアフェリエイト機能とかを強く望んでいたわけじゃないけど、プレビュー画面やブログパーツとかが廃止されたのはなぁ。ハッキリいって、デザイン面での面白味がなくなった気がします。
検索サイト、あるいはブックマーク等で日記に直接来る人には分からないと思うけど、この日記のデザインは私が運営しているサイトに合わせて色調整などをしています。日記の半分にも見たないアクセス数の我がサイトですが、いい加減これも含めて全体的な改装が必要なのかも知れませんね。私はサイトやHPというものが好きな人だから、ブログに移行するとかそういうのはしたくないんだけど、なんか今の状態は良くないと思って。テンプレート自体は好きだし、形そのものは悪くないと考えているものの、なんかパッとしないよね。いっそヨスガノソラのコンテンツは全部分けたほうが良いんじゃないかとさえ思えてきたんだけど、本館とか別館に分かれているサイトってそれほど良い印象がないという。更新の偏りも出るだろうし、結果として両立の難しさから統合ないし片方の閉鎖というサイトを過去に何度も見てきたしね。後、これは偏見かもしれないけどこういうサイト運営をするのは女性に多いような気もするし。いや、もっといえば二次創作系のサイトを運営する自体、男性じゃ少なくなってきてるのかな。同人家とかも、最近はもっぱらブログでしょ? pixivとかで画像どころか小説まで読めるようになってきたことを考えると、個人サイトというものの意義そのものが見直される時期になってきたのかも知れない。
まあ、時期的にも丁度良いし、なんか面白い日記サイトとかないか探してみようと思います。一番いいのはDiaryNoteが安定して、機能面での充実化を測ってくれることなんだけど、現状それを望むのは難しそうなので。livedoorやFC2が手っ取り早いんだろうけど、なんか惹かれるものがない。結局は個人の趣味や感性に過ぎないんだろうけど、自分の日記なんだからそれぐらいは拘ってもいいじゃないかと、むしろ拘らなくてどうするんだと思うのです。適当で済ませたくないこともあるというわけです。
私がDiaryNoteの前に使っていた日記はMEMORIZEだけど、あれも閉鎖して6年ぐらいになるんだっけ。いや、閉鎖じゃなくてlivedoor Blogへの統合だったけど、MEMORIZEが結構好きだった私はlivedoorに移るのがなんか嫌でね。仕組みもよく分からなかったし、惹かれるものがあまりなかった。それに、これは今でもそうなんだけど私がやっていたのは、やりたかったのはあくまで日記であって、ブログではなかったんですね。大した違いはないと言われそうだし、実際言葉以上の違いなんてほとんどなかったんだろうけど、私にはそれが物凄い違いのように思えてしまって。MEMORIZEへの愛着もあったしね。統合と言っても実際は買収や吸収の類だったし、そういった事情からlivedoor Blogに対する印象が良くなかったというのもあるんでしょう。
かくしてlivedoorとは別に引越し先を探すことになった私だけど、DiaryNoteに登録したのは2004年の10月末とかだったかな? 確かネットやっているときに偶然見つけたのがキッカケで、来週には登録してから6周年になるわけだ。当時は今ともデザインが違って、そのシンプルさに惹かれたんだったかな。私は白色や青色が結構好きだったし、機能性に関してもMEMORIZEのそれは上回っていましたからね。勝手は色々違うけど、それほど有名所って感じもしないし、まあ、はてなダイアリーとかよりは良いかなと。なんですかね、私は大手日記サイトとかに抵抗感でもあったんでしょうか。未だにはてなのデザイン性は好きじゃないけど。
昔のDiaryNoteは今より機能性が高く、デザイン性も優れていたような気がする。色々変わってから随分経つので、以前の形を正確に思い出すことはできないんだけど、今よりも使い勝手は良かったような気がするんだよね。私自身色々あって、2006年から2007年は殆ど日記を書いてなくて、その間にデザインやらなにやら全部変わってしまったんだけど、結局実装予定だった新システムが導入されることもなく、むしろ以前は使えたはずの機能がいくつか消えて、更にシンプルな形になったように思える。別にアフェリエイト機能とかを強く望んでいたわけじゃないけど、プレビュー画面やブログパーツとかが廃止されたのはなぁ。ハッキリいって、デザイン面での面白味がなくなった気がします。
検索サイト、あるいはブックマーク等で日記に直接来る人には分からないと思うけど、この日記のデザインは私が運営しているサイトに合わせて色調整などをしています。日記の半分にも見たないアクセス数の我がサイトですが、いい加減これも含めて全体的な改装が必要なのかも知れませんね。私はサイトやHPというものが好きな人だから、ブログに移行するとかそういうのはしたくないんだけど、なんか今の状態は良くないと思って。テンプレート自体は好きだし、形そのものは悪くないと考えているものの、なんかパッとしないよね。いっそヨスガノソラのコンテンツは全部分けたほうが良いんじゃないかとさえ思えてきたんだけど、本館とか別館に分かれているサイトってそれほど良い印象がないという。更新の偏りも出るだろうし、結果として両立の難しさから統合ないし片方の閉鎖というサイトを過去に何度も見てきたしね。後、これは偏見かもしれないけどこういうサイト運営をするのは女性に多いような気もするし。いや、もっといえば二次創作系のサイトを運営する自体、男性じゃ少なくなってきてるのかな。同人家とかも、最近はもっぱらブログでしょ? pixivとかで画像どころか小説まで読めるようになってきたことを考えると、個人サイトというものの意義そのものが見直される時期になってきたのかも知れない。
まあ、時期的にも丁度良いし、なんか面白い日記サイトとかないか探してみようと思います。一番いいのはDiaryNoteが安定して、機能面での充実化を測ってくれることなんだけど、現状それを望むのは難しそうなので。livedoorやFC2が手っ取り早いんだろうけど、なんか惹かれるものがない。結局は個人の趣味や感性に過ぎないんだろうけど、自分の日記なんだからそれぐらいは拘ってもいいじゃないかと、むしろ拘らなくてどうするんだと思うのです。適当で済ませたくないこともあるというわけです。
ガンダムSEEDシリーズの監督である福田己津央氏がTwitterを始めたとのことで、私も個人用アカウントを使ってフォローしてみた。ガンダムファンからもアニメファンからも決して人気があるわけではない人だが、作品自体の人気は依然として高く、やはり種関連についての質問攻めにあってしまった。映画の企画が凍結して久しいこともあり、当の監督本人から情報を訊きたいと思った人が沢山いたのだろう。私もそれぐらいなら仕方ないことだと思うが、問題はそれ以外の輩である。例えば、カガリとアスランはどうなったのかとか、カガリがアスランと結婚するエンディングを希望するとか、埒もない妄言ぶつけている連中とかね。
カガリファンというのは基本的に残念な腐女子が多いように思う。以前の日記にも書いたかも知れないが、彼女たちは比較的年齢層が高めの集団であり、たとえ肉体的な年齢は低くとも精神が年上、つまりおばさん臭いというわけだ。こういった輩は年齢の割に現実に妄想を持ち込むきらいがあって、非常に夢見がちな性格をしている。少女漫画思想やお姫様願望、自分は物語のヒロインで美男子な騎士や王子と恋に落ちる存在であると、本気で思っているのだ。ある意味で成り切り型のエロゲプレイヤーにも似ているが、彼らがまだしもヒロインのことを想って行動しているのに対し、こっちは大体の部分で自分のことしか考えていない。ドリーム小説などに入れ込んでいるのもこういうタイプの腐女子であり、彼女たちはやおいやBLに興味がない代わりに、自分と主人公やヒロインを重ねあわせることに余念が無いという。馬鹿馬鹿しい話ではあるが、彼女たちにとって最高の話とは自分がヒロインになることであり、カガリ・ユラ・アスハというアニメキャラはそれにうってつけだったのである。
彼女たちはカガリという存在に自分を当てはめようとした。ガサツだが行動力があり、男勝りながらも心根は優しいか弱いお姫様。捏造甚だしいというほどではないにしろ、この手の如何にもな少女漫画的設定が腐女子の間では受け、カガリという鏡像に自分を映し出そうとする輩が続出したのだ。幸い、アスラン・ザラという姫を守るべき美男子の騎士もいた。妄想を膨らませるには、素材が良すぎたのだろう。種の頃にカガリファンが急速に増えたことも、まあ納得のいく話だ。
しかし、妄想は妄想はであり、妄言は妄言に過ぎない。彼女たちの抱いた虚妄は、やがてくる現実に打ち砕かれることになる。そう、カガリとアスランの関係が終わったのである。
口も性格も悪いカガリファンは、カガリの相手でありながらアスラン・ザラのことが嫌いである。より正確にいうと、カガリの恋人としてのアスランは好きだが、そうでない彼は大嫌いだという、男を自分にとって都合と見栄えのいいアクセサリー程度にしか思っていないのである。姫であるカガリ、乙女である自分が美男子から好かれるのは当然であり、別離や拒絶などあり得ない、彼が他の女と幸せになるなんて認められないと、つまりはそういうわけだ。
自分のことしか考えていないからこそ、アスランのことなど露程も考慮することはなく、彼がカガリに尽くすことは当然と、本気でそう思っているのである。口ではカガリの行動力や積極性を賛美しながら、都合が悪くなるとか弱い乙女であることをアピールして、男は自分を守らなければならないなどと言い出す。腐女子の妄想によって誇大化したカガリ像は、とっくに破綻しているのだ。都合の良すぎることだけを詰め込んで、都合の悪いことを軒並み無視して、そんなことをしているようだからアスランのファンから嫌われるし、それ以外のファンからも嫌われたのだ。カガリファン以外を、カガリ以外のキャラを徹底的に貶して蔑視するくせに、自分に必要なときだけ擦り寄り、持ち上げ、廉恥心の欠片もないような奴らだ。そんなに自分が可愛いのか、そこまで自分を持ち上げ、他者を見下さなければ生きていけないのか。カガリ・ユラ・アスハなど、現実に生きる自分自身など本当は大したことない、ちっぽけな存在であることに彼女たちは早く気づくべきだ。鏡に写る自分の否定せず、夢想を捨て、他人の迷惑にならないように生きてくれ。ただでさえ腐っている性根を、これ以上汚くしてなんの得があるのか。薄汚い人形を綺羅びやかな衣装で着飾ったところで、その醜い心を隠せるわけはないのだから。
彼女たちがメイリンを嫌っているのは、なにもメイリンがアスランをカガリから奪ったからではない。そもそも奪ったなどという事実はないし、彼女たちからしても奪われたなどという現実を認めるわけにはいかないだろう。カガリファンがメイリンのことを嫌いなのは、単純な話、理解が出来ないのだ。メイリン・ホークという存在と、その行動が。ファイナルプラスでメイリンがアスランと同じ道を歩んだとき、ベッタリだったキラとラクスに比べてメイリンとアスランの間には距離があることを指摘したカガリファンが多かった。そのことから、カガリのことを愛するアスランはメイリンに気を許してなどいないと、虚勢を張ったのだ。見苦しさも極まりない考えだが、これは彼女たちにとってごく自然なことなのだ。彼女たちはメイリンがアスランの後ろを一歩下がって付いていくことの出来る、とても慎ましやかな少女であることを理解することが不可能なのだから。当然だろう、カガリのような積極的で男をグイグイと引っ張っていく、少なくともカガリがそういうキャラだと信じているファンたちにとって、男を立てるなどという発想が思い浮かぶはずもないのだ。そして男が、そうやって自分を引き立て、時に支えてくれる存在にこそ想いを寄せるという事実も、カガリファンには一生判ることのない感情であろう。
カップリングでいえば私はアスメイ派であるが、それが理由でああいうコメントを送ったのかと言われれば、特に否定することもないだろう。監督の発言後、カガリファンが盛りのついた猫のように叫びまくり、必要以上にメイリンなどを貶めようとする姿は見るに耐えないものがあった。まさか、返事を貰えるなどとは思ってもいなかったが、カガリファンの突撃に大分参られているようだ。無理もないし、いっそのこと軒並みブロッグしてしまえとも思うが、商業創作者としてはそうも言っていられないのだろう。
カガリファンは愚かな存在であるが、同時に哀れな存在であるとも思う。終わった関係にすがりつき、認められないあまりに妄想と夢想に浸り続ける。彼女たちが目を覚まし、現実へと帰還する方法はあるのかどうか。例えアスメイがくっついたとしても、それはあり得ない様な気がしてきた。
カガリファンというのは基本的に残念な腐女子が多いように思う。以前の日記にも書いたかも知れないが、彼女たちは比較的年齢層が高めの集団であり、たとえ肉体的な年齢は低くとも精神が年上、つまりおばさん臭いというわけだ。こういった輩は年齢の割に現実に妄想を持ち込むきらいがあって、非常に夢見がちな性格をしている。少女漫画思想やお姫様願望、自分は物語のヒロインで美男子な騎士や王子と恋に落ちる存在であると、本気で思っているのだ。ある意味で成り切り型のエロゲプレイヤーにも似ているが、彼らがまだしもヒロインのことを想って行動しているのに対し、こっちは大体の部分で自分のことしか考えていない。ドリーム小説などに入れ込んでいるのもこういうタイプの腐女子であり、彼女たちはやおいやBLに興味がない代わりに、自分と主人公やヒロインを重ねあわせることに余念が無いという。馬鹿馬鹿しい話ではあるが、彼女たちにとって最高の話とは自分がヒロインになることであり、カガリ・ユラ・アスハというアニメキャラはそれにうってつけだったのである。
彼女たちはカガリという存在に自分を当てはめようとした。ガサツだが行動力があり、男勝りながらも心根は優しいか弱いお姫様。捏造甚だしいというほどではないにしろ、この手の如何にもな少女漫画的設定が腐女子の間では受け、カガリという鏡像に自分を映し出そうとする輩が続出したのだ。幸い、アスラン・ザラという姫を守るべき美男子の騎士もいた。妄想を膨らませるには、素材が良すぎたのだろう。種の頃にカガリファンが急速に増えたことも、まあ納得のいく話だ。
しかし、妄想は妄想はであり、妄言は妄言に過ぎない。彼女たちの抱いた虚妄は、やがてくる現実に打ち砕かれることになる。そう、カガリとアスランの関係が終わったのである。
口も性格も悪いカガリファンは、カガリの相手でありながらアスラン・ザラのことが嫌いである。より正確にいうと、カガリの恋人としてのアスランは好きだが、そうでない彼は大嫌いだという、男を自分にとって都合と見栄えのいいアクセサリー程度にしか思っていないのである。姫であるカガリ、乙女である自分が美男子から好かれるのは当然であり、別離や拒絶などあり得ない、彼が他の女と幸せになるなんて認められないと、つまりはそういうわけだ。
自分のことしか考えていないからこそ、アスランのことなど露程も考慮することはなく、彼がカガリに尽くすことは当然と、本気でそう思っているのである。口ではカガリの行動力や積極性を賛美しながら、都合が悪くなるとか弱い乙女であることをアピールして、男は自分を守らなければならないなどと言い出す。腐女子の妄想によって誇大化したカガリ像は、とっくに破綻しているのだ。都合の良すぎることだけを詰め込んで、都合の悪いことを軒並み無視して、そんなことをしているようだからアスランのファンから嫌われるし、それ以外のファンからも嫌われたのだ。カガリファン以外を、カガリ以外のキャラを徹底的に貶して蔑視するくせに、自分に必要なときだけ擦り寄り、持ち上げ、廉恥心の欠片もないような奴らだ。そんなに自分が可愛いのか、そこまで自分を持ち上げ、他者を見下さなければ生きていけないのか。カガリ・ユラ・アスハなど、現実に生きる自分自身など本当は大したことない、ちっぽけな存在であることに彼女たちは早く気づくべきだ。鏡に写る自分の否定せず、夢想を捨て、他人の迷惑にならないように生きてくれ。ただでさえ腐っている性根を、これ以上汚くしてなんの得があるのか。薄汚い人形を綺羅びやかな衣装で着飾ったところで、その醜い心を隠せるわけはないのだから。
彼女たちがメイリンを嫌っているのは、なにもメイリンがアスランをカガリから奪ったからではない。そもそも奪ったなどという事実はないし、彼女たちからしても奪われたなどという現実を認めるわけにはいかないだろう。カガリファンがメイリンのことを嫌いなのは、単純な話、理解が出来ないのだ。メイリン・ホークという存在と、その行動が。ファイナルプラスでメイリンがアスランと同じ道を歩んだとき、ベッタリだったキラとラクスに比べてメイリンとアスランの間には距離があることを指摘したカガリファンが多かった。そのことから、カガリのことを愛するアスランはメイリンに気を許してなどいないと、虚勢を張ったのだ。見苦しさも極まりない考えだが、これは彼女たちにとってごく自然なことなのだ。彼女たちはメイリンがアスランの後ろを一歩下がって付いていくことの出来る、とても慎ましやかな少女であることを理解することが不可能なのだから。当然だろう、カガリのような積極的で男をグイグイと引っ張っていく、少なくともカガリがそういうキャラだと信じているファンたちにとって、男を立てるなどという発想が思い浮かぶはずもないのだ。そして男が、そうやって自分を引き立て、時に支えてくれる存在にこそ想いを寄せるという事実も、カガリファンには一生判ることのない感情であろう。
カップリングでいえば私はアスメイ派であるが、それが理由でああいうコメントを送ったのかと言われれば、特に否定することもないだろう。監督の発言後、カガリファンが盛りのついた猫のように叫びまくり、必要以上にメイリンなどを貶めようとする姿は見るに耐えないものがあった。まさか、返事を貰えるなどとは思ってもいなかったが、カガリファンの突撃に大分参られているようだ。無理もないし、いっそのこと軒並みブロッグしてしまえとも思うが、商業創作者としてはそうも言っていられないのだろう。
カガリファンは愚かな存在であるが、同時に哀れな存在であるとも思う。終わった関係にすがりつき、認められないあまりに妄想と夢想に浸り続ける。彼女たちが目を覚まし、現実へと帰還する方法はあるのかどうか。例えアスメイがくっついたとしても、それはあり得ない様な気がしてきた。
渇きはそれで癒えたのか
2010年9月12日 アニメ・マンガスカパーHDのレンタルチューナーが届いたので、半日ほど使って設置工事を行っていました。本当は昨日まで使っていたSDチューナーと変えるだけで良かったはずなんですが、HDチューナーに変えた瞬間、何故か電波の受信が出来なくなってしまって。ハイビジョンだとアンテナの向きや角度が違うのかと思って一度外してみましたが、それでもまったく反応しなくなった。さすがに妙だと思ってカスタマーセンターに連絡したんだけど、ここで衝撃の事実発覚。なんと、家のアンテナはスカパ標準仕様のものじゃなかったらしい。
随分前の話だったので忘れましたが、そもそも家にあるチューナーとアンテナってタダで貰ったものだったんですよ。いや、タダってのは語弊があるか。遡ること9年以上前、当時キャラクタービジネスのニューフェイスとして全盛期を迎えつつあったブロッコリーが、デジキャラットに次ぐ主力コンテンツProject G.A.ことギャラクシーエンジェルのアニメ作品の放送を、スカパーはアニマックスチャンネルにて開始し始めました。今でこそケーブル放送の発達によってアニマックスはCS放送に加入することなく見ることが出来るようになりましたが、2001年頃というのはアニマックスも開局して3年程度、CS放送自体がお世辞にも流行っている時期ではありませんでした。BSよりも視聴層が狭く、そんなところでG.A.のアニメを放送しても人気が上がるわけもない。
そこでブ社は一つの手を打ちます。自社の経営しているショップチェーンであるゲーマーズで、スカパチューナーとアンテナのセットを配り始めたのです。販売でなく配布、9年前のゲマ屋カードがどんなものだったかは忘れましたが、たった20ポイントで交換が出来たというのだから凄い話です。その頃、私はまだ学生をやっており、この珍しげな話に興味を持ってすぐにポイントと交換したのを憶えています。交換と言っても店舗でアンテナとかをくれるわけではなく、引き替え用の書類をくれるだけで、この引き替え期間というのが結構あったのですよ。そこで私は交換直後にアンテナ類を取り寄せることはせずに、しばらく様子を見ました。CS放送への興味はあっても、早々に導入を決断できるほど簡単な問題でもありませんでしたから。
結局、スカパーに加入したのは家にあったBSチューナーを様々な理由で処分した後、8年ぐらい前になるのかな。それほど良いアンテナやチューナーではなかったんだけど、それでも正規品には違いないし、とりあえず試してみようかなと。あの頃はセットやパックの類も少なくて、なんだっかな、赤だか青だか色の名前が付いたチャンネルパックに入っていた記憶がある。ついでにAT-Xを単品加入で。
今も昔もAT-Xはセットやパックに入らないどころか、1500円だった料金は1890円まで値上げしましたけど、アニメチャンネルとしては一番充実しているような気がする。もちろん、tvkにおけるアニメ放送率が減少し、大部分をAT-Xに頼らざるを得ない現状がそんな風に思わせてるのか知れないけど、私には1890円払って視聴するだけの価値があると思うのです。
話をスカパーHDに戻すと、上記のゲマ屋で貰ったチューナーとアンテナは確かにスカパ標準仕様だったもののはずなんですが、何年前だったか、不具合が見つかったとかで無償交換されたことがあったらしい。私はまったく憶えてないんだけど、その際にアンテナが取り替えられて、この時点で所謂スカパブランドのアンテナから他社のCS受信用アンテナに変わったとかで、それが今回のHD導入の際に問題を引き起こしていたというのが真相。なんでもスカパ標準のアンテナ以外では受信設定の仕方が違うとかで、それをちょこちょこっと弄れば特にアンテナ取り外す必要もなかったらしい。私のやっていたことは全部無だったのかと思いはしたけど、嘆いても仕方ないのでアンテナを元の位置に取り付け直して、なんとかHD放送を受信しました。
SDに比べると画質は歴然の差があるんですが、古い作品も多々放送しているスカパです。中にはSDと大差ないものもあったりしますし、そこら辺はまちまちですかね。既に何本か録画も試しましたが、今のところ失敗などはしていません。ただ、チューナー機器が熱を持ちやすいというのは本当ですね。今は置く場所がないのでブルーレイレコーダの上にそのまま置いてるんだけど、これは正直あまり良い方法じゃないと思う。熱暴走対策を含めて時間があるときにでも考えないと、買ったばかりのレコーダーがダメになっちゃうかも。テレビと違って、レコーダーは保証付けてないんですよ。
スカパHDに不満があるとすれば、録画の際の画質をこちらで選べないことでしょうか? ヨスガノソラのPVも録画してみましたが、実際に放送されているものよりは質が落ち、精々DVDと同程度といった感じでしょう。これはもう少し、研究する必要がありそうだ。
随分前の話だったので忘れましたが、そもそも家にあるチューナーとアンテナってタダで貰ったものだったんですよ。いや、タダってのは語弊があるか。遡ること9年以上前、当時キャラクタービジネスのニューフェイスとして全盛期を迎えつつあったブロッコリーが、デジキャラットに次ぐ主力コンテンツProject G.A.ことギャラクシーエンジェルのアニメ作品の放送を、スカパーはアニマックスチャンネルにて開始し始めました。今でこそケーブル放送の発達によってアニマックスはCS放送に加入することなく見ることが出来るようになりましたが、2001年頃というのはアニマックスも開局して3年程度、CS放送自体がお世辞にも流行っている時期ではありませんでした。BSよりも視聴層が狭く、そんなところでG.A.のアニメを放送しても人気が上がるわけもない。
そこでブ社は一つの手を打ちます。自社の経営しているショップチェーンであるゲーマーズで、スカパチューナーとアンテナのセットを配り始めたのです。販売でなく配布、9年前のゲマ屋カードがどんなものだったかは忘れましたが、たった20ポイントで交換が出来たというのだから凄い話です。その頃、私はまだ学生をやっており、この珍しげな話に興味を持ってすぐにポイントと交換したのを憶えています。交換と言っても店舗でアンテナとかをくれるわけではなく、引き替え用の書類をくれるだけで、この引き替え期間というのが結構あったのですよ。そこで私は交換直後にアンテナ類を取り寄せることはせずに、しばらく様子を見ました。CS放送への興味はあっても、早々に導入を決断できるほど簡単な問題でもありませんでしたから。
結局、スカパーに加入したのは家にあったBSチューナーを様々な理由で処分した後、8年ぐらい前になるのかな。それほど良いアンテナやチューナーではなかったんだけど、それでも正規品には違いないし、とりあえず試してみようかなと。あの頃はセットやパックの類も少なくて、なんだっかな、赤だか青だか色の名前が付いたチャンネルパックに入っていた記憶がある。ついでにAT-Xを単品加入で。
今も昔もAT-Xはセットやパックに入らないどころか、1500円だった料金は1890円まで値上げしましたけど、アニメチャンネルとしては一番充実しているような気がする。もちろん、tvkにおけるアニメ放送率が減少し、大部分をAT-Xに頼らざるを得ない現状がそんな風に思わせてるのか知れないけど、私には1890円払って視聴するだけの価値があると思うのです。
話をスカパーHDに戻すと、上記のゲマ屋で貰ったチューナーとアンテナは確かにスカパ標準仕様だったもののはずなんですが、何年前だったか、不具合が見つかったとかで無償交換されたことがあったらしい。私はまったく憶えてないんだけど、その際にアンテナが取り替えられて、この時点で所謂スカパブランドのアンテナから他社のCS受信用アンテナに変わったとかで、それが今回のHD導入の際に問題を引き起こしていたというのが真相。なんでもスカパ標準のアンテナ以外では受信設定の仕方が違うとかで、それをちょこちょこっと弄れば特にアンテナ取り外す必要もなかったらしい。私のやっていたことは全部無だったのかと思いはしたけど、嘆いても仕方ないのでアンテナを元の位置に取り付け直して、なんとかHD放送を受信しました。
SDに比べると画質は歴然の差があるんですが、古い作品も多々放送しているスカパです。中にはSDと大差ないものもあったりしますし、そこら辺はまちまちですかね。既に何本か録画も試しましたが、今のところ失敗などはしていません。ただ、チューナー機器が熱を持ちやすいというのは本当ですね。今は置く場所がないのでブルーレイレコーダの上にそのまま置いてるんだけど、これは正直あまり良い方法じゃないと思う。熱暴走対策を含めて時間があるときにでも考えないと、買ったばかりのレコーダーがダメになっちゃうかも。テレビと違って、レコーダーは保証付けてないんですよ。
スカパHDに不満があるとすれば、録画の際の画質をこちらで選べないことでしょうか? ヨスガノソラのPVも録画してみましたが、実際に放送されているものよりは質が落ち、精々DVDと同程度といった感じでしょう。これはもう少し、研究する必要がありそうだ。